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【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第四話

第四話 ああ、夏休み

 降り注ぐような蝉の声。

「なんか、お母さんにしてやられたって感じ」

 朝から強い日差し。翔太は麦わら帽をかぶり首にはタオル、そんな姿で家の庭の雑草を抜いていた。
 夏休みに突入していた。

 つい昨日のことだった。
 
「自由研究、どうしようかなー」

 アイスを食べつつ、なにげなくリビングで翔太は呟く。

「いいテーマ、お母さん思いついちゃった。しかも、一日でできちゃうかもしれない」

「えっ、ほんと? なに? どんなの?」

 一日でできるかも、その言葉につられ、翔太は母の悪魔の提案にうっかり食いついてしまったのだ。


『夏の庭の雑草には、どんなものがあるか』

 それが母の提示したテーマだった。そして、翔太は庭の草むしりに従事することになったのである。

「どんな土の場所にどんな草が生えているのか、また、よく日の当たる場所とそうでない場所の違い、雑草の種類を調べて傾向を調べて――、根っこの感じも調べたほうがより研究っぽいから、ちゃんと根っこから抜く草むしり。お庭もきれいになるし、一石二鳥、素晴らしい研究よ」

 とは、母の弁。

 鬼か。

 翔太は汗を拭き、いったん休憩、用意しておいたスポーツドリンクを飲んだ。

「草むしりは、お母さんも手伝うから」

 と言って母もしばらく一緒に草むしりをしていたが、途中親戚からの電話がきてしまい、母は一時中断、涼しい家の中へ入ってしまった。

 あの叔母さん、話が長いからなあ。

 翔太も今日の草むしりはここまでにしようかと考え始めていた。熱中症のおそれもあるから、長時間ではなく朝の短時間だけ、と母と約束していた。
 魅力的に感じた大前提の「一日でできちゃうかも」、という話ではすでになくなっている。

 狭い庭だけど、やろうと思うと結構大変だなあ。

 翔太はなにげなく、まだ作業をしていない、あじさいの咲いている辺りに目を留める。

 あれ。あじさいの茂みになにか光ってる。

 ちらちらと、光が見える。なにかが反射しているようだ。

 なんだろう。風で飛んできたゴミかなにかかな。

 翔太は、あじさいの枝をかきわけるようにして、なにが光っているのか見極めようとした。

「あっ……」

 息をのむ。
 光っていたのは、銀色の、卵だった。

「卵!? 銀色? そんなの、ある!?」

 金属のような卵だった。そんなもの、見たことも聞いたこともない。
 人が作ったもの、おもちゃとかオブジェとかかな、という気もする。でも、心持ち表面がざらざらしていて、重さとか質感とか、卵によく似ていた。

 もしかしたら、本当に卵――。これこそ、自由研究のテーマじゃないか!?

 神様の助け、と思った。運命の女神様からのプレゼントかもしれない、と思った。

「ありがとう、女神様……! 俺はこの卵を自由研究の題材にします……! さようなら、草むしり――!」

「そんなわけ、ないでしょ」

 いつの間にか戻っていた母から一蹴された。
 どうせ、誰かが捨てたおもちゃでしょ、人の庭に投げ捨てて、ほんとにひどい子がいるものね、などと母は嘆く。

「お疲れ様。草むしりの続きは、明日の朝ね」

 母のその言葉で強制終了。翔太に微笑んだ運命の女神様は、どこかへ行ってしまったようだ。


「うわ。これって、異世界卵なんじゃ!?」

 昼食を終え、自分の部屋に戻った翔太は、勉強机の上に置いておいた「銀色卵」を見て仰天した。
 
「めっちゃ大きくなってるじゃん!」

 朝拾ったときの、倍くらいの大きさに変貌していた。

 べにあおのところへ行ってみよう。

 翔太は手提げ袋に「星形菓子」と「銀色卵」を詰め込む。それから野球帽をかぶり、念のため、タオルと冷蔵庫からペットボトルのサイダーを取り出して袋に入れ、熱中症対策グッズも万全にした。

