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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第22話

第22話 旅の者、集う

 小鬼のレイは、ご機嫌だった。

 レイオルに、アルーンさんに、ルミに、それからケイトさん……! みんな、一緒なんだ……!

 ずっと、森の中ひとりぼっちなのかと思っていた。それははるか昔の自分。
 これからは、皆共に旅をするのだという。

 旅の目的は――、怖過ぎるけど。

 世界を二度滅ぼしたという最強の怪物ウォイバイル。それを退治するための旅。
 
「ケイトさんは――、わかっているの? 知ったうえで、一緒に戦おうとしてくれてるの?」

 レイが尋ねる。昼食後、魔法使いであるケイトが旅に必要な自分の物を買い集め、それから町を離れたばかりだった。
 街道はまだ人の手できちんと整備されていて、町を目指す荷車や馬車、何組かの旅人ともすれ違った。

「私に『さん』はいらないわよ」

 ケイトはまず、レイの質問に答える先に、そう言って笑った。
 レイオルみたいなことを言うなあ、とレイは思った。「さん」の二文字がよほど面倒なのか、と。

「ケイトでいいわ。レイ」

 すると、ケイトの発言を受け、皆の一番後ろを見守るように歩いていた剣士アルーンが、はいっ、と挙手をした。

「みんな、俺のこともアルーンでいいぜ! アルーンって呼んでくれ!」

 レイオルだけは勝手に最初から「アルーン扱い」だったけど、と付け足す。
 
 みんな「さん」がめんどくさいんだあ。

 そうしみじみと思う。はいっ、今度はレイが挙手した。

「俺も、レイでいいよ! ルミ以外、普通にレイ呼びだったけど!」

 元精霊のルミだけが、「レイさん」と呼んでいた。もともと名前というものがなかったレイ、どのように呼ばれても本当のところ構わないのだが、「さん」が苦手な様子の皆が呼びやすいなら、と思っての提案だった。
 はいっ、続けて挙手のルミ。

「私も、ルミがいいです! 全員、ルミって呼んでくれてましたけど、一応……!」

 一番先頭を歩く魔法使いレイオルが、長い髪を盛大になびかせつつ、振り返った。

「私の名は、レイオル……! 魔法使いレイオル……! ただレイオルと、畏敬の念を込めるなり、畏怖の念を込めるなり、自由なマインドで我が名を呼ぶがいい……!」

 レイオルは、胸を張り顎を少し上げ皆を見下ろすようにして、仰々しい尊大さを醸しつつ、今更の自己紹介を述べた。みんな、よーく知っているというのに。

 マインドの自由さは、認めてくれるんだ。

 レイはこれからも、時に親しみの気持ちと時に珍獣を見守るような気持ちで、レイオルの名を呼ぼうと思った。
 レイオルの名乗りで一瞬、しらっとした空気が流れたあと、新しい旅の仲間であるケイトが、

「なんなの!? あんた!」

 と苛立ち叫び、続けてアルーンが、

「レイオル……。今更だが、うぜえ!」

 と一刀両断した。
 ルミはというと、レイオルの言動が面白いのか続くケイトとアルーンのツッコミがおかしかったのか、くすくすと笑っていた。

「レイ」

 ちょっと話が脱線してしまったが、ケイトが語り掛ける。

「私にも魔法の力があるから、ずっと不吉な予感があったの。それは年々、強くなっていった。レイオルの話が大げさや嘘じゃないってこと、わかってる。そして、自分の力が未熟であることも知ってる。でも――、このまま知らないふりをして普通の生活を続けるなんて、私にはできない」

 レイは、ケイトの輝く黒の瞳を、見上げ続けた。

「私になにができるかわからない。でも、たぶん、これは私の運命。私にもなにか役割があるはず、そう感じているの」

「役割――」

 ケイトは、少しだけ目を伏せるようにしてから、軽く頭を左右に振った。

「いいえ。役割なんて、なくてもいいの。私が行きたいと思ったから、行くの。たとえ私一人だったとしても、私は旅立っていたわ」

 ケイトは、まっすぐ前を見据えた。

「続く明日を守るために、戦う。全力で、生きたい。最期まで、魔法を操る者として」

 空高く、大きな鳥が旋回していた。鳥は、いったん青空のキャンバスに円を描くのを止め、すぐに進路を定めた。
 皆の上、高いところを飛ぶ。
 その方向は、まるで――、怪物ウォイバイルの眠るところ、隣国の地、雪白山せきはくざんを目指しているかのようだった。



 川面に浮かぶのは、星々と月の映し。
 テントが仲良く二個、並んだ。
 一つのテントには、レイオルとレイ、アルーン。もう一つはケイトとルミ。
 レイオルのテント内、レイが真ん中で川の字の様相で眠る。
 レイは夢の中にいたが、ふと、目が覚めた。

 なんだろう。

 なんとなく、落ち着かない感じがした。
 規則正しい寝息から、アルーンは深い眠りの中にいるようだった。対してレイオルはというと、起きているようだった。
 レイは寝返りを打ち、レイオルのほうへ体を向けた。
 真っ暗な闇、外からは川の水音と虫の声。朝までは、まだだいぶ時間があった。
 レイオル、と声を掛けようかどうか、レイが迷っていると、 

「レイ」

 レイオルのほうから声を掛けられた。

「気付いているか」

 問いかけられた。なんのことかわからないが、とりあえずレイはうなずき返した。
 なにか、異変。なにかが、近付いてくる。遠くから、大きななにかが。
 レイオルは立ち上がっていた。レイも、立ち上がった。

「……レイオル? レイ?」

 二人の様子に、アルーンも目を覚ましたようだった。

「ちょっと、外に出てみる」

「なにか、あったか?」

 アルーンは傍らに置いた大剣をすぐさま手にし、レイオルとレイに続く。
 外は――、美しい星の運河が広がっていた。

 ざ、ざ、ざ、ざ。

 強い風。雲一つない静かな空だが、なぜか強い風が近付いてくる。

「なんだ……? なにがあった……?」

 同じ方向を見つめるレイオルとレイに、アルーンが問う。

「なにかが、来る」

 レイオルが、暗い木々の向こうを見据えている。

 俺にもわかる……! これは、とても強いなにか……!

「レイオル、レイ、アルーン!」

 ケイトとルミも、テントから飛び出していた。彼女たちも、尋常ではない気配を感じ取っていたのだ。
 木々が、揺れる。強い風が、押し寄せる。
 レイオルが、叫んだ。 

「なにか、用か! 戦うつもりなら、受けて立つぞ!」

 ごおおおお……!

 渦を巻く、風。思わず、腕をかざし目を細め、強く踏ん張る。
 風は、通り過ぎることなく――、目の前で止まった。
 レイは息をのみ、恐る恐るだが目を見開く。

 あれ……!?
 
 風は止んでいた。代わりに、黒い影。

「もしかして、だが。軍勢は、それだけなのか?」

 響き渡るような低く大きな声がした。そこには、長身のアルーンやレイオルでさえ見上げるような背丈の人物。その人物が、声を発したのだ。
 いや。人物ではないようだった。
 風を率いて訪れたのは――、赤黒い肌、銀色の長い髪、大きな一対の角を頭に生やし、長い牙を口からのぞかせた、金色に輝く瞳の、鬼。
 
 鬼……!

 どう見ても、鬼だった。

「おにーっ!」

 小鬼とは違う「鬼」というものを初めて見た、小鬼のレイ。思わず、尻もちをついていた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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