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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第23話

第23話 小鬼の大将

 お、鬼だあ……! 本物の、鬼……!

 小鬼のレイは、尻もちをつき震え上がった。かくいう自分は「小鬼」という種族ではあるが。

 初めて見るけど、鬼さんは俺たちより格段に強い……! 超怖い存在……!

 月を背に、まるで黒山のよう。筋骨隆々とした、鬼。腰の辺りや肩にかけ、布のようなものを体にまとってはいるが、全身の筋肉がほぼあらわになっており、裸足で大地に力強く立つその姿は、威圧するような強烈な存在感があった。

「軍勢……? 奇妙なことを言うな」

 魔法使いレイオルが、開口一番、大声で鬼に問うた。

 レイオルッ。まさか、この鬼も食べちゃう気じゃ……!

 レイは、気が気ではなかった。レイオルは、突然目の前に現れた鬼に対して、少しもひるんでいない。
 鬼の顔の輪郭はえらが張っていて四角っぽいが、まっすぐで太い眉の下は目じりが下がっていて、意志の強そうな鼻、大きな口や覗く鋭い牙と併せても、一見柔和な印象に見えなくもない。しかし、金色の瞳が放つ眼光は、強烈に鋭かった。
 皆の様子を横目で確認すると、剣士アルーンは剣を身構えているし、魔法使いケイトも大きな杖を握りしめ緊迫した様子だし、元精霊のルミは指を組んで祈るような仕草をしている。張り詰めた空気、レイオルだけが妙な余裕を持っているように見えた。
 いつの間にか虫の声は止み、なまあたたかい夜風が、通り抜けていく。

 だめだよ、レイオル……! 真正面から戦おうなんて、無茶だ……!

 レイが、レイオルの袖を引っ張って止めようとした、そのとき――。

 どかっ。

 鬼は、大きな音を立て、その場に座った。最初、尻もちをついたレイの真似をしているのかと思った。意味は、わからないけれど。
 鬼はあぐらをかいた。そうしてようやく、鬼とレイオルは目線がほぼ同じくらいになった。

「俺の名は、ダルデマ。名のある鬼だ」

「私の名は、レイオルだ」

 鬼が自らの名を明かすと、レイオルは即座に自分の名を伝えた。

 あれ……? 鬼、いや、ダルデマさん……。もしかして……?

 ダルデマは、あぐらをかいた足の上に片肘を乗せ、その手のひらで顎を支えるようにしていた。どう見ても――、戦意はないようだった。とりあえず、今この瞬間は。

「レイオルとやら。俺は、『先見さきみばあ』から聞いていた。世界を滅ぼす化け物に、立ち向かおうとする人間どもがいる、と」

「『先見の婆』?」

 ダルデマの言葉に、レイオルが聞き返す。それはもちろん、レイも聞いたことのない言葉だった。

「『先見の婆』は、未来を見ることに長けた婆さんさ。もちろん、人間ではない。一つ目一本足の怪物だよ。俺より背丈がでかく、ふだんは湖の深いところで寝てばかりいる」

「ほう。そのばあさんには、私やその他もろもろの姿が見えていたというのか」

 その他もろもろってなんだ、と早速アルーンがレイオルの言葉に食いついていたが、レイオルは片手で、息まく様子のアルーンを制する。
 ダルデマは、レイオルやアルーンの反応を気にする素振りも見せず、話を続けた。

「ああ。俺はガキの頃からその話は聞いていた。そしてそのたびに『先見の婆』に文句を言っていた。人間風情になにができる、怪物ウォイバイルとやらが、どんなに手強くとも、いつか俺が倒してやる、とな。だが、婆は首を横に振る。俺だけじゃ、絶対無理だ、と婆は言い切った。どんな怪物が徒党を組んでも――まあ、怪物同士が結託することがそもそも考えられんが――、負ける。もちろん、人間たちだけでも無理だが、と付け足していたが」

「私やもろもろは、そんな昔から有名人だったのか」

「たぶん、俺や婆の歳からいうと、人間のお前が生まれる前からの予言だ」

 もしかして……。そんな昔から、俺やレイオル、アルーンやルミ、ケイトのことも予言されてたの!?

 運命は、決められていたのだろうか、とレイは不思議に思う。それなら、自分たちの気持ちは、過ごした時間は、決めたこと、交わした笑顔、流した涙、朝食の豆料理を好きになったこと、すべてはなんなのだろうとレイは複雑な気持ちになった。

 手駒の俺は、時間の流れの中、本当に一つの駒でしかないの……?

「優れた先見だとしても、予言は予言だろう。すべては不確定、変わりゆくもの。この旅は、私の意志だ。もちろん、もろもろにとっても、それぞれの意味や意思がある」

 レイオルだった。胸を張り、はっきりと言い切る。ほんの少しも、迷うことなく。

 レイオル――。

 レイオルに、自分の心の声が届いたのだろうか、レイは立ち上がり、レイオルを改めて見上げた。レイオルはレイの疑問に気付いているのかいないのか、ダルデマをただ見据えている。

「もちろん、その通りだ。婆が言うには、『ただ見えるだけ』なんだそうだ。滅亡も、見えるだけ。抗う者たちも、見えるだけ。婆は言う。『見えるから、そうなるわけじゃないよ、そうなっていることが、見えているだけさ。だから、わたしの言うことは、案外当たってるんだよ。だけど、それはいつだって変わることもあるのさ。今日見えたものが、明日は違うものになってるということだって、あるのさ』ってな」

「今のところ、変わらないんだろう」

 レイオルが尋ねる。

「俺がこの歳になっても、婆の言ってることは変わらなかった。しかし、昨日、ようやく変わった。婆の先見の内容が、変わったのさ」

「昨日?」

 突然、ダルデマが笑った。あぐらのまま、大きく肩を揺らす。大地が揺れるようだった。

「今まで、怪物ウォイバイルが世界を滅ぼすことが確定だった。しかし、昨日、本当につい昨日のことだ。婆の言ってる文言が初めて変化したのだ。それで、俺はお前らのもとへ赴くことにした」

 え。どう変わったの……? なぜ昨日……?

 ダルデマは、改めて皆を見回し、告げた。

「『世界を包む真っ暗な闇に、一筋の亀裂が走る』と」

 え!?

 どういうことだろう、レイはダルデマが伝える「先見の婆」の言葉を心の中で繰り返す。

「『その先は、わからない。亀裂の先が、光か、それとももう一つの新たな闇なのか。ただ、ようやく変化が見えてきた。たぶん、時が満ちてきたのだろう』と。婆のそんな話を聞き、俺は早速風に乗ったわけだが、今これからもたぶん、婆の先見は刻々と変化していっているのかもしれんな」

 ダルデマが、腕を伸ばした。レイオルのほうへ。向けられる、大きな手のひら。
 レイオルは――。うなずき、ダルデマの巨大な手のひらの上に、自分の手のひらを乗せた。

「よろしく。ダルデマ。喜んで手を結ぼう。怪物側から、援軍が現れるとは思わなかった」

 わっ、はっ、はっ、ダルデマが豪快に笑い、大気が揺れた。

「この世界で暮らすのは、人間だけじゃないからな。勝手に滅ぼされては困るということだ。それに――、いるだろう、すでに怪物の援軍は」

 ダルデマは、レイの目を見て笑う。

「手強い小鬼の大将が」

 小鬼の大将!?

 すてん、レイは仰天し、すっかりお得意となってしまった尻もちをついていた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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