「行ってきまーす!」

 翔太は急いで靴を履く。
 どこ行くのー、と追いかけて聞こえる母の声に、野上商店の近くの、紅と蒼って友だちの家ー、と返事をしながら家を飛び出す。
 
 嘘は言ってない。

 翔太は例の「ありえない道」に飛び込んだ。


 異世界に着くと、早速翔太は星形菓子を空に向かって掲げた。

雪夜丸ゆきよまるーっ!」

 大声で雪夜丸を呼ぶ。

 雪夜丸、星形菓子に気付くかな。

 青空を見上げ、首をかしげる。つまんだ黄色の星形菓子が、空に映える。空に黄色の星、夜空みたいだな、と思う。

 さっ。

 横付けしてきたタクシーのように、素早く雪夜丸が翔太の前に現れる。空を飛んできたのだろうが、どこから来たのかまったくわからないほどの勢いだった。

「すごい! 星形菓子の威力」

 翔太は雪夜丸に、星形菓子を手のひら分あげた。雪夜丸は、盛大に口を動かし、ごくん、と飲み込んでから翔太の襟首をくわえる。

「わっ!? 雪夜丸?」

 翔太は目を丸くした。驚く翔太をくわえたまま雪夜丸は、首を大きく自分の背のほうに回し、なかば投げるようにして翔太を背の上に乗せた。

 びゅっ。

 翔太を乗せ、雪夜丸が空を飛ぶ。
 星形菓子の凄まじい効力で、あっという間に翔太は紅と蒼の「お化け屋敷」にたどり着いていた。


 お化け屋敷を目の前にして、さらに翔太は驚くことになる。

「なんだこれ!? まるで東京ドームみたいだ!」

 お化け屋敷は、白い布だか糸だかなんだかわからないが、なにか白いものにすっぽりと覆われていた。

「どうなってるの……? これ……」

 雪夜丸のほうを振り返るが、雪夜丸はあいかわらずの笑ったような口元で、首をかしげているだけだった。

 卵とか、繭とか……?

 おそるおそる「元・お化け屋敷」に近寄る。そのときだった。

「おお! 翔太! 翔太ではないか!」

 裏手から、紅、そしてその後ろから蒼が歩いてきた。
 無事二人に出会えて、翔太はほっと胸をなでおろす。もしかして二人は、この東京ドームみたいな中にいるのではないかと思ったのだ。

「お屋敷……、どうなってるの……?」

 開口一番、紅に尋ねる。

「ああ。これか」

 紅がにっこりと笑う。

「今、改装中じゃ」

 改装中……!

 なるほど、と思った。なにしろ、ひどいおんぼろだった。工事中でシートをかぶせてあるみたいな感じなのだな、と翔太は理解する。

「もうすぐ、新しく生まれ変わる」

 なるほど、リフォーム中というやつか、と翔太は思う。そんなテレビ番組あったよなあ、と思いつつ。

「繭を破って、新しい姿で出てくるのじゃ」

 なるほど、ん……!?

 そこでいったん翔太の「理解」が止まる。

「繭を破って……、出てくる!?」

 思わず訊き返していた。
 蒼が、紅に代わって説明する。

「この屋敷自体が、生きているのだ。もう相当古くなった。古くなると、屋敷は自分で繭を作り、眠りについて体を休め、そして新しく生まれ変わる。何度もそれを繰り返す。永遠ではないが、屋敷はそうやって生きていくのだ」

「えええーっ!?」

 そんなことって、ある!?

