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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第32話

第32話 饅頭怪物

「この村は、温泉で有名でして、温泉目当てで訪れる旅人さんも、大勢いらっしゃいます」

 夕闇の中たどり着いた村の宿は、ちょっと有名な温泉宿らしかった。
 黒髪を高く結い上げた宿屋の女将が、にこやかに部屋へと案内する。

「ちょうど宿に空きがあって、俺たち、ラッキーだったなあ!」

 剣士アルーンが、うきうきとした様子で女将のあとを歩いていく。
 小さな村の中の、大きな宿屋だった。

「ふふ、お客様。ありがとうございます。でもまあ、この通り山の多い田舎ですからねえ。温泉が名物、といっても、年中満室、というわけにはいかないのでございます」

 部屋は、二部屋とった。魔法使いケイトと元精霊のルミの女子二名と、アルーン、小鬼のレイ、魔法使いレイオル、それから青年の姿に変身中の鬼のダルデマの男子四名、と男女分けた形だ。
 ちょっと遅い時刻になってしまったが、夕食も用意できるとのことだったので、お願いすることにした。

「準備いたしますので、これから皆様が入浴なさいますと、ちょうどよいと思います」

 食事は、大広間に六名分用意してくれるとのことだった。浴場のことや大広間の場所など、女将は手短に説明し、そして、

「お部屋に、饅頭が用意してございます。ぜひ、召し上がってからご入浴くださいましね」

 と付け足した。

「あ。温泉に入ることで起きる、急な血糖値の低下を防ぐために、ということですね」

 魔法医の資格に挑戦していたケイトが、うなずきながら女将の言葉を継ぐ。
 しかし、女将の反応は意外なものだった。

「いえ」

 そのためだけではない、女将は静かに頭を振った。

「怪物除けのためです」

 怪物除け……!?

 意外過ぎる女将の言葉に、一同目が点になった。

「昔、昔のことでございます――」

 誰ひとり、尋ねたわけでもないのに、女将は遠い目をし、語り出していた――。
 訊いてもいないのに――。



 時は、世紀末。温泉が見つかる、はるか昔。 

「全員顔見知り、話題にのぼるのは、重箱の隅をつつくようなささいな噂話ばかり。こんな村、面白くもなんともねえ! 資源もなんもなくて、未来も見えねえ! こんな村、もう嫌だ……!」

 子どもたちは成長すると皆、町を目指した。どんどん、村は廃れていった。

「このままでは、村がなくなってしまう……!」

 残された村人たちは、緊急サミットを開催することにした。村に残るのは中高年の者ばかり。そのため、サミット参加者は、村の中の選ばれし老人たちであった。
 それは、のちの村史に、「ゴールデンシルバー」と記される賢者たちである。

 一旗揚げなければならない……!

 賢者たちは、村の未来を真剣に考えた。激しい議論は、三日三晩続いた。
 四日目、光が差し込んだ。

「皆さん、お疲れでしょう。饅頭でも食べて、ちょっと一息ついてくださいまし」

 ゴールデンシルバーのメンバーの中の一人の、とある奥様が饅頭をこしらえ差し入れてくれたのだ。

「ありがとう。なんと気が利く奥様じゃ」

 皆が口々に礼を述べ、茶色の薄衣の饅頭を頬張る。すると、疲れた各々の脳に、甘味の劇的な癒しが訪れる。

 これだ……!

 閃きが、降りてきた。

 この饅頭が、きっと村を救うはず……!

 皆の思いは一つだった。奥様特製茶饅頭を、村の名物にしよう、と。

「この茶饅頭は、スズメの頭に似ている。我々の心は、そんなスズメの頭そっくりの饅頭に、一瞬にして魅了されてしまった。よし! 商品名は、『スズメかしらの悪魔のささやき』にしよう……!」

 商品名まで考案していた。ちなみに、奥様はもう帰ってしまってその場にいなかった。賢者たちは勝手に名づけ、勝手に盛り上がっていた。もしくだんの奥様がその場にいたら――、その名前はいかがなものか……、と難色を示したに違いない。
 賢者たちが「スズメ頭の悪魔のささやき」の製造ラインや販路について検討し始めたころ、事件が起きた。

「怪物だ……! 怪物が現れたぞ……!」

 巨大な怪物が現れた。それは、鷹の頭と翼を持ち、獅子のように逞しい体つきの怪物だった。
 村人たちは、逃げ惑う。

 こんな中高年ばかりの少人数の村、あっという間に全滅してしまう……!

