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扉の向こうのアチラ

 脳天に強いインパクトを感じた。振り返ると見知らぬヒトが顎を押さて口から血を流しながら悶えている。
 誰だこのオッサンは。

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 朝目覚めて身支度をし、車を飛ばして20分。
 バイトの朝番のシフトへの出勤に向けて缶コーヒーで目を覚ましながらハンドルを握る。
 自宅から少し開けた街へ出ようと思えばこうして数十分車を走らせる必要がある。
 バイトに向かう日は毎日こうして細い山道を抜ける必要があった。車の免許を取得して一年が経とうとしている。
 対向車が来た場合の減速や幅寄せも、ブレーキを踏むタイミングさえ覚えてしまえば正面衝突するようなことはない。急カーブも減速しながら、手際よくハンドルを引くように切れれば、片方の手捌きと足元の減速と加速との調和さえも心地よい。
 先日三宅裕司のドシロウトという番組で、ギャル系の女性が「トラックの運転手はおっぱいの揉み方が片手でハンドルを回すような感じ」なのだと言っていて、誰かにアタマを叩かれていたが本当だろうか。
 僕もトラックやタクシーのドライバーを就職先に見据えても良いかも知れない。

 いつも一通りの業務を覚えてしまえば飽きてライフサイクルから見直したくなる、そうしてバイト転々とすることを繰り返していた僕であったが、このレンタルビデオ屋でのバイトは珍しく飽きを感じずにいた。むしろライフサイクルへの定着具合いからか心地良さの方が上回り、自分自身の中で折り合いがついていたのだ。店舗の開店時間から夕方までのシフトに入っていればパートの主婦同然の時間の使い方が定着してくるのだが、それもさほど気にはならなかった。夕方になれば地元の大学に通う学生や、エリア担当の若い正社員が出社して来ては声を掛けてくれ、そういった部分も居心地の良さのように思えた。

 レンタルビデオ屋での業務基本は、こうして貸し出しや返却が大量に繰り返される中、レンタルから返って来たVHSやDVDといった商品を元の棚に戻すといった返却業務であった。
 当然バイトを始めた頃は、棚の陳列を記憶することも兼ねて長時間片手に10タイトル程の商品を積み重ねた状態でフロア中を動き回ることから始まる。
 映画に疎い僕も出入りが激しい新作棚からタイトルを覚えていき、やっと覚えた頃には新たな新作が加わり棚が少しずつズレるように様変わりしていく。新作が準新作扱いとなり、バイトを始めた当初新作であったタイトルがいつしか旧作扱いで100円レンタルの対象ともなると流石に時間の流れを実感する僕であった。

 アダルトコーナーを任せてくれてたらきっと覚えが早いはずだったし、既に色々知っているハズなのだという自負はあったはものの、高校生の僕にそのような役割を担わせてくれることは無かったのだが、わざわざタクシーで店へ足を運ぶ一歩の歩幅が10センチくらいなのではないかといったよちよち歩きの老人に、先輩ギャルが「馬とヒトがヤルようなビデオはあるかね?」と問われる様を目の当たりにした時は立ち眩みがした。「ハイハイ」とお目当てのタイトルをサッと差し出す姿からは後光が射すようであった。

 初めのうちは、かなりの頻度で夢の中でも返却業務を行っていた。
 棚の下段へ商品を返却して立ち上がる時に後ろに居合わせたお客の顎に思い切り頭突きをしてしまい、店中が大騒ぎになるという夢を何度も見た。だからか、返却業務に右往左往しながらも立ち上がりや振り返り際には周囲のヒトの立ち位置を無意識の内に注意深く察知することも習性のようなものとなっていた。
 ヒトというのは余りの衝撃を目の当たりにしたり、特定の何かが一日を占める度合いが大きかったりすると、夢と現実の境が分からなくなるのだと知った。

 週の初めの比較的暇な日はレジの中で2つ年上のコギャルルックスのその先輩と主婦とで新たに加わる新作の商品化の作業に追われるのだが、週末の終日お客の出入りの激しいごった返した日には返却業務に勤しみながら死角に身を潜めては手元でメッセージをチェックしたり返信をしながら仕事が出来るこの環境は気に入っていた。たまに連絡先を訪ねられたりもするから悪くない。
 平日の夜の街で初対面の女性と交わす連絡先とのやり取りを、バイトをしながら約束へこぎ着けるのも習慣化していた。
 返信の一つひとつへ一喜一憂しながら精神を揺さぶられることの無いように、常に5,6人の女性とのやり取りを交わす状態を維持する。カラダを交わることをキッカケに更に仲良くなるヒトとそのまま去っていくヒトがおり、去ったヒトと入れ替わるようにまた新たに知り合ったヒトがそこへと加わる、そんな浅く広い交友関係を築くこともこなれて来ていた。
 こんなことでまた以前のように一人の女性を愛することが出来るのかと、自分の人格へすら疑心暗鬼を抱いてもいた。

「今晩何してるー?」
 事務所での昼食を取りながら適当なメッセージをばら撒くと、いつものようにその内の何名かから返信が帰って来る。
 こうしてメッセージのラリーが続く相手と都合が合えば夜会う時間を作り、夕食後に落ち合ってドライブがてら車で出掛けては2、3時間程密室の車内で一時を過ごす。そして日付が変わるまでには床に付く、週末土曜の夜は翌日も朝から出勤のためそうして金も時間も使わない過ごし方が定着しつつあった。

(続く)

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