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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第24話

第24話 鬼の変身

 亀裂の先は、光か、それとも新たな闇の始まりか。
 小鬼のレイと魔法使いレイオル、同じく魔法使いのケイト、剣士アルーン、それから元精霊のルミ。五名の旅人の前に現れた、巨大な鬼、ダルデマ。
 ダルデマの低い声が、夜の野原に響く。
 
「共に戦おう。世界を滅ぼす怪物ウォイバイルを倒すには、個体ではなく少しでも多くの力の結集、連携が必要だ」

 ダルデマは、皆の顔をひとりひとり見つめた。

「しかし、俺は人間のことをよく知らない。飯として食ったこともない。うまいらしいが」

 ひえ。やっぱ鬼だ。

 レイは震え上がる。

「ちなみに、小鬼も食ったことはない。これもまたうまいらしいが」

「食うの、小鬼!?」

 話の途中のようだが、思わず叫んでしまっていた。

「人間も小鬼も、調理法は色々あるぞ。まあ、やっぱりシンプルな踊り食いが一番うまいと聞いたことがあるが。まあ、俺はやはり姿かたちがちょっと似てるから、どうも食指が動かん。形が問題なら下処理すればいいだろう、と言われたこともあるが、そこまでして――」

「調理法とか下処理とか、紹介しないで!」

 レイ、涙目である。ダルデマに、人間や小鬼を食べる嗜好がなくて、料理の趣味もないようで、本当によかったと心から思う。

「ダルデマ。なにが言いたい」

 レイオルは、忍び笑いをしていた。ケイトもアルーンもルミも、ダルデマの発言に青ざめドン引きしていたようだが、レイオルは平然としていた。

「俺は、お前たちのことを知る必要がある。敵に勝つためには、味方の力やその特性を知っておくことは必要不可欠だ。挑む相手が強敵なら、なおさらだ」

「ふむ」

 レイオルがうなずく。

「お前たちと行動を共にしたい。ウォイバイルの復活にはまだ時間がある今、名を明かし姿を見せたのは、そのためだ」

「えっ、ダルデマさんも、一緒に旅してくれるの!?」

 レイは飛び上がってしまっていた。これは恐怖からではなく、純粋な喜びである。

「俺のことは、ダルデマと呼んでくれて――」

 構わない、そう続くだろう言葉がダルデマの口から出る前に、

「うんっ! ダルデマ! 俺、レイ! 俺の名はレイだよ!」

 レイは満面の笑顔で自己紹介していた。そしてさらに振り返り、

「本当に、心強いなあ! あっという間にすごい仲間が集まっちゃった!」

 両手を大きく振り回し、皆を一つにまとめるような大きな円を空中に描いていた。

 仲間! 旅! みんながいれば、怖くな――、いや、怖いけど、特にダルデマ、超怖いけど、きっと、みんなが一緒なら、頑張れる……!

「本当にありがとう、ダルデマ! 食べないで、よろしくね!」

 まるでレイ主導発案の旅だったかのように、はしゃいでいた。

「うーん。だけど……、目立つなあ。ダルデマ。道中、色々トラブルが起こりそうだなあ……」

 とっくに剣を収めていたアルーンだったが、難色を示した。

「そうね。私たちは歩いて人間の町を通りながら目的地へ向かって行くしかない。そうなると、一緒に旅っていうのは、無理があるかもしれないわね」

 ケイトもアルーンと同意見のようだった。

「必要以上に恐れられ、見かけただけで人々から攻撃されてしまうかもしれません。実際、人を襲う鬼がほとんどです。人と望まぬ衝突が生まれることは充分考えられます」

 ルミも慎重に言葉を選びつつ、考えられる問題を述べた。

「俺が人の姿形、大きさになれば、問題ないだろう」

 ダルデマは、皆の意見をうなずいて聞いてから、そう述べた。

「えっ、変身、できるの!?」

 レイが目を丸くした。驚くレイに対し、ダルデマは首をかしげ、

「まあな。レイ。お前はできないのか?」

 と質問する。
 
 がーん。

 俺は、できない、レイはちょっとショックを受ける。変身能力はなかった。
 レイが落ち込んでいることに気付かない様子で、ダルデマが続ける。

「ただ、人の姿でずっといるというのは無理だ。レイオル、それから、そこの女。お前らは魔法を使えるのだろう? 俺が人の姿で長く活動できるよう、ちょっと力を貸してくれるか?」

「お安い御用だ」

 と、レイオル。

「え! どうやって!? それ、どんな魔法よ!?」

 どんな魔法を使えばいいか、わからないらしいケイト。

「ケイト。教えてやる。変身自体はダルデマだけでできるらしいから、我々の援助としては自分の気配を消す魔法の応用魔法と、定期的にかける状態保存の魔法で事足りるだろう。呪文はこうで、このように念を込める。コツは――」

 レイオルからケイトへ直接指導が入った。ケイトは、教師に教えを乞う生徒のように、真剣な表情で熱心に聞いていた。

 そうかあ。自分で変身できれば、俺も人間魔法、かけてもらえたのかあ。

 なんとなくしょんぼりするレイ。レイにはただただ角隠しの帽子が頼りだ。もっとも、頭の角を隠せば普通に少年で通るので、必要がないわけだが。特別な感じがして、ちょっとうらやましいと思ってしまっていた。