 新たな危機に、ゴールデンシルバーを始め村人たちは戦慄した。
 そんなとき、一人立ち上がる者がいた。

「これでも、喰らえーっ!」

 あの奥様だった。奥様が、やけくそになって自作の饅頭を怪物に投げつけた。
 やけくそになったのは、怪物の襲来のせいもあったが、それ以前に「自分の手作りおやつに変な名前を付けられた」ことと、「無理な大量生産の依頼」、さらには「村外の親戚に饅頭の販路を依頼された、でも親戚たちに饅頭名で笑われた」という数々のストレスのせいもあった。
 くわー、と怪物は鳴いた。それが偶然か、「食うわー」と言ったようにも聞こえた。
 果たして、怪物は、食った。投げつけられたやけくその饅頭を。
 怪物は――、おおいに饅頭を気に入ったようだった。おかわりを、所望した、ように見えた。
 奥様は、投げ続けた。日頃のストレスとは、恐ろしい。奥様は、水を得た魚、まるで饅頭を投げるために生まれてきたかのようだった。それはあたかも奥様が、饅頭の投球マシーンに変貌したかのようだった。
 そして怪物はというと、投げられた饅頭をキャッチしては食べ、キャッチしては食べる。奥様と怪物のバッテリーが爆誕した。
 そしてついに、そのときが訪れた。
 怪物が、満腹となった。村人が襲われる危機は去った。その日限定ではあったが。
 しかし、怪物は義理堅かった。

 くわー。

 怪物は、突然たくましい四肢で大地を掘り始めた。掘って掘って、掘り続けた。
 
 くわ。

 怪物は掘る手を止めると、なにか清々しい顔つきで奥様を見つめた。戸惑う奥様。なんらかの、怪物の意図。
 それから、怪物は翼を広げ飛び立った。来たときと同様、帰りも唐突だった。

「温泉だ……!」

 怪物が掘ったあとには、こんこんと温泉が湧き出ていた。

「これはきっと、怪物の恩返しに違いない……!」

 村人たちは、思いもよらない温泉の誕生に、手を取り喜び合った。

「これで、村が潤う……!」

 村を救った饅頭。皆の命を救った饅頭。村人たちは深い敬意を込め、それ以来温泉に入る前には饅頭を食べるようになった。そして時を経ていつしか、

「温泉に入る前に饅頭を食べると、怪物に襲われない」

 という適当なジンクスまで付け加えられていた。
 饅頭の功績。本当は、奥様の功績なのだが。
 奥様の功労は、その後ご主人の献身的な家事奉仕と、「温泉いつでも入り放題の権利」によってねぎらわれた、と伝えられている。
 ちなみに、その後あの怪物の村への襲来は、一切ない。
 胃もたれしたらしい。



「それが、この『スズメ頭の悪魔のささやき』でございます。当宿の売店にもございます。あ、今年の新作、『苺味』もおススメでございます」

 おススメ、スズメなだけに……、とレイはぼんやり考えていた。

「うわー、これがその温泉かー」

 女将の話のあとだと、なんとなくレイの歓声も棒読み気味になっていた。
 レイ、レイオル、ダルデマ、アルーンは男湯にいた。
 例の温泉から湯を引き入れた、宿屋自慢の風呂だった。

「ダルデマ」

 湯に触れないよう、長い髪を結い上げたレイオルが、ダルデマに尋ねた。

「やつの目は、何個あった?」

 目?

 ダルデマもレイもアルーンも、あの女将の話した怪物の目の話をしているのかと思った。

「なんでいきなり、目の話? 女将に聞けばよかったのに。そんなの、ダルデマが知ってるわけが――」

 アルーンが言い掛けたが、レイオルの瞳は恐ろしいほど真剣だった。

「怪物ウォイバイルだ。饅頭怪物じゃない。ウォイバイル、やつの目は、何個だ? 『先見の婆さきみのばあ』から、聞いていないか……?」

「ウォイバイル――」

「私は、夢でやつを見てきた。しかし、はっきりと目で見るように姿かたちが見えていたわけではない。やつの目は――」

 レイオルは、問う。

「四ツ目では、なかったか……?」

◆小説家になろう様掲載作品◆

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