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思いは一緒でも…

景子も知っちゃったか。
え?

その貼り紙。
うまくいけば、私だけになる予定だったのになぁ。

え?これ?
景子は歴史部の小さな貼り紙を指さした。

うん。あれ、まだよくわかって無い?
え?うん。

なんだ、じゃ言わなきゃ良かった。

これってさ、函館先生がクラブをやるってこと?

まぁそうなんじゃない。考えて見ると函館先生だけだもんねクラブ担当してないの。

非常勤講師だし。そーいうもんかなぁと思ってたけど。まぁ私たちもともとクラブなんか入ってないしね。もう三年だから今更ねぇ。

へー、景子入らないんだ。じゃ、私入ろうかな。

なによ、入らないとは言ってないわよ。

ねぇ、景子。素直になりなさいよ。

え、何が?

言っていいの?ハッキリ。

ダメ。ダメよ絶対。口に出したら殺すよ。

怖!


おい、お前らこんな角で何してるんだ?

げ、こいつずっと見てたのかよ、気持ち悪。
佳子は素早く罵った。


ん?なんか言ったか?ははははは。何か心配ごとでもあるのか?俺なら函館先生と違っていつでも相談に乗るぞ!


うざっ。
失礼しまーす。
二人は古賀と反対方向にスタスタと走り去った。

なんだ、恥ずかしがって。しかし、ますます可愛くなっているなあの二人。うちのラグビー部のマネージャーにでも誘ってみるか。ははははは。

ん?なんだこの歴史部ってのは。函館まで…か。まぁアイツの部だし、即廃部だな、とんだ恥さらしだ。ははははは。
古賀は職員室に向かってのしのしと歩いていった。

古賀が去ったあと、大人しそうな男子生徒が一人、貼り紙を食い入るように見ていた。



函館先生。
あの、生徒が一人お尋ねのようですよ。
職員室でコーヒーを飲んでいると教頭から声をかけられた。

え?はい。
次郎は廊下に出て行った。古賀がそれを目で追った。

お呼びとのことで、どうされましたか?
函館先生、私一年の三枝京太郎と申します。あの、先生の、歴史部に入れていただけませんか?

え?、あ、ああ。

貼り紙見たんです、歴史部の。もう定員一杯ですか?

あ、いや。まだ一杯ではありませんよ。というより、あなたが初めてなんです。
苦笑いの次郎。

え、そうなんだ…ですか。
じゃ、じゃあ入れますか?

え、ええ、大丈夫ですよ。では入部届…あ、いいやそんなの。一年生ですよね?

はい。

では、来週水曜日の5限に第一回を行います。場所は…あ、そういえばまだ場所がないなぁ。困ったな。じゃあ、決まったらお伝えに行きます。何組ですか?

C組です。

はい、わかりました。
僕、放課後は音楽室にいることも多いので、いない場合は御足労ですが音楽室においで下さい。

あ、そうですか、わかりました。

三枝は嬉しそうに去っていった。

一年生は週一回しか授業をしていないが、一人ぐらいは…いるもんだな。物好きが。

さて、今日は次の3限で終わりだ。そうしたら早稲田に行って腹ごしらえしてから教授のところに顔を出そう。しばらくぶりだな。

しかし、部活をやるとなるとこれから水曜は早く帰れないか、困ったな。
仕方ない、研究と部活を合わせてできるものを考えるか。どうせ、皆すぐ飽きて辞めるだろう。皆と言っても一人か。ククク。傑作だな。

次郎は3限を終え、帰る支度を整えていると、音楽の榊原先生に話しかけられた。

函館先生、京太郎をそそのかさないで下さいね。

へ?何のことですか?というか、あなたどなたでしたっけ?

え、ひどいな音楽の榊原です。
榊原は咳払いをした。
背後で楽しそうに行方を見守っている古賀。

いえ、私は三枝くんとは今初めて話したばかりですよ。どなたかとお間違えでは?

あ、そうでしたか、それは失礼。
彼、最近スランプのようで、ピアノ以外のことに興味を持ち始めているんです。
一時の気の迷いならいいのですが…日本クラシック会の新星と呼ばれる位将来有望な子なので。

は、はぁ。

(なんだ、まためんどくさいことになったな。まぁこちらはいつ辞めてもらっても構わないが。そうすればクラブも自然消滅だ。それもいい)私は別に強制も何もしませんので、いつ辞めて貰っても、むしろ入っていただかなくても構いませんので、ご心配無用です。

あ、いや、そこまでは言ってませんので。すいません、早とちりで。それでは失礼。

ふん、所詮こいつも、自分の夢を生徒に託してしまう哀しい種族か。
次郎は独りごちた。

面白くなりそうだったのに。つまらんな。
古賀はホゾを噛んだ。

次郎は榊原との話が終わると職員室を出た。一人入部することがわかったので、貼り紙を剥がすことにした。

何人もは不要だからな。
あれ、貼り紙がないな。古賀の奴が剥がしたかな。まぁいいか、このまま早稲田に直行だな。
次郎はそのまま校門に向かった。



おい、君たちそんなとこで何してるんだ?
古賀は、校門で誰かを待っていそうな目崎と山中に声をかけた。
二人は聞こえないフリをした。

ん?聞こえなかったかな。
目崎に山中、どうしたんだ?暇ならどうだ、ラグビー部のマネージャーでもやらんか。楽しいぞ。ん?

