【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第一話
【あらすじ】
夕暮れの中、ランドセルを背負って歩く、いつもの帰り道、いつもの通学路。
翔太は、秘密を見つけてしまう。
野上商店の脇の、蜘蛛の巣だらけの自販機から一歩ずつ数えて十五歩目、そこで立ち止まり左を向くと、あるはずのない道が出現していたのだった。
それは、あらゆるところに通じ、あらゆるところと違う、「ハザマの世界」という異界への入り口だった。
建物自体が生きているという「屋敷」に住むハザマの世界の女の子「紅」、と風変わりな青年「蒼」、それから空を飛ぶ獣「雪夜丸」。紅たちとの出会いが、翔太の日常を賑やかに彩っていく。
不思議な友情は、ずっと続いていくと信じていたが――。ファンタジー物語。
第一話 あるはずのない道
いち、に、さん……。
野上商店の脇、蜘蛛の巣だらけの自販機の前から、一歩ずつ数えながら、進む。
やっぱり!
翔太は思わず声を上げた。背負ったランドセルが、カタカタ鳴る。
十五歩目に左を向くと、道ができてる……!
いつもの通学路、そこは脇道なんてないはずだった。
不思議なことに、塀だったはずの場所に、一歩ずつ数えながら歩くと道が出現していた。
あるはずのない道。しかし、今翔太の目の前には確かに道がある。
この道、前を向くと消えちゃうんだ。
翔太は足を止め、不思議な道を見つめ続けた。
長く長く続く、一本道――。
こちらは、オレンジ色の夕日。しかし、道のほうは青空だった。
こっちとあっちは、違うんだ。
どきどきした。
いつの日か、ちゃんと確かめたいと思った。あの道を歩くと、どうなるんだろう。歩いて行った先に、なにがあるんだろう、と。
今日が、その日のような気がした。
延びた一本の道の両脇にある、木々の葉が揺れる。枝には、たわわな桃色の実がなっている。
ざわ、ざわ、ざわ。
こちら側は風もないのに――、枝が揺れている。
おいしい桃色の実をあげるよ、だからおいで、おいでと手招きしているようにも見えた。
そのことに気付いたのは、ただの偶然だった。
意味なんてなかった。ただぼんやりと、思い付きで歩数を数えながら歩いた。
十五歩目に現れる道。
十四歩で数えるのをやめて普通に歩くと、道は現れなかった。
また、自販機ではないところから数えると、道は現れない。
そして、まさか、と思って進行方向を向くと、道は消える。
おまじないみたいだ。
翔太は、そのことを自分だけの秘密にしていた。
誰かに話しちゃうと、二度と道は現れないかもしれない。
なぜかわからないが、そう思った。
翔太は、ランドセルの肩ベルトを、ぎゅっと握った。
よし。行ってみよう。
翔太は、一歩踏み出した。
ちょっとだけ。ちょっとだけだから。
ごくっ、と唾を飲み込んだ。
道の中の世界は、太陽が真上にあった。
「本当に不思議だなあ」
道の両脇にある木は、とても滑らかな幹の感じといい、四葉のクローバーのような葉っぱといい、見たことがなかったし、桃にちょっと似ているが実のほうも、見たことがなかった。
よおし。探検だ。
手には汗。慎重に、一歩一歩進む。自分が探検家になったみたいだった。
いち、に、さん……。
ついに、十五歩目。急に、不安になってきた。誰もいない。木の葉の音しかしない。家らしきものもない。
来てはいけない場所だったのではないか、そんな考えが浮かぶ。
不安が、恐怖に変わる。
ついには――、とても恐ろしいことを想像してしまっていた。
今までと反対に、俺の通学路のほうが、消えていたらどうしよう。
通学路の十五歩目の道は、前を向くと消えた。こちらの道の十五歩目、振り返ると道はどうなるのか――。
帰れなくなったら、どうしよう!
自分の呼吸音が、心臓の音が、耳に響く。進むのも振り返るのも怖くなり、その場に立ち尽くした。
そうだ!
突然、閃いた。
振り返らずに、十五歩下がったほうが安全かもしれない!
なんの根拠もなかったが、翔太は後ずさりを始めた。
慎重に、一歩一歩、数えながら戻るんだ……! きっと、大丈夫……!
慎重に後ずさり、十二歩目だった。
どんっ。
「わああああ……!」
翔太は叫び、前のめりに転ぶ。
なにかに、ぶつかった……!
恐怖が頂点に達したそのとき――。
「なーにをしとるんじゃ。人の子」
え。
翔太は、おそるおそる振り返る。
女の子の、声――。
「前を見ながら後ろに歩く。今、人の世ではそんなことが流行っておるのか?」
赤い和傘をさした、赤い着物、おかっぱ頭の女の子が、不思議そうに翔太を見つめていた。
「君は、だれ……?」
からからになった口で、尋ねる。ひざこぞうに、ずきずき痛みを覚えながら。
「おお、膝をすりむいているではないか」
女の子は――唇と目のふちに紅をひいていた――、翔太の膝を見て、心配そうに美しい眉根を寄せた。
「え、あ、だ、だいじょうぶ……」
歳は自分と同じか、少し下くらいに見えた。恥ずかしさに、さっ、と頬が熱くなり、翔太は急いで立ち上がった。ほんとは、痛いけれど。
「雪夜丸ー!」
女の子は突然そう叫び、空に手を突き出した。
え。なに――、なんのこと――。
翔太がなんのことかと思っていると――、突然空になにかが現れた。
「うわっ!」
空に、大きな白い動物が浮かんでいた。その動物は、ふさふさの毛で、見た目は犬のようでもあり、猫のようでもあり――、太い足、尾は三本に分かれていた。
女の子は、にっこりと笑う。
「さあ、雪夜丸に乗るのじゃ。わしの家で手当てしてやろう」
雪夜丸と呼ばれた不思議な動物は地面に降り、女の子と翔太が乗りやすいよう、伏せるようにして背を低くした。
翔太は両手を前に出し、大急ぎでぶんぶん振った。
「え、いや、あの、ほんとに、ほんとに大丈夫ですから。ええと、俺、家に帰ります」
女の子は翔太の言葉を軽く聞き流し、ひらりと雪夜丸の背に乗る。
「わしの名は、紅じゃ。そなたの名は、なんという?」
女の子は、よく通る声で自分の名を名乗り、翔太の名を尋ねた。
「――翔太、です」
また翔太の頬が熱くなる。恥ずかしさで、顔が熱くなったのだと思うが、なんだかさっきとちょっと違う気もした。
あれ。なんで俺――。
戸惑い、下を向く。
「翔太、乗れ」
顔を上げると、紅は明るく笑っていた。
家に帰ったほうが、いいかもしれない、そんな考えも浮かぶが、紅の笑顔はあっけらかんと楽しそうで――、普通の女の子と違うと感じていたが、怖いとはまったく思わなかった。
「う、うん」
雪夜丸の、大きく愛らしい瞳、笑ったようなユーモラスな口元、白く輝くもふもふの毛も、翔太を誘う。
翔太が思い切って雪夜丸の背に乗ると、たちまち体が宙に浮かび始めた。
「わあっ、空、空飛んでるっ!」
「その足では、歩くのも辛かろう。そう思って、雪夜丸を呼んだのじゃ」
すごい、すごいなあ……!
「ふふ、すごいじゃろう。翔太」
得意気な、紅。
全身に風を受ける。雲が流れる。必死にしがみつく翔太の背で、ランドセルが盛大にカタカタ鳴っていた。
◆小説家になろう様掲載作品◆
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?