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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第26話

第26話 ふたりの姫

 鮮やかな緑から、光が差し込む。深い森が、続いていた。
 元精霊のルミが、重なる緑の合間に見える、遠い空へと目をやる。

 もうすっかり忘れてしまっていたけど――、精霊だったころの自分と今の自分、ずいぶんと感覚が違うなあ。

 改めてルミは思った。
 精霊だったのは、もうはるか昔。ずっと恋焦がれた森。そしてここは、故郷の森とは違う、知らない森。
 もう自由に飛ぶことは、叶わない。ここが仮に、故郷の森だったとしても。
 枝と枝の間をすり抜けながら鳥たちのあとを追うことはできないし、魚たちと一緒に川をさかのぼることもできない。進みたいほうへ進むには、一歩ずつ足を交互に出すしかない。 
 前を見れば、皆の背中。
 先頭を歩く魔法使いレイオルと、人の姿に変身中の鬼のダルデマ、それから小鬼のレイと剣士アルーン、それから――。

「ルミ。大丈夫? 歩いていて疲れない?」

 振り返り、優しく微笑みかけてくれたのは、魔法使いのケイト。

「はい……! 大丈夫です……!」

 ケイトはルミにうなずいてから、ルミのほうへ手を伸ばしていた。
 ルミもケイトへ小さな手を伸ばす。
 二人は、手を繋いだ。
 ルミは、胸がいっぱいになる。

 レイとも繋いだ、手。手を繋ぐって、ほっとする――。

「こうすれば、ちょっと歩きやすいんじゃない?」

 ケイトはルミに並ぶ。

「はい……!」

 繋いだ手を振り上げつつ、草に半分隠れた小さな岩を、ぴょんと超えた。ケイトの支えで、苦も無く超えられた。
 
 精霊のころには、できなかったこと。考えもしなかったこと……!

 自然と笑みがこぼれた。足取りも、ぐんと軽くなった。

「大丈夫かあ、ルミ。ついて来れてるかあ?」

 ケイトのルミへの気遣いの声を耳にし、心配したアルーンが振り返って尋ねてきた。

「大丈夫ー」

 ケイトとルミは、アルーンに同じ返事をしていた。思わずルミはケイトを見上げ、顔を見合わせ、笑ってしまった。
 笑い声と同時に、昨晩のことをルミは思い出していた。

 同じテントで並んで眠った。今までのこと、ケイトに打ち明けた。ケイトは黙って聞いてくれて、大変だったね、って、抱きしめてくれた――。

 ルミは昨晩、自分の過去からレイたちと共に旅をすることになったいきさつまで、ケイトに話していた。
 今は、手のひらいっぱい感じる、ケイトの優しさ。

 飛べない重い体。動くのももどかしい「人」の体。でも、動くことのひとつひとつが、なんだか嬉しい。足の裏に感じる土の硬さも、手のぬくもりも。並んで歩いてくれること、それだけでも、とっても嬉しい――!

 ケイトが、ルミの歩調に合わせてくれていること、ルミにもわかっていた。

「おちびちゃん。ほんとに大丈夫かあ。人間、しかもちびっこの身には、大変なんじゃないかあ?」

 今度はダルデマが声を掛けつつ振り返り、ケイトとルミのほうへ大股に歩いてきた。
 ケイトとルミの前で立ち止まり、ニッと口を大きく吊り上げ笑うダルデマ。

「こうすれば、いいんじゃないか?」

「きゃっ」

 ダルデマは、大きな背をかがめると両手を伸ばし、軽々とルミを抱え自分の肩に乗せた。思わず、ルミの口から驚きの声が漏れる。

「これで見晴らしもよくなっただろう? そしておちびちゃんも先頭集団仲間入りだ」

 ケイトのほうを見ると、笑って肩をすくめ、それからルミのほうへ手を振っていた。ダルデマに突然持ち上げられ、びっくりしたルミだったが、歩くたびリズミカルに揺れるダルデマの肩の上、すぐに楽しい気分になっていた。
 レイオルも、アルーンも、レイも、肩車されているルミに笑みを送ってくれている。

「ダルデマ。足元には注意しろよ。それから、調子に乗って駆け出さないように」

 とは、レイオルの声。

「木の枝も、気を付けてあげてな」

 と、アルーンが付け足す。ルミの顔に枝がかかったら大変だ。

「すごいなあ、ルミ! 偉いお姫様みたいだなあ」

 と、レイが明るくはしゃぐ。

「お姫様は、肩車されないんじゃない?」
 
 くすっと笑う、ケイト。

「ありがとう……、ダルデマ……!」

 皆の注目を浴びちょっと恥ずかしくなりながらも、ルミはダルデマにお礼を述べた。

「なんの、なんの。姫様の御身は、とても軽く羽のよう……!」

 見上げる空が、近い。飛ぶのとは違う形で、ちょっぴり空に近付いた。
 自分の力で難しいことも、誰かの力を借りれば、叶えられると信じられた。
 いつだって、自分の思いとは違う方向へと運命は進んでいく。今までは、ただ従うしかなかった。しかし今は、自分で好きなほうへ歩いて行ける。従うしかない運命の流れも、思いがけず明るいほうへ運んでもらえる、そんなこともあるのだと知った。

 私はみんなと共にある……!

