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天風の剣

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右目が金色、左目が黒色という不思議な瞳を持つ青年キアランは、自身の出生の秘密と進むべき道を知るために旅に出た。幼かった自分と一緒に預けられたという「天風の剣」のみを携えて――。 …
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【創作長編小説】天風の剣 第139話

【創作長編小説】天風の剣 第139話

第九章 海の王
― 第139話 あの日の、約束 ―

 流星の中を行くように、雪が後ろへと流れていく。
 キアランと花紺青は、猛スピードで雪の降りしきる空を飛んでいた。

「花紺青っ。もっと、速度を上げられないかっ?」

「キアラン、振り落とされない? 大丈夫?」

「ああ! 私は平気だ! もっと、速く……!」

 速く、と思った。雪が全身を打ち付ける。痛いほどの冷たさに痺れる皮膚を、熱い血潮が鼓

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【創作長編小説】天風の剣 第138話

【創作長編小説】天風の剣 第138話

第九章 海の王
― 第138話 愚かで、無様で ―

 鉛色の空から、絶え間なく生み出される純白の結晶たち。
 炎の剣を構えたシルガーと、人間の大きさの姿の四天王パールは、空中で向かい合う。
 シルガーの瞳は、遮る雪ではなく、目の前の四天王パールを見据えていた。

「やれやれ。どうしても君は、僕を殺したいんだね」

 ふう、とパールは肩をすくめ、ため息をつく。
 パールの滑らかに輝く白い肌についた

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【創作長編小説】天風の剣 第137話

【創作長編小説】天風の剣 第137話

第九章 海の王
― 第137話 お前を目の前にして ―

「アマリアおねーちゃん!」

 シトリンの長い髪が、うねりながら伸びていく。アマリアを抱えて空中を落下し続ける、オニキス、そしてアマリアへ向けて。
 地上は木々が生い茂り、その間を蛇行した川が流れているのが見える。オニキスはともかく、このまま地上に激突したら、アマリアの命はない。

 アマリアおねーちゃんを助けるには、オニキスごと、捕まえる

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【創作長編小説】天風の剣 第136話

【創作長編小説】天風の剣 第136話

第九章 海の王
― 第136話 攻撃の手ごたえ ―

 恐ろしいまでの風の音、そして風圧。
 息をするのも、やっとだった。
 アマリアは、凄まじい速度で飛行する四天王オニキスに抱えられていた。
 すぐ傍には、四天王パールが飛んでいる。パールからの攻撃は、今のところない。それは力の差の余裕からなのか、それとも――。

 破壊せず、そのままの状態で食べようとしているのかもしれない。

 ぞっとした。そ

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【創作長編小説】天風の剣 第135話

【創作長編小説】天風の剣 第135話

第九章 海の王
― 第135話 明日を願う、祈りの朝 ―

 いよいよ、今晩だ――。

 ルーイは、きゅっと唇を結んだ。
 四聖であるルーイ、フレヤ、ニイロ、ユリアナは、純白の羽織に袖を通す。絹で織られたその特別な羽織には、金色の糸で護符のような模様があしらわれていた。

「わあ。すごいや。着てるのがわからないほど薄くて軽いけど、すごく守られてる感じ――」

 強い力で守られている、そんな確かな感

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【創作長編小説】天風の剣 第134話

【創作長編小説】天風の剣 第134話

第九章 海の王
― 第134話 二体の四天王 ―

 四天王パール……!

 アマリアは、息をのむ。
 まさか、パールが自分の目の前に現れるとは思わなかったのだ。
 人間の姿をしたパールは、右足だけ足首から先がなかった。左足も傷だらけで、削られてから他の魔の者の皮膚や肉を付け足したと思われる、不自然な箇所があちこちにあった。
 激しい戦いのあとだということが、一目でわかる。
 アマリアは、無意識に

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【創作長編小説】天風の剣 第133話

【創作長編小説】天風の剣 第133話

第九章 海の王
― 第133話 思いの扉 ―

 アマリアは、自分の意識の中を歩き続ける。
 目覚めの鍵となる、オニキスの獅子を探して。
 道なき道の途中、いくつもの扉があった。建物ではなく、ただ扉だけが唐突にある。それは、見た目もばらばらで、不規則に点在していた。ある場所では空中に浮かぶ乳白色の階段の上で金色に輝いており、ある場所では暗く薄気味悪い沼の前に、亡霊のように建っている。
 不思議なこ

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【創作長編小説】天風の剣 第132話

【創作長編小説】天風の剣 第132話

第九章 海の王
― 第132話 満月前夜 ―

 エリアール国から遠く離れた、ある異国の地。
 雪も降らない冷たい深夜、小望月が空に浮かぶ。

 明日の晩、ついに空の窓が開く――!