いえ、忙しいので結構です。
そ、そうか。入りたくなったらいつでも言ってくれ。ははははは。

古賀は仕方なくその場を辞した。
くそ、何だあいつら、人が誘ってやったのに。

入れ替わりで帰ろうとする次郎とすれ違った。
あぁ、函館先生、もうお帰りですか?

あ、はい。失礼します。次郎は目も合わせずスタスタと校門に向かう。

そっけない奴だ。ん?待てよ、まさか、あの二人函館を待っていたわけではなかろうな?そんなこと許さんぞ、函館の分際で。い、いや、生徒と教師の関係で。
古賀は下駄箱の影からその行方を追った。

函館はそのまま校門を出た。いつの間にか二人もいなくなっていた。

私の取り越し苦労か。ふん。
古賀は校庭に戻ろうと足を踏み出したところで黄色い声が校門の裏から聞こえてきた。

函館先生!
え?
校門のすぐ外で二人の生徒が次郎を待っていた。

な、何ですか?こんなところで。急ぎますので。

いやそんな逃げなくても。

い、いえ。逃げているわけでは…

古賀は目崎と山中の声が聞こえた気がして、見えるところまで移動した。

私達、歴史部入ります。
二人は次郎に入部届を渡した。
あれ、こんなの作った覚えないな。

いや、勝手に作ったんです私たち。
二人は楽しそうにそれを次郎に渡した。

は、はあ。ありがとうございます。
もう、入部受付を辞めようと思っていたのですが…あなたたちで最後にしましょう。

セーフ!やった。で、いつから始まるんですか?
来週水曜の5限からです。場所がまだありませんので、後でお伝えします。

じゃ先生、LINE交換しようよ。わざわざ私たちに伝えに来たら他の生徒とか、古賀に詮索されちゃうよ?私たちこれでも結構人気あるんだから。
ね、景子。

え?、ええ。

あ、いや…
まぁそれもそうだな。
(特に古賀が心配だ。)

では、そうしましょう。
次郎は、目崎・山中とそれぞれLINEを交換した。
そして、それはしっかりと古賀に見られていた。

く、くそ、何をしとるんだアイツらは、イチャイチャと。破廉恥極まりない!我慢ならん!

君たち、何をしているんですかな?まさか連絡先を交換しているわけではないでしょうな。破廉恥な。

く、まだいたのかあの筋肉馬鹿。どーするか、まずいことになったな。

古賀先生、ヤキモチ妬いてるんですかぁ?
佳子は飛びっきりの笑顔で古賀に笑いかけた。

い、いやぁ私は教師と生徒の関係にあってはならないことがあると思っているだけで…

あ、連絡先なんか交換してませんよ。さっき校門出たところで先生とぶつかって携帯落としちゃったんですよ。そしたら、たまたま皆んな機種が同じだったんで確認してただけなんですから。
ね、景子。

そうですよ古賀先生。むしろそんな見方しかできないなんて、古賀先生のほうこそ、いつもそんなこと考えてるんですか?
景子は冷たく言い放った。

い、いや、そういうわけでは。ま、まぁいい。ではまた明日な。
古賀は仕方なく校庭に戻っていった。

うわー、きもー、ほんとキモいよね。あの…

筋肉馬鹿!

次郎は口を突いていた。

あぁ!
先生もそんな事言うんですね。

あ、いや、こちらの話で。

函館先生、無理しないで下さい。

あ、はは。そうですね。
では来週の場所が決まったら二人にはラインするよ。じゃあね。

はい、待ってまーす。
次郎は駅に向かった。

ねぇ、景子聞いた?今タメ口だったよね?
あ、うん。
しかもさ、私の機転のお陰で先生のLINEまでゲットしちゃった。これでもういつでも連絡できちゃうよ私たち〜、やばーい。

ダメだよ、きっと迷惑だよ。
何言ってんの。チャンスだよこれは。古賀もたまには役に立つな。


どんどん進んでいく佳子。私はまだそこまで行けない。二人の気持ちは同じ。でも、私はもう少しこのままで…ダメよ、焦っちゃ。


佳子と別れてから、景子は次郎のLINEのプロフィールを見た。画像は、ルーヴル美術館を背景に普段着の次郎がセーヌ川の河畔に映っていた。
景子はそこに、何か遠いものを感じた。



函館先生、クラブはどうなりました?
翌日朝から次郎は教頭室に入った。


はい、来週から予定通り始めます。生徒は3名。それで、小さくて良いので教室か部室をお貸しくださいませんか?

なるほど、それは良かった。ありがとうございます。では、音楽室の隣に空いている部屋がありますので、そこに致しましょう。昔は音楽準備室2と呼ばれていました。

わかりました。
次郎は目崎と山中にそれをLINEしたあと、部室の見学がてら、三枝を探しに音楽室に向かった。

そばまで来ると、懐かしい旋律が静かに聴こえ、次郎は立ち止まった。
フランスの作曲家モーリス・ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調第二楽章、次郎の思い出が詰まった美しい曲だった。

































































































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