 守りたい、ルミは思う。
 みずみずしい緑、あたたかな日差し、頬を撫でる風。
 ルミは願う、このままずっと、皆が笑顔でいられるように、と。

 私は元精霊。私の力で、皆を守っていこう――。

 世界を滅ぼすという伝説の怪物ウォイバイル。微力かもしれない自分の力、それでもルミは、全力で自分の力を尽くしていこう、そう心に強く誓っていた。



「これ、もしかして……!?」

 突然視界に飛び込んできた情報に、レイはうろたえた。
 森の奥、開けた場所に、大きななにかがあった。
 まるで、建物のような大きさだった。
 柱のような軸、そして見上げれば、巨大な傘――。
 
「茸、きーのーこーだあーっ!」

 思わず大声で叫ぶ。どう見ても、茸だった。 
 こんなでっかい茸、見たことない、とレイは思う。

「ふむ。確かに珍しいな」

 レイオルも知らなかったようで、首を傾げながら茸に近付いていく。

「あっ、だめだよ、不用意に近付いちゃあ! 毒があるかもしれないよ!」

 レイはレイオルを止めようとした。

「でも食べられるとしたら、すごいいい食料になるじゃないか。ちょうど腹も減ってきた」

 とはダルデマの弁。腹が減ってなくても、ダルデマならかじりつきそうだ。

「魔法に使えるかも。薬になるかもしれないし」

 ケイトも興味津々で謎茸にまっすぐ進んでいく。
 
「俺の剣で、切り倒そうか」

 などとアルーンまで積極的だ。

「大丈夫でしょうか。茸って本当に種類が多いし、私も初めてです」

 ルミはレイ同様、不安げな顔をしていた。
 そのときだった。
 
 ウィーン。

 謎の音を立て、茸の軸部分中央が、扉のように開いた。

 えっ、そこ、開くんだ。てゆーか、なんで!?

 驚くレイたちの前、茸の扉の中から神々しい光があふれ出し――、美しい女性が現れた。

「私は、茸姫」

 しゃべった……! そして、茸姫……!?

 レイは度肝を抜かれた。茸から現れた、茸姫とは。
 茸姫は、皆の顔を見回した。そして、鈴のような美しい声で、ゆっくりと尋ねた。

「あなたがたがお好きなのは、茸ですか? それとも、竹の子ですか……?」

 茸バーサス竹の子……!?

 茸姫の唐突過ぎる質問に、ふたたび射抜かれる、度肝。

「私が好きなのは、茸だな」

 レイオルが即座に答えた。

 えっ!? レイオル、それは本音? それとも、気を遣ってる……?

 茸姫にそう訊かれたら、やはり大人としては茸と答えてしまうだろう、レイはそう思ってレイオルを見上げたが、レイオルは茸のほうが自分は好みだと言い、何品か料理名も挙げたため、単純に食の嗜好のようだった。

「そうですか。嬉しいです……。竹の子姫にお会いしても、そうお答えいただければと思います」

 竹の子姫も、いるんだ……!

 この森のどこか、竹の子姫も存在するらしい。
 そして茸姫のちょっと悪そうな、でもまあ美しいとも見える微笑みは、自分が竹の子姫に勝ったという喜びを隠しきれない。

「私の住まいの茸を選んでくださったお礼に、今後の天気についてお教えいたしましょう」

 今後の、天気……?

 はて、と思った。

「今後の降水確率は――」

 茸姫は淀みなく、今後傘が必要かどうかを、詳しく説明してくれていた。

 


 さらに森を進む。
 するとふたたび木々の向こうに、少し開けた空間が現れた。そしてその空間の中央には、大きな――。
 
「巨大竹の子……!」

 またしても建物のように大きな、竹の子がぽつんと生えていた。
 これは絶対竹の子姫だ、と一同うなずき合った。

「誰か、竹の子好きなやつ、いるか?」

 絶対尋ねられるだろうと思い、前もって竹の子好きを調査しておくことにした。竹の子姫に訊かれたとき、即座に「竹の子です」と答えられるようにという、ちょっと意味不明な配慮からだった。

「俺、行ってくる」

 自称「竹の子好き」アルーンが竹の子にまっすぐ向かって行く。
 予想通り――、竹の子のど真ん中に扉が現れた。そして、光と共に竹の子内部から歩み出る女性。
 女性が、口を開いた。朱色を乗せた、美しい唇。

「あなたがたがお好きなのは、麺類ですか、それともご飯類ですか?」

 不意打ち――!

 まさかの炭水化物対決。

 なぜだ……! 俺は、いったい――!

 衝撃。戸惑いながら、やはり竹の子同様、素直に自分の好きなほうを言うしかない、と覚悟を決めたアルーン。

「め、麺類です」

 吉か、凶か――。

「お答えを、ありがとう。お礼に――」

 竹の子姫はにっこりと微笑んだ。そして、お礼に、と皆に珍しい異国の風習である「流しそうめん」なるものを披露し、それから同じく異国料理「メンマ入りラーメン」というご馳走を作って、そうめんとラーメンなる料理を皆に振舞った。

「アルーン。答え、満点だったんだな」

 よくやった、とアルーンの健闘を称えるレイオル。ただ、好きなほうを言っただけなのだが。 
 あふれる美貌の竹の子姫は、ただの質問好きで、もてなし好き、競争心がない女性だった。

「明日、月に帰るんです。こうして大勢のかたと一緒にお食事をし、お話もできて、楽しかった」

 竹の子姫は、そう言って微笑んだ。
 皆、竹の子姫にご馳走の礼を述べ、竹の子姫の幸せを祈りつつ、森を出た。
 茸姫の予報では、しばらく雨は降らないとのことだった。

 晴れた晩に、お月さまに帰るのかあ。

 きっと、竹の子姫にとって、よい旅立ちになる。
 茸姫は――、どこかに帰省しない、地元組のようだ。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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