アプリはCANVAにしてみようかな
さあ、新学期
対象年齢が関係ないのがICTの良さ。
ということで今年は授業づくりと研究の中に積極的にICTを盛り込んでいこう。
奇しくも2025年は2年に一度のADEの応募年にあたっているし、CANVAにはキャンバサダーというものもあるようです。いくつかのICT資格についてまとめて申請してしまうのはそう悪いことではなさそうです。
今年の個人的研究課題
ICT強めというよりは、今年の研究課題は対話に基づくふりかえりの効用について主体性の議論を交えて授業づくりをしていくことを言語化していくことです。
それだけでは圧倒的につまらないのでICTを混ぜてコミュニケーションの部分を補っていこうと思っています。
私のICTの基本姿勢はマインドセットの形成のために、写真や動画を使うことです。写真や動画を扱う以上どうしても自然にコミュニケーションが必要になります。
無理やり友だちづくりを強要することにならないのもいいところだし、教師としてモラルやコミュニケートの質に対して積極的に介入できることも利点です。
これにプレゼンソフトとプログラミングソフトがあれば十分なんですが、ここにCANVAも追加してみようかなと思っています。
アプリの質と教育
週末少し使ってみた印象ではレスポンスはなかなか良さそうです。
幾つかの作品を作ってみれば授業での生かし方も作っていけそうです。
アプリの使い勝手というのは、常に授業の質に直結します。
アプリがよくないものである場合、授業の質が上がることはありません。
見栄えというのはある意味で重要ですが本質ではありません。
デザイナーの育成や見栄え重視のためでないにしても、写真との連携やテンプレートの豊富さ、ホワイトボードなど1つのアプリで広範囲に連携できるのは便利そうです。
授業づくりで大事なこと
授業づくりというのは、どうしてもオリジナリティが先立ちます。それは今までになかったものというよりは、教師が個人の中で生み出してきたものという意味の方が大事だと思います。それがたとえ他の誰かの実践と重なる部分があったとしてもそれは重要なことではない。パッションとオリジナルの探求との合わせ技を教育実践におけるオリジナリティとすることが実践研究の肝になると思っています。
マネぶことは悪いことではないが、マネだけで終わってしまうことは意味がない。その先に自分だけのこだわりの教育実践を作っていくことが授業改善の意図であり、上手いかうまくないではなく、こだわりを継続すること自体がカイゼンの意味なのであろうということになります。
授業づくりは材料の質や引き出しの数が大事なんじゃないというごくごく根本的な話が最後に来ました。ICTと同じこと。できる人が偉いんではありません。伝道師が偉いんでもありません。結局なんでも続けられる人が、本質を見失わない人が偉いんだよと思います。そんなことはなかなか啓蒙できないんだけど。出世しないし。
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