【創作長編小説】天風の剣 第110話
第九章 海の王
― 第110話 力と格 ――
空を走る閃光。
四天王パールと四天王アンバーの力と力がぶつかり合う。
ゴオオオオオッ……!
四天王パールの巨大な口から、衝撃波が放たれる。それは、轟音とともに雲を散らし、いくつもの山の上を超えていく。
四天王アンバーと、その従者の白銀と黒羽、それから四枚の翼を持つ高次の存在であるシリウスは、強烈な衝撃波をかわし続けた。
彼らは、なるべくパールの視線より下に移動しないように心がけていた。なぜかというと、一度パールの衝撃波が地上のほうへ向けられた際に、地面が砕け散り巨大な穴が開き、木々は火の海と化したからである。
他の高次の存在たちは、地上近くに集まっていた。なるべく、破壊の被害が広がらないように、魔の者にはわからない、見えない力で懸命に働きかけ続けていた。
パールは、首を傾げ微笑みながら、ゆったりとした口調で話す。
「君たちは、実にちょこまかとすばしこいね」
シュッ!
風を切り、あっという間にパールの手が、シリウスに迫る。
「あ……!」
シリウスは、息をのむ。パールと対峙し続け疲弊した体と精神により、逃げる判断が遅れたのだ。ついに、パールに捕えられる――、シリウスはそう観念していた。
風。
シリウスはそのとき、なぜか全身に風を感じていた。そして、相容れない力同士の接触で、電流が流れたように体が痺れる。
しかし――、意外なことに、パールの手はシリウスの視界からぐんぐん遠ざかっていた。
どうして――。
一瞬、シリウスは状況が飲み込めなかった。
「四枚の翼の高次の存在! はっきり言わせていただくと、あなたは邪魔です! 他の高次の存在たちと一緒に、あなたは下で見学していてください!」
耳元で響く、低音。シリウスは、パールではなくアンバーに抱えられていた。
「……ずいぶんはっきり言いますね」
シリウスは顔を上げアンバーを見つめ、アンバーの物言いに苦笑した。
「不快な痺れだ! もう手を離しますよ! あなたは地上へお行きなさい!」
アンバーも、痺れを感じていたようだった。顔をかすかにしかめつつ、アンバーはシリウスから身を離す。
シリウスは、驚きを覚えつつ、心からアンバーに感謝していた。まさか、自分が四天王に助けられるとは――。
「危ないところを、ありがとうございました。私の名は、シリウスと申します」
「礼や自己紹介などしている場合ですかっ」
アンバーは呆れながら叫び、それから、ふう、と大きく息を吐き出し、
「私の名は、アンバーです。好きな色は白」
自分も自己紹介した。さらに、誰も聞いてもいない、いらない情報も付け足した。
アンバーは、シリウスを指差す。
「いいですか。これ以上パールの力を大きくしないために、あなたがたは、やつに食われないよう気を付けてください。ご自分の身を守る、それがあなたがたの戦いでもあるんですよ」
シリウスは、目を丸くした。
「……まさか、魔の者、四天王に注意されるとは思いませんでした」
「魔の者だって説教くらいしますよ」
アンバーは、そこでちょっと首を傾げる。
「たぶん」
まともに会話をすることさえ、非常に珍しい高次の存在と四天王。しかも、破壊専門の魔の者が、世界の均衡と秩序を守る高次の存在に説教するとは前代未聞だった。
上空から、ぶつかり合うような鈍い音が、響いていた。
白銀と黒羽が、パールに向け攻撃を仕かけ続けているようだった。
シリウスは、アンバーに深く頭を下げた。
「四天王アンバー。どうか、お気を付けて……! 遠隔から、あなたと従者さんたちを守るよう、力を送り続けます……!」
「そんなことより、あなたは疲れが激しいようだ。ご自身の回復に努めなさい」
アンバーは、片手をあげシリウスに挨拶を返す。
アンバーに促され地上に向かっていたシリウスだったが、振り返り、叫ぶ。
「私の好きな色は、黒です……!」
アンバーは苦笑し、肩をすくめた。
「さて」
アンバーは、パールに視線を戻す。
「そろそろ、限界かな」
アンバーとシリウスのほうへパールの攻撃が向かわないよう、白銀と黒羽は絶え間なく攻撃を続けていた。
しかし、白銀と黒羽の動きは、あきらかに鈍ってきている。
「白銀! 黒羽!」
アンバーは、白銀と黒羽を大声で呼んだ。
すぐさま、白銀と黒羽はアンバーのもとへと飛行する。
白銀と黒羽、彼らをパールから離してから、アンバーは勢いよく衝撃波を放った。
衝撃波は、パールの頑強な尾の部分の鱗の一部を吹き飛ばす。パールの鮮血が、肉片が、飛ぶ。
「白銀。黒羽。ご苦労でした。白銀はここから右手前方、黒羽は左手前方に移動してください。そして、やつに動きを読まれぬよう、可能な限り離れた位置からの遠隔攻撃をお願いします」
