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[小説] 陽光が月肌を撫でる。 (4)

前回までのお話は....



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 夜の七時五分前、人々はどこか目的地を目指してひたすらに歩を進めている。

女の子を待つ間、特にこれと言ってやることがあるわけではないから、女の子を他人の行き交う交差点から見つけようと注視していた。

陽が落ちた交差点を行き交う人々の頬を照らすのは、信号機や過剰に装飾された広告(若手女優がハイブランドのリップスティックを片手に、交差点を行き交う人々に妖艶に色めく唇で微笑みかけている)から発せられるズキズキとするようなLED光だ。

 幾色かのLED光によって、おおよそ文明的な雑踏の中から女の子を探すのは骨が折れる作業だ。

過美な広告から発せられるズキズキと攻撃的とも言えそうなLED光が女の子の頬に反射する。

反射するとともに、その光が持つ攻撃性によって女の子の印象をもその表面から削り取る。

光は女の子の頬の印象を伴って、空気中を夥しい数の粒子に反射しながら減衰する。

 排気ガスが大量に排出されるこの街の空気は、スイスの草原「グリンデルワルト」のそれよりも多くの光を減衰させていることだろう。

 歪であったであろう光は、空気中を進むにつれて、段々と角が取れ丸くなる。そしてあんなにも攻撃的だった光は力を失ったか細い糸の様相を呈す。

そんなか細い印象を伴うか細い光が僕の眼球を刺激し、その上で、僕の海馬に眠る女の子の片鱗と合致する。

そして僕は女の子を”見つける”ことになる。

酷く長い行程を経て、僕は女の子を見つけなければならない。


 
 僕は女の子をしばらくその雑踏から見つけ出そうと試みていた。

しかし、交差点の方を向いて、黒目を忙しなく踊らせるように女の子を探す僕の姿は客観的に変人であろうと思いたち、僕は目を手元のスマートフォンに落ち着けることとした。

またしても僕に若手女優が悪魔的な美を携えて微笑みかけてくる。

やはりスマートフォンの画面においても、過美な広告からは逃れられないのが現代人の定めなのである。

僕が送る社会生活において、ほぼ全ての消費行動というものは広告によって決定づけられているような気がしてならない。

広告に誘導されて生活する僕は果たして自己を持つ理性的な人間と言えるのだろうか。そんなことをぼんやりと考える。

 見つめるスマートフォンの画面が少し陰る。

僕の爪先に、僕の靴より小さいアイボリーのスニーカー、女の子だ。僕は顔を上げて女の子に目線を向ける。

 女の子の背後に光る広告の若手女優が女の子とちょうど重なって見えなくなっている。

これではまるで、女の子が広告の女優みたいだ。

 待ち合わせて一言目、どのように話しかけるのが正解なのだろう。「やぁ」なのか、「こんにちは」なのか、はたまた「今日もかわいいね」なのか。僕はいつも第一声迷ってしまう。

女の子は美しく艶やかな唇の形をゆっくりと変化させ、僕に微笑んで

「ごめん、待った?」

と言葉を発した。

「ううん、僕も今来たところ」

定型文と言ってもいいような会話。むしろこの会話に意味は含まれない。

女の子は口を開く。

「じゃあ、行こうか。今日は✳︎✳︎✳︎に行こう、神保町のね。楽しみなの」

「わかったよ。僕も楽しみだ」

女の子の提案に異議などもちろんない。それは女の子の提案だから。

 改札に向かい、然るべき位置にスマートフォンをかざす。ピピッと音が鳴り、僕はホームに向かう。

 ホームは黒やグレー、ダークブルーの暗いスーツに身を包んだ老若男女でごった返している。

彼ら、彼女らはとても疲れているに違いないが、学生の僕にはとても勇ましく見えた。僕もこんな大人になれるのだろうか。否、自ずとなってしまうものなのかもしれない。

 暗がりのホームの中、女の子はコンクリートの割れ目に咲く一輪の鮮やかな花だった。

女の子の微細な動きに合わせて揺れる大きなリング状のシルバーのイヤリングと、袖口に特徴的にスリットが施されたくすんだピンクに近いカーキのダブルジャケットを白のカットソーの上に羽織り、ジャケットと同色のフレアシルエットのスラックスにカットソーをタックインして、アイボリーのスニーカーという合わせだ。

スーツスタイルのセットアップということだろう。

その姿はとても大人びていて上品で、僕とは不釣り合いすぎる、側から見ると凸凹じゃないかと思う。

僕の目線が自分の服装に向いていることに気がついたのか、女の子は僕に今日のコーディネートを軽く説明し、その後に最近のフッショントレンドについて熱く語った。

どんな色味が人気で、服のシルエットがどんなに重要かを熱弁した。

どうやら僕は前提知識が大幅に欠けていたようで、相槌を打つのに必死だった。

 しばらくして電車がホームに着くと、僕らは車内にさっと体を滑り込ませ、満員電車の中互いに体を支え合うようにして、目的地までの道中を揺られた。

車内に響く車輪がレールの継ぎ目を通過する規則正しい音が響く。そのような音の中なのにもかかわらず、僕自身の心音が耳元で大きく響いている。

最初は隣のサラリーマンのイヤホンから漏れ出す低いビートのようにも思えたが、やはり僕の心音だった。体が火照り、頭が熱くなっている。

熱を持った血液がどくどくと心臓から全身を巡り、耳たぶの端にまで送られているようだ。

この火照りは満員電車が直接の原因ではないのは明らかだった。

それは女の子と僕との三次元的な距離なのだ。僕は薄々気がついていた。

僕は女の子にある種特別な感情を抱いている。その事実は僕を時に居た堪れなくした。

車内アナウンスが日本語や英語で次の到着駅を伝える。

レールと車輪、パンタグラフと電線、僕と女の子。それらは互いにゼロ距離だった。
 

駅に着くたびに、電車は人々を吐き出し、そしてまた人々を取り入れた。

古代ローマの貴族が食事の度にそうしたように繰り返した。

電車が僕らの目的地に到着すると、僕らは電車から締め出されるようにホームに出た。

少し冷えた風が火照った体には気持ちよかった。

「ちょっと冷えてきたね。昼は結構暑かったのに」

彼女はそう言った。火照っていたのは僕だけだった。


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このお話の続きは.....



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