 赤子を胸に抱いた、長い黒髪の女が、月を見上げて笑みを浮かべた。
 赤子は、異形の姿をしていた。
 赤子の頭部は、成長途中の胎児のようだったが、体は黄褐色の虫のさなぎのような形状をしていた。成長すれば、古い皮膚を突き

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【創作長編小説】天風の剣 第131話

【創作長編小説】天風の剣 第131話

第九章 海の王
― 第131話 ささやかな望み ―

「ダン。申し訳なかった――。アマリアさんを、探せなかった――」

 ノースストルム峡谷には、すでにオリヴィアやダンたちも無事戻っていた。キアランは、ダンに詫び、アマリアが無事であること、しかし所在はわからない旨を告げた。
 ダンは、首を振り、キアランの肩に手を置く。

「キアラン。私のほうこそ、謝らなければ――。妹のために辛い思い、大変な思いを

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【創作長編小説】天風の剣 第2話

【創作長編小説】天風の剣 第2話

第一章 運命の旅
― 第2話 旅の始まり ―

 冷たい風が吹きすさぶ。荒涼とした大地には、風の道を遮るものがなかった。
 流れる黒い雲のすき間から、時折月が顔を覗かせる。月は、果てしない荒野の中にある、男と少年――キアランとルーイ――を静かに照らしていた。
 キアランは、持っていたテントを設置していた。長年使いこまれ、すっかりくたびれてはいたが、持ち主の最低限の安全は守るという機能は果たしている

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【創作長編小説】天風の剣 第3話

【創作長編小説】天風の剣 第3話

第一章 運命の旅
― 第3話 魔法使いの少年、ルーイ ―

 キアランは、朝日に輝く雲を見ていた。それは、美しい金の色を宿していた。
 頬に当たる冷たい風が心地よい。あれほど一晩中吹き荒れていた風も、今は穏やかになっていた。

「おはよー、キアラン! 今日はいい天気になりそうだねっ」

 うん、と伸びをしながら、ルーイが隣に並ぶ。ルーイが目覚めないようにそっとテントから出たつもりだったが、起こして

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【創作長編小説】天風の剣 第4話

【創作長編小説】天風の剣 第4話

第一章 運命の旅
― 第4話 「四聖」を守護する者 ―

 闇の中にいた。
 キアランの意識は、内奥深くにあった。
 
 私は――。

 外界と繋がる表層的な部分の感覚、肉体的感覚がなかった。ひどく負傷したはずの背中の、痛みもなかった。まるで、魂だけが宙に漂っているかのようだった。
 もしかして、これが「死」というものなのか、キアランは恐怖も執着も後悔もなく――、感情を生み出すことなく、ただぼんや

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【創作長編小説】天風の剣 第5話

【創作長編小説】天風の剣 第5話

第一章 運命の旅
― 第5話 亜麻色の髪の、アマリア ―

 突然、不気味な地鳴りがし、大地が揺れ始めた。
 キアラン、アマリア、ルーイに緊張が走る。

「新たな魔の者が……!」

 アマリアがいち早く魔の気配を察知し、叫んだ。

「なに……!?」

 キアランは驚く。いくらここが危険な空気をはらんだ場所とはいえ、これほどたて続けに魔の者が出現するとは、通常考えられないことだった。

 まさか、本

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【創作長編小説】天風の剣 第6話

【創作長編小説】天風の剣 第6話

第一章 運命の旅
― 第6話 地底からの使者 ―

 轟音と共に、大地が激しく揺れた。
 
「あっ……!」

 振り返るルーイの小さな体は、たちまち黒い影に覆われる。土埃を立て、地中から巨大な怪物が姿を現したのだ。

「魔の者……!」

 それは、異様な姿だった。
 長い鎌首をもたげるように顔を出した怪物。外見といい質感といい、まるで巨大な芋虫だった。
 地上に現れた部分だけでもキアランの背丈をゆ

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