アンバーは、早口で白銀と黒羽に命じる。それは、あたかも陣形を取る作戦の指示のようだった。
「全力ですみやかに、移動を!」
白銀と黒羽はうなずき、アンバーの命令通り飛び去っていった。
パールが、遠くへ飛んで行く様子の白銀と黒羽を目にし、破顔する。
「おや……? 高次の存在に続き、今度はあなたの忠実なしもべたちが、逃げていくようだね……?」
アンバーは、微笑みつつ、ふたたび肩をすくめた。
「ええ。命はやっぱり大切ですから」
作戦では、なかった。アンバーの言葉も、パールをあざむくためのものではなく、単にアンバーの本心そのままだった。アンバーは白銀と黒羽を逃がしたかったのだ。
パールは、ふふっ、と少年のように笑う。
「まあいいよ。まず、君を先に食べてあげよう」
今までのアンバーの攻撃は、すべて一発で仕留めようと狙った渾身の一撃だった。このまま攻撃を続ければ、いつかは勝利するだろうとも思えた。
それは、このまま同じ威力の攻撃を続けられたら、という前提付きの――。
アンバーの低い声が、ゆっくりと空に響く。
「私で、満足することを願います」
パールは、切れ長で涼やかな目を大きく見開いた。
「おや? 君は、もしかして、もうあきらめているの……?」
アンバーは、空の上に堂々と立ち、まっすぐパールを見据えた。
「いえ。あきらめてなどおりませんよ。私は、四天王です」
「じゃあ、なぜ?」
「……対象は、私だけに願いたい」
決して悟られまいと毅然と立つアンバーの顔にも、疲労がにじんでいた。
「……もし、仮に自分を食べたとしても、あの連中は見逃せと?」
アンバーは、返事をしなかった。そんなことは仮定でさえ許さない、四天王の誇りで口を固く閉ざす。
しかし――。先ほどのアンバーの本音が、そしてその赤い瞳が、懇願していた。
あの者たちには、手を出さないで欲しい――。
空が、震えた。
「あっはっはっはっはっ!」
パールの哄笑で、空気が震える。
「そうか。彼らは、君にとって、そんなに大切なものなんだね」
パールは、明るく言い放つと、目を細めた。
三日月のように曲線を描く、両目と唇。それは、心からの、とても純粋で、そしてとても邪悪な笑み――。
小首を傾げ、無邪気な声でパールは言葉を続ける。
「じゃあ、彼らから先に食べてあげよう」
アンバーは、戦慄した。
これは――。
空は、青かった。どこまでも広がる、暗い、青だった。
「だって、悲しみと苦しみは、より一層味わいに深みを加えるとってもいいスパイスになると思うんだ」
ここはまるで静かな深海のようだ、アンバーは、そう思った。
これは、魔の者じゃない。
「君も死の瞬間の寸前まで、たっぷりと生きた感情を味わえる。いい考えだと思わない……?」
ただの、化け物だ――。
どす黒い闇に、飲み込まれる――、そうアンバーが感じたそのときだった。
「あいかわらず、悪趣味な男だな」
唐突に、声がした。
パールの前で慄然としていたアンバーは、その声にハッとする。
「シルガーさん!」
振り返った視線の先には、銀の長い髪をなびかせ――、シルガーがいた。
「おや……! 君も、来てくれたのか! 嬉しいよ……!」
パールは顔を輝かせ、歓迎するように両手を広げた。
シルガーは、ため息をつく。
「悪趣味な、冗談だな」
それから、アンバーとパール、交互に見つめた。
「四天王。どちらも、元気そうだな」
そう述べて皮肉っぽく笑うシルガーに、アンバーが言葉を返す。
「あなたはいったい、どちらの座を、狙ってるのでしょうね?」
「どうせなら、強いほうを狙いたい」
「なるほど。私も立派な候補である、それはうぬぼれでしょうか?」
アンバーは、シルガーに話しかけながらパールの尾に向け、勢いよく飛び立った。
「格の面では、はるかにあなたが上だ。力と格、どちらも私の目指すところだ」
シルガーも、空を駆ける。
「実は、カナフも来た。でも、うじゃうじゃいる高次の存在の連中に気付かれないよう、離れた場所に隠れているよう説得した。ちょうど、あなたの従者たちの今いる地点に近い場所だ。きっと、カナフはあなたの従者たちに守りや援助の力を送っていると思う」
「それは非常にありがたいです……!」
アンバーは安堵し、喜びに声を弾ませた。
アンバーはパールの右手側、シルガーはパールの左手側を疾走する。
パールは、ため息をつく。
「やれやれ。どっちも僕の急所狙いか。戦いかたに、新鮮さとか面白味がないよねえ」
パールの美しい顔に、暗黒の闇のような笑みが広がる――。
「僕が、戦いを美しく彩ってあげよう――」
甘美な歌声のように、パールは囁いていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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