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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第25話

第25話 絶対コロス宣言

 星が眠り、変わって金色の新しい光が空を明るく照らし始めるころ――。

「朝飯! 俺が朝飯をとってきてやろう!」

 人の姿に変身した鬼のダルデマが、むくっと起き上がると同時に勢いよく叫んだ。

「お前はニワトリか」

 二番目に目覚めた魔法使いレイオルが、冷静に言い放ち、

「朝一番に、うるせーっ!」

 剣士アルーンが上半身を起こして怒鳴り返し、

「朝ごはん! なに食べるのっ!? 間違って俺たちを食べないでねっ」

 小鬼のレイが寝ているうちに食材と間違えられたらたまらん、とばかりに飛び起きた。
 テント、一気に騒々しい。

「すまん、まだ寝てたのか」
 
 頭をかきながら、皆に詫びるダルデマ。

「起き上がってなければ、寝てるだろーよっ!」

 頭に寝ぐせをつけたアルーンが食ってかかる。相手が鬼だろうが、アルーンの「ツッコミ精神」は揺るがない。

「ダルデマ。我々旅をする人間は、多くはないが保存でき持ち運べる食料を所持している。足りないのは、新鮮な食材、あと途中参加の、鬼のダルデマの食べるぶんだけだ」

 レイからもらった銀の櫛で長い髪をとかしつつ、レイオルが割と丁寧に説明していた。

「俺は、たくさん食うぞ」

 そう言って、ダルデマが豪快に笑う。確かに少食には見えない。

「それなら、たくさんいるな。我々の余剰分を譲ったとしても、満足する結果にはならんだろう。よし、ダルデマ。私も朝食の調達に付き合うぞ」

 レイオルが立ち上がる。

「あっ。俺も行く。鬼が食うやつ、なにか知りてえ」

 アルーンが枕もとの大剣を腰に差した。さっきは怒鳴り返していたが、顔が輝いている。冒険のようで、わくわくしているようだった。

「俺も行く!」

 小鬼のレイが、元気よく挙手した。主人のような存在のレイオルに付き従うという意味合いより、アルーンのように「冒険わくわく組」だった。

 魔法使いのケイトと元精霊のルミのテントは変わらず眠りの中のようだったが、ダルデマ、レイオル、アルーン、レイの四名はまだ暗い森へと分け入っていった。



 風のようだった。

 ダルデマ、速っ。

 レイは目を丸くした。油断すると、たちまちダルデマやレイオルの姿が見えなくなる。
 先頭を駆けるダルデマは、人の姿のままだったが、軽々と木の根を飛び越え、大きな岩をも飛び越えていく。
 ダルデマの背には、ダルデマの腕力とレイオルの魔法の共同作業で、ごくわずかな時間に作成された、木のつたや丈夫な草で編まれた大きな籠。
 ダルデマの動きは信じられないほど敏捷で、木に駆け登って木の実を採ったかと思えば、次の瞬間には飛び降りて身をかがめ、山菜や茸などを摘む。そうかと思えば、流れる川にざぶんと飛び込み、あっという間に魚や沢蟹などを捕ってしまっていた。
 戦利品はすべて、即席仕上げの籠の中。

「ははは、ダルデマ! そんなに急いでたくさん採って、お前は食いしん坊なのかな?」

 朝もやの森の中、レイオルの笑い声が響く。
 レイオルも、さすがにダルデマには遅れを取りつつも、素早く動き回り食材となるものを集めまくった。

「ついていくだけで鍛錬になるな、こりゃ」

 息を切らしつつ、ダルデマとレイオルを追いかけるアルーン。そして、

「本当。アルーン、俺もあっという間にムキムキになっちゃうよ」

 同じく必死についていくレイ。ムキムキは、一朝一夕にはならず。レイ談では、なるらしいが。
 アルーンとレイは食材を集めるどころではなかった。ついていくのがやっとだった。
 どのくらい駆け回っただろうか。

『置いて行け』

 低く地の底から響くような声が、どこからともなく聞こえてくる。

『食べ物をすべて、置いて行け』

 姿は見えない。しかし、はっきりと耳に残る気味の悪い声――。

「化け物のおでましか」

 アルーンが呟き、大剣を抜く。辺りの空気が変わっていた。森は時を止め、生き物の気配は消え、空気が重く濁っている――。

「アルーン、気を付けて! なにか、怪物が近くにいるよっ」

 さっきの声は人間のものじゃない、レイにもはっきりわかっていた。怪物の、襲撃予告に違いない、と。
 しかし、正直不思議に思う部分があった。

 レイオルとダルデマ、もっと早く気付かなかったのかな……? 俺よりすごい力を持ってるから、怪物が近くに潜んでいること、すぐ気づきそうだけど――。

 視線の先のレイオルとダルデマは、立ち止まっていた。戦うような素振りも気配も、二人からはまだ感じられない。
 アルーンが大剣を構える。

「ここはお前の所有物じゃないだろう! 食料を置いていくいわれはないはずだ!」

 アルーンが叫んでいた。アルーンも相手がどこにいるか判断できないようで、四方八方に向かって叫ぶ。
 しん、と静まり返る。耳が痛いような感覚が走る。怪物の技なのだろうか、静けさが、耳を突き刺すような錯覚に捕らわれる。
 沈黙のあと、ふたたび声がした。
 
『置いて行け……。さもなくば……』

「さもなくば、なんだ!」

 声を張り上げたのは、レイオルだった。

『お前ら全員の命――』

 全員の命――、恐ろしい警告だった。 

 絶対コロス宣言……! 怖い怪物……!

