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コードギアス名言Vol.13「この世界には、善意から生まれる悪意がある。悪意から生まれる善意がある。」

今回の名言は、2度目となるナレーションからの名言をお送りします。コードギアスのオープニングナレーションは、何気に名言が多いのも特徴です。次回予告も、その回を終えたルルーシュがナレーションをするので、テレビシリーズは、最初から最後まで見所満載ですね。

ナレーションと名言

「この世界には、善意から生まれる悪意がある。悪意から生まれる善意がある。
 ルルーシュが起こした行動は、果たしてどのように受け取られるべきものなの
 か。裁きは、世界の必然なのか。
 ギアス。この人ならざる力を使うものは、否応なく心に孤独を作り出し、
 善意と悪意の狭間に落ち込んで行く。
 されど、もし、そこから立ち上がる者がいるとするならば、
 そう。その者は確かなる王の器を手にしているのだろう。」

名言の意味

コードギアスのナレーションは、C.C.のCVを担当する”ゆかなさん”が担当しているのですが、この叙情詩のような言い回しとゆかなさんの声がハマっていて、コードギアスの世界観を盛り上げてくれています。

この名言ですが、これはコードギアスに限らず、実はとても良くあることでもあり、この世界の成り立ちに関わるような名言だと思うのです。そして「善と悪」が、二元的な二項対立のものではなく、善も悪になり得て、悪も善になり得るということを表しているように思います。

コードギアスで言えば、ルルーシュの起こした行動は、敵であるブリタニアにとっては悪であり、日本人にとっては「正義の味方」になった善だと言えます。簡単に言えば、立場によって同じ行動でも善と悪に分かれます。そして、ルルーシュ行動は、善の為でも悪の為でもなく、ただ妹のナナリーが安心して過ごせる世界にしたかったのです。しかし、決してそれだけではなく、父への恨みや、自分を危機に晒した国への恨み、母を殺されたことへの仇討ちという面もありました。

物事は善と悪だけでは測れない

物事というのは単純なものではなく、言わば善の部分も悪の部分もあると言えます。そして、愛や欲もあるでしょう。だからこそ、善意による行動から生まれる悪意はあり、悪意による行動から生まれる善意もあるのです。つまり、完全善も完全悪も存在しないということです。

このような物事の見方を持つだけでも、表面的なことに惑わされないのではないでしょうか?
今自分が善だと思っていることも悪だと思っていることも、今の自分に見える部分、感じる部分がそうなのであって、それが本質でも全てでもありません。そして、色んな人の色んな思惑が合わさることで、それは更に複雑になっていきます。

善と悪の両面を認めてこそ本質が見える。

むしろこちらの方が問題かもしれません。誰かの善意の行動が、悪意のある人によって利用されてしまうことがあります。詐欺なんかはまさにその典型だと思いますが、社畜にされてしまう人や、頼まれたら断れない人、ノート言えない人は、注意をしなければ他人に振り回され、支配される生き方になってしまうかもしれません。

「良い事」だとか「悪い事」という物の見方は、そんな単純なものではなく、善意と悪意が複雑に絡み合ったものかもしれません。今自分に見える部分だけで判断するのではなく、時や人によってその見え方は変わります。善だけでも悪だけでもなく、その両面を認めてこそ、物事の全体を見ることができ、そして物事の本質を見ることができると思います。

コードギアスは、まさに今回の名言を表現しています。自分の行動から善意と悪意が生まれ、その行動の結果をルルーシュが一つ一つ受け止めて物語が進んで行くところが、この作品の見所であり面白い所だと思います。

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