 ルミも、すっかり人間だし。いいなあ。

 あ、でも、ルミは望んでそうなったわけではない、とレイはルミの経緯を思い出し、ルミの心情を推し量り、今考えてしまったことをひとり恥じた。そして、心の中でルミに謝る。ルミをはじめ、他の面々はそんなレイの心のあれこれなど気付くわけもないが。

「では。これが、俺の人の姿だ」

 ダルデマが大地を蹴り上げ、勢いよく飛び上がった。そしてその勢いそのままに空中で、回転する。

「月光と星の輝きの力、我が身に変容をー!」

 きらきらきら。

 細かい無数の星が、リボンのようにダルデマの巨体を巡る。空に浮かんだままのダルデマの姿が眩しく輝くと同時に、ぐっと姿が小さくなる。ダルデマの頭の立派な角が、光りながら消えていく。どういう理屈なのか、ダルデマの装いが変わる。よく見かける町の青年の服装のように。そして、足元も光る。するとダルデマの足にたちまち現れる、靴。ダルデマは、まだ星のような輝きの中、夜空を回転し続けている。
 そのとき、レイオルとケイトが声を揃えた。

「人の身に変わらんとする偉大なる鬼、身にまとうは人の気配、神秘なるものにも、魔法を繰り出すものにも、その真の姿を見ることは叶わず。光のもと闇の中でも、いくつの時を超えようとも変わることなく――!」

 呪文が、ダルデマの全身をこよなく包んでいた。

 しゃらんらー!

 鈴の音のような、奇妙な音楽のような音がどこからともなく響いていた。

「効果音」

 口をあんぐり開けていたアルーンが、謎の感想を発する。
 そして――、ダルデマが、ど派手に降り立つ。

「レイオル。女。礼を言う。これで当面はこのまま活動できる」

 まるで立ちはだかる山のような巨体だったダルデマは――、レイオルやアルーンより背が高く、がっしりとした筋肉質の体つきの、日に焼けた青年の姿になっていた。角も牙もないが、銀色の長い髪、金色の鋭い瞳はそのままに。

「ダルデマ……。私の名は、ケイトよ」

 強力な魔法だったらしく疲れたのか、大きな魔法の杖にもたれかかり、肩で息をしつつケイトが微笑んだ。

「改めて感謝する。ケイト」

 終始呆気に取られていたアルーンだったが、

「俺は、アルーンだ。ダルデマ。よろしく。戦闘方法とか体の鍛えかたとか、よければ教えてくれ」
 
 そう述べ、握手を求めた。アルーンとダルデマは、しっかりと握手をかわす。
 ルミが、ダルデマに向かって深々とお辞儀をした。

「私の名はルミです。元精霊です。これからどうかよろしくお願いいたします」

「ほう……! 精霊か……! 人間の娘にしては、ずいぶん変わっていると思った」

 ダルデマは、ルミの言葉に驚くと同時に納得したようだった。ダルデマも、紳士然とルミにおじぎを返す。

「ダルデマ――」

 レイオルが、ダルデマに歩み寄る。

 レイオル。ダルデマに、なんて声をかけるんだろう。

 レイオルと新しく人間に生まれ変わったかのようなダルデマとの次の会話が、どのようなものになるのだろうと期待を込めて、レイはふたりを見つめていた。

「ダルデマ。ちょうどいい大きさだ。よし。では皆、寝るとするか」

 寝るーっ!?

 レイは、ひっくり返りそうになった。ふたりの間にどんな心の交流が生まれるのかと思いきや、「寝る」とは。

「朝までまだ時間がある。寝不足はよくない。ダルデマ。その大きさなら、テントに四人でも入るだろう。よかった。それでは、さあ、寝るぞ。ケイト、ルミも、お休み」

 レイオルは、自分、アルーン、レイ、ダルデマと四人でテントを使うよう指示し、それからケイトとルミを二人のテントに戻るよう促した。二度寝する気、満々で。

「さすがに、狭くね!?」

 ぎっしりとなったテント内、アルーンが不平を述べた。

「まあいいじゃないか。入ったんだから」

 と、レイオル。

 入ればいいのか。

 なんとなく、テント内の温度が上昇した気がする。

「人間は、狭いところが好きなのだな」

 ダルデマは、一個人間について覚えたぞ、と言わんばかりにしみじみと呟いた。

「テント、もう一個買おうぜ」

 アルーンがそう提案すれば、

「なるほど。それなら、私がテントに一人で、あとはアルーンのテントに三名ということだな」

 などと、しれっと返すレイオル。

「そこは二名ずつだろっ」

「ん? 二名ずつ? 一つのテント内にもう一個テントを張って、それで二人ずつということか?」

「なんでだよっ!?」

 なんのために、なんで二重テントにするんだ、とレイオルの提案にツッコミを入れつつ、しかし一番早く眠りについたのは、アルーンのようだった。

 絶対レイオル、わざと言ってるな。

 レイが、くすりと笑った。ダルデマも、笑っているようだった。
 ダルデマは、早速アルーンへの接しかたをレイオルから学んだようだった。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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