「じゃ、じゃあ、紅と蒼は、生き物の中で生活してるの!?」

 紅と蒼が声を揃える。

「そうだ。我らが暮らすことで、屋敷の力も増す。屋敷と我らは共存しているのだ」

 ピチチチチ……。

 涼しい風が吹き、小鳥が上空を飛んで行く。こちら側は、早朝らしい。

 はあー。

 翔太は、ため息とともにうなだれた。

 異世界、おそるべし。

 呆れるような、楽しいような。自分の理解を超えすぎていて、翔太はなんともいえない気持ちになっていた。

「ところで翔太。なにかあったのか?」

 紅の問いに、あっ、と思い出す。

「そうだ! これ……。これを見てもらおうと思って、来たんだ」

 翔太は、袋から銀の卵を取り出した。

「あっ! これは……!」

 紅と蒼が声を揃える。二人は揃って驚きの表情を浮かべ、それから満面の笑みになっていった。

「翔太。これを……、譲ってもらえんか?」

 紅が懇願するような目で、翔太を見つめる。

「え……、なんだか、これがなんだか俺にはわからないから、いいよ、あげても」

 上目遣いの紅に、ちょっとどきどきしながら答える。動揺をごまかすよう、翔太は急いで付け足した。

「だって……、俺の世界の物じゃないと思うし、もらってもらったほうが、俺も助かる――」

「ほんとか!?」

「う、うん……」

 紅と蒼が、顔を見合わす。

「やったー! 欲しかったんじゃ、これ! 探しに行こうと思ってたのじゃ!」
 
 紅と蒼は、手を取り合いぴょんぴょん飛び跳ねてから、翔太の手も取り、ありがとう、ありがとうと繰り返した。しまいには、笑顔の二人に手を握られた翔太も、一緒に飛び跳ねる羽目になっていた。

「これはな、」

 ひとしきり喜んだあと、紅が打ち明ける。

「しすてむ・きっちんじゃ」

 システムキッチン!?

「もっと大きくさせてから、繭を破って出てきた屋敷に食わせてやる。そうすると、最新の台所になるんじゃ」

「えええええーっ!?」

 システムキッチンも、生きていた。


 システムキッチンの代わりに、と紅が翔太に手渡したのは、縦笛だった。

「これはな、『収穫の笛』という」

「収穫の……、笛……?」

 うむ、と紅と蒼がうなずく。雪夜丸も知っているのか、後ろで大きくうなずいていた。

「気持ちを集中させて、吹くのじゃ。そうすると、一気に収穫できる」

 紅の説明では、たとえば桃の実を想像しながら桃の木の前で縦笛を吹くと、ぽとり、と一気に実が枝から落ちるのだという。集中次第で、必要なものが必要な部分だけ、落ちてきたり刈り取られたりするそうだ。
 へえ、と翔太は縦笛を手に首をかしげた。自分にはあまり用がないかな、と思った。
 しかし、突然閃く。運命の女神が微笑んだように。

「これ、あのことにも使えるかな!?」

「あのこと?」

 翔太が説明する。紅と蒼は、集中がちゃんとできれば、可能だ、と太鼓判を押してくれた。

 あくる日の早朝。翔太は一人、自分の庭で縦笛を吹く。むむむ、と集中しながら。

 ぴうー。

 変な音色。脱力し、ちょっと集中が途切れた。
 翔太は気を取り直し、心の中で叫ぶ。

 雑草よ、抜けろ……!

 ざっ。

 大きな音がした。それと同時に、庭の雑草すべて、一気に土から抜けていた。ちゃんと根っこ付きで。

「やったー! 草むしり、終了!」
 
 翔太はガッツポーズを取った。このあとの雑草を分類してレポートを作るという作業も大変ではあるが、とりあえず第一段階終了の喜びに浸る。

 暑い中の庭仕事、それがなくなるだけでも――。

 そこまで考えたそのとき。土の上に並んだ雑草を眺めている翔太の、笑顔が固まる。

 これ、お母さんの植えた千日紅……!

 紫のかわいらしい千日紅も、雑草と一緒に抜けていた。

 お母さんが来る前に、植え直さなきゃ……!

 翔太は大急ぎで、かわいらしい紫色の花たちを植え直す。

 集中力って、大事だなあ。

 そんなことを思いつつも、紅と蒼のぴかぴかのシステムキッチンを見に行きたいなあ、とぼんやり考える。集中力、言ってるそばからどこへやら。
 夏休みの朝。翔太は庭仕事に従事していた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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