【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第33話
第33話 目の数と竪琴
『ただし――、怪物の目の数には、くれぐれもお気を付けください』
そのとき、小鬼のレイは楽器屋の店主の言葉を思い出していた。
四ツ目。店主はあのとき、四ツ目だとなんて言ってたんだっけ……?
たちこめる温泉の湯気。湯に浸かっているせいか、あのときの言葉をはっきりとは思い出せない。
「怪物ウォイバイル。やつの目の数は、四つちょうどじゃなかったか……?」
魔法使いレイオルは、青年の姿に変身中である鬼のダルデマに、もう一度問いかけていた。
「ああ。うむ……。俺が『先見の婆』から繰り返し聞いていたウォイバイルの話は、まるで呪文のような、唄のようなものだった」
「呪文か、唄?」
「まあ、先見の婆の先見は、いつもそんな感じで表現される」
ダルデマはそう述べていったん言葉を区切る。それから、ダルデマの口から表現された先見の婆の先見は、確かに節がつき、唄のようだった。
『大地の深い深い底。眠り続けるウォイバイル。目覚めるときはこの世界、三度目の滅びとなるだろう。大きな口持つその巨体、果てなく連なる山のよう。這えば地が裂けひび割れる。飛べば日が消え闇の中。光る眼の色、それぞれ違う。赤、黄、緑、青、四方を一度に見渡せる。飲み込む口と、出す毒で、世界が眠りに墜ちていく』
湯が揺れた。レイオルが、ダルデマに詰め寄っていた。
「四色のそれぞれ違う目……! 四方……! 思った通り、おそらくやつは、四ツ目だ……!」
レイオルとダルデマの様子を見ていた剣士アルーンが、思わず尋ねる。
「なあ。レイオル。やつの目の数、なんでそんなに知りたがっているんだ? まさか、ルミの竪琴、『怪物眠りの琴』の力が関係しているのか? だとすると、四ツ目の怪物は、ええと――」
レイ同様、直接店主の言葉を聞いていたアルーンも、目の数の意味を覚えきれてはいなかった。そもそも、あの場でも、ややこしいから怪物には使わないほうがいい、とアルーンはルミに助言していた。面倒な店主の話は、忘れる方向だったに違いない。
「そうだ。『怪物眠りの琴』だ。あの竪琴は、四ツ目の怪物のみ、眠りから目覚めさせてしまう作用がある」
レイオルは、勢いよく湯舟の中から立ち上がる。全員男だから、どうということはないが、なんとなくレイは「きゃっ」と叫んでしまっていた。
『どうかご注意なさいませ。四つ目の怪物には、利きません。逆に、怪物を起こしてしまうそうです』
そうだ……! 気を付けて、と店主は言っていた……!
あのときの、店主の声が、はっきりとレイの頭の中に響いていた。
「起こす!? 眠ってるウォイバイルを、竪琴の音色で起こそうってことか!?」
ざぶん、波が起こる。今度はアルーンが立ち上がっていた。
アルーンまで! 立ち上がらなくても……!
ちょっと驚くレイ。入浴の時の急激な行動は、体に悪そう、と思った。
レイオルはアルーンのほうを見てうなずく。アルーンが立ち上がったことより、アルーンの問いに肯定する意味で。
「ああ。今朝、ルミの演奏を聴いて、お前たちの聞いた店主の話が改めて本物、それも想像していたより強い力だと確信した。ずっと、引っかかっていた。あの饅頭怪物の話を聞いていて、怪物の目の数について、もしかして、という閃きがあった」
饅頭怪物の目についての話はなかったが、怪物の姿を想像しているとき、もしかしてウォイバイルの目は、四つだったのではないか、そうであってほしい、と強く願っていたとのことだった。
目をつぶって考えていた様子のダルデマだったが、
「そうか……! やつの目覚めより前に叩き起こす。やつの体のタイミングじゃないときに起こす、それはつまり無防備な状態。そして、おそらく復活として万全じゃない、不安定な状態ということ。そこを叩くということか……!」
立ち上がる。さらに大波としぶき。湯舟内には常に新鮮な温泉が注がれ続けてはいるが、一瞬だけ湯量が減る。
こ、これは俺も立つべき……!?