 ひえっ、とレイが震え上がる。レイオルもダルデマもアルーンもいる、戦って負けることはないだろうけれど、相手の正体がまだわからないだけに怖い、とレイは怯えた。

「命を取る、とでも言いたいのか」

 レイオルが、少し身をかがめた。それから、ひょいっとなにかを摘まみ上げた。

 きゅいー。

 え。

 レイは、自分の目と耳を疑った。
 レイオルの手に摘み上げられた、なにか。レイオルによって持ち上げられたまま、小さな手足をばたばたと必死な様子で動かしている。

「動物……!?」

 アルーンの声が、驚きで裏返っていた。
 小動物だった。レイオルに捕まえられた「怪物」。

「『モリウソ』だ」

 レイオルが、小動物の名を告げた。

「ええーっ! モリウソーッ!? 人を化かすとかいう伝説の、アレか!? 初めて見たーっ!」

 アルーンが駆け寄り、まじまじと宙で手足をばたつかせている、モリウソを見つめた。
 カワウソによく似た動物で、体の割に胴が長く、外見上のカワウソとの大きな違いは、カワウソよりはるかに小さいこと、深緑の体毛に覆われていることだった。姿を現さず、人語で脅して人の食べ物を盗るという伝説が各地で伝えられている。人語を語り、そのうえ辺りの空気が一変したように思わせるという、体感を惑わせる特殊能力があるが、無害である。
 レイオルは、地面にモリウソを、そうっと置いた。

 きゅうー。

「腹が減ってたのか。素直にそういえば分けてやるというのに」

 ダルデマは愉快そうに笑い、籠からざあっと、捕った食料を残らず全部、土の上にぶちまけた。
 レイオルも、自分が捕ったものを土の上に並べる。

「モリウソは大食漢。家族も大家族。たくさん持っていくといい」

 モリウソは、レイオル、ダルデマの目を交互に見つめた。小さな体が、かすかに震えている。

「よかったね! モリウソ!」

 レイの明るい声が合図になったのか、モリウソは途端に本来の活発さを取り戻し、ダルデマとレイオルの食材を大胆にかき集めた。半分、よりどう見ても多い量を自分の取り分とした。

「いいぞ。持っていけ。私たちも、調子に乗って山の幸川の幸を捕りすぎてしまった」

 レイオルがそう言い終える前に、どこにそんな力があるのか、一気にモリウソは大穴を掘り、もらった食料をすべて穴にかき入れ、それから、あっという間に穴の中に隠れてしまった。
 なにもなかったかのような、朝の光。森は時間を取り戻す。

「ふーん。とんだ怪物だったな! ああ、恐ろしい!」

 すっかり活躍の機会を失った大剣を肩に乗せ、アルーンは白い歯を見せておどけていた。

「さあ、そろそろ戻るか」

 ケイトやルミが起きて心配してるかもしれない、ということで、来た道を戻ることにした。

 モリウソも、まさか相手が鬼や魔法使いとは思わなかったんだろうなあ。

 レイは、ダルデマの逞しい背を見上げながら、ふふっと笑ってしまった。

『置いていったから、命は助けてやる――』

 どこからともなく背後から、ふたたび声が聞こえてきた。けれど、もうすっかり恐ろしげな声とは思えなくなっていた。

「言わせておけ。モリウソにも、プライドがある」

 レイオルは、振り返りもせず、そっと呟く。
 あとから教えてもらったのだが――、レイオルの魔法による探りによると、あのモリウソは大家族の大黒柱、お父さんだったらしい。
 お父さんの威厳は、守らなければならない。
 きゅうー、というかわいい鳴き声であったとしても。



「わあ、ご馳走が作れますね!」

 テントのほうへ戻ると、笑顔のルミが出迎えてくれた。
 
「うまいな」

「おいしい!」
 
 笑顔を交し合う。
 湯気の立つ、鍋には採れたての食材。
 とっておきの土産話の、朝のできごと。不気味な声と、かわいらしい鳴き声の不思議な話。

「ちょっとの間に、あなたたち、そんなとんでもないことに遭遇してたのね!」

 大きな瞳をさらに大きくさせつつ、私も見て見たかったと、ちょっとうらやましそうな顔のケイト。
 意外なことに――、と言われると怒られそうだが、ケイトもルミも、とても料理上手だった。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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