なんとなく協調性を発揮し、レイも立ち上がってみた。
「そ、そうかあ……! それはチャンスってことだねええ……!」
波は、小さかった。三人の大きな体の壁の中、ちょっと勢いに欠けるレイ。
「あれ……? でも、ウォイバイルが起きる予定って、いつ?」
レイオルは、大股で脱衣所へ向かう。アルーンとダルデマもレイオルに続いたから、レイも付いていく。
もうちょっと、お風呂に入っていたかったけどな。
温泉は熱すぎずぬるすぎず、歩き疲れた体に、とても心地がよかった。
脱衣所に入ると、レイオルは語り出した。
「私は夢で、ウォイバイルとの戦いをずっと見ていた。滅びの夢だ」
体を拭きつつ、レイオルは話す。皆も、拭きながら聞いた。
「それは私が旅に出ることを決意し、実際出てからも変わらぬ内容だった。戦いの舞台は、雪白山のふもと。そして私は夢の中で、そこがやつの目覚めの場所であることを知っていた」
レイオルの話を耳に入れながら、レイは温泉の余韻を噛みしめていた。
温泉は、体が芯からぽかぽかだなあ。
レイの胸元には、レイオルの付けてくれた角笛の入った小さな球が浮かんでいる。湯船の中でも湯に影響されることなく、それは変わらぬ位置にあった。
今、胸元を拭いている間も、球は不思議と邪魔にはならなかった。ふと、球からタオルを持った自分の腕に、視線が移る。
おお! お肌、つるつるじゃん……!
小鬼、妙なところに感動する。うっかり、レイオルの話を聞き逃しそうになっていた。
「目覚めの場所での戦闘。ということは、私の到着は、やつが目覚めたばかりのときに違いない」
ごしごし、ごし。しっかりと拭く。大事な話と、ひたすら体を拭く光景。ちょっとアンバランス。
「あの夢は、予知夢。目覚めのとき、目覚めの場所で私はやつと戦う運命なのだ。私が実際に子どものころから徒歩で旅を始めても、長い間夢の内容は変わることがなかった。しかし、先見の婆の先見に変化が訪れたのも、私の夢に微妙な変化が訪れたのも、お前たちと共に旅を始めるようになった、ごく最近のこと。と、いうことは」
レイオルは、服を着た。ダルデマも、服を着た。ダルデマの服は魔法の服だと思うが、普通の服同様、普通に袖を通して着ていた。
「行動を変えれば、運命は変わる。私たちの旅が、今までのペースより格段に速くなったら、きっとやつの目覚めより早く到着する」
びしっと服を着終えたレイオル。温泉に入るより、何割か男前になったようで、言葉も鋭く、かっこよく決まっている感じがした。
「え。格段に速く移動するって、どうすんの?」
アルーンの率直な問いに、レイオルの視線は天井を泳ぐ。途端にちょっと、決まらない感じ。
レイオルは天井を見るのをやめ、まっすぐアルーンを見た。
なにか天井に書いてあったのかな。
そんなわけはない。なにか閃きが降りてきたのかもしれない。
「走る」
「そこは、馬とかだろーっ?」
アルーンのツッコミは、速かった。アルーンによる、馬の提案。レイオルは、自分の足で走り抜けることを考えついたようだ。旅のすべての行程で。
走り旅は、嫌だな……。
皆が髪を振り乱して、ひたすら走り続ける光景を想像した。アルーンが馬と言ってくれて、本当によかったとレイは思った。
「一人二人くらいなら一緒に連れて、雲を使って素早く移動できるんだが。全員は無理だな。それじゃ、馬、がいいだろうな」
ダルデマが、呟く。
「それか、なにか速く動く怪物を見つけて捕まえ、それに乗る、とか」
速く動く怪物に、乗る!?
そんなことができるのだろうか。そして、それに乗るということは、それをうまく飼い慣らすようなこと。そんな真似ができるだろうか。ダルデマの言葉に、レイもアルーンもうつむき考え込む。
「空を飛ぶ。饅頭怪物が、いいかもしれんな」
レイオルが、ぽつりと呟く。
「え、でも、あれはだいぶ昔の話みたいだし、今も生きてるかどうかわからないし……! それに、この村にはあれから来てないって――!」
ちょっと考えられない、馬のほうが現実的では、とレイは思う。馬が、小鬼や鬼を乗せてくれるかちょっとわからないけれど、と不安もあったが。
「売店に、売っているって言ってたな。饅頭。『スズメ頭の悪魔のささやき』」
レイオルが、ニヤリと笑う。
「それと、新作『苺味』」
えええーっ!? 本気で!?
脱衣所の「男湯」ののれんをさっと払いのけ、レイオルは、夕食の用意されている大広間ではないほうへと、歩いていく。
その行く先はやはり、「売店」だった。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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