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新しい日本式ジョブ型雇用のあり方

 昨今、いよいよもって日本式メンバーシップ型雇用(年功序列型、終身雇用制度、職能資格制度を基礎とするスタイル)の限界が声高に言われている。既に日本を代表する企業が終身雇用制度に対する意味を見いだせなくなってきている。これだけグローバルな規模で競争が拡大すると、従業員の雇用を守り続けるだけの余裕が企業には存在しないのだろう。

 恐らく今後、日本国内では新しい雇用のあり方が模索されるだろう。その一つが外資系企業が主に採用している「ジョブ型雇用」だ。新卒を採用して長期間かけて育成し、その人の適性や会社の状況などに応じて配置するのではなく、最初からジョブ(職務)要件を明確に定め、それに合ったスキルや経験を持っている人を採用し、配置するというスタイルで、欧米では基本的な雇用形態だ。

 メンバーシップ型、ジョブ型、それぞれの雇用スタイルに一長一短があり、どちらが優れているとは一概に言い切れない。ただし、メンバーシップ型雇用が長期的な安定成長を基本とした経済圏に適している為、現在のグローバル企業及び日本企業には当てはまりにくいと思われる。(むしろ、現在の東南アジア諸国等では機能しやすいだろう)

※メンバーシップ型雇用、ジョブ型雇用の比較についてこちらを参照した。

 そして昨今では、欧米を中心にジョブ型雇用の限界性が顕著になりつつある。組織の変化が早く、かつその振れ幅が大きい場合、事前にジョブを厳密に定義している時間的な余裕がないのだ。目の前に発生した課題(タスク)を、それを扱う事が出来る人が一斉にプロジェクトで集まって解決し、終わったら解散する、という方法が最も適している。これをタスク型雇用と呼ぶらしい。

■タスク型雇用とは


 タスク型雇用は、組織運営に必要な機能(職務)に対して人を雇用するのではなく、その時発生している課題(タスク)を遂行する為、もしくはその時発生している経営上の問題を解決する為に、それを果たす事が出来る能力を持つ人材を、必要な期間だけ雇用(契約と言った方が適切か)する。いわゆるティール的な動きに近しい。その時々に発生しているタスクに応じて極めて柔軟に人員体制を変更できるため、スピードに優れ、コストも最適化が図れる。雇用では確保する事が難しい人材(例:非常にハイレベルのIT技術者)もプロジェクトベースでの依頼であれば契約して力を借りる事も可能だ。

 既に一部のIT系スタートアップベンチャーでは浸透しているスタイルだろう。ある特定の受注案件に対し、必要な能力がある人を社内外からかき集め、開発を行い、完了すればプロジェクトは解散、契約終了となる。総じて保守と開発はある程度の連続性はあるものの、一定の引継ぎ期間があれば後は開発者がいなくても保守専門の人に渡せるので、開発専門の人は不要となり契約終了となる。

 柔軟性が高い一方、その裏返しとして雇用が極めて不安定になる。この記事にもある通り、企業のディレクタークラス以外はほぼ全員日雇者となる。企業の論理だけを優先してタスク型雇用を全面的に推進した場合、貧富の差はますます広がる事になり、社会不安に発展しかねない。欧米型のジョブ型雇用とも、従来のメンバーシップ型雇用とも違う、新しいスタイルを独自に生み出していく必要性がある。


■新しい日本式雇用の提案

 新しい日本式雇用をどのように考えるべきか。

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の良いところを相互に取り入れた複合型が望ましいと思われる。

①新卒採用者の取り扱い
 日本型雇用の最大の利点であり強みは新卒採用者を長期で育成し、組織の中核となる幹部候補生を生み出す事が出来る点である。新卒採用の文化は、若年者の失業者を大量に出さない為の大切な社会的役割でもある。是非これは活かしていきたい。それを踏まえた上で下記のように考えてみる。

・学卒者は専門性が決まっていない傾向がある為、最長35歳まで職能資格制度型で扱う。ジョブローテーションをしながらその人の適性に合った仕事を見つけ、確定させる。
・新卒採用者は35歳までに自らの専門領域を決定する。(転職の際、「●●の専門家です」と堂々と名乗れるくらいにまでは成長させるという意味)
・専門領域が定まったら、そこから職務等級制度に移行する。そこからは原則ジョブ型雇用と同様の運用となる。
・理系人材を中心とする修士卒以上の人は、専門領域が既に確定しているとみなせるので、入社と同時に職務等級制度を適用する。

②雇用の安定性とジョブ型雇用の両立
 ジョブ型雇用は、契約当初に設定した職務が消失するか、あらかじめ定めた能力要件を下回れば、容易に解雇される。これは欧米の労働市場に流動性が担保されているから出来る事である。雇用を不安定化させることは社会情勢の安定確保や、労働者の保護という観点からもあまり望ましくない。また、メンバーシップ型雇用の最大の欠点の一つは、職能資格の等級が高くなった中高年社員の年収を大きく下げられない「報酬の下方硬直性」である。メンバーシップ型とジョブ型のそれぞれの弱点を補完するような設計が望ましい。
・それぞれの職種に『基幹業務』を設定する。基幹業務を遂行する上で必要な能力要件等を明確に定義し、それを満たせる人を雇用し続ける。この時、基幹業務の能力要件をかなり低めに設定しておく。営業、経理、人事、物流、製造、生産等、それぞれの各職場において「必要最低限の能力」を満たせていれば、一般職として一定程度の報酬とポジションを補償する。『基幹業務』の解雇要件は労働基準法等である程度厳しく規制する。
・例えば、役職定年者を引き続き雇用する場合、職務給として支払われる役職手当を無くして基幹業務職に戻せば、雇用を維持しながらも報酬をきっちり下げる事が出来る。(中高年者を解雇すると社会不安が増大する為、企業には雇用を継続する義務を負わせる代わりに、職務給を外して年収を下げる自由度を補償する)
・職務が経営の都合上消失した場合、原則として解雇となる。ただし、本人と会社が協議し、新たな契約を締結する可能性が見出させれば、ジョブディスクリプションを見直して報酬も再設定して契約を締結する。会社には協議を持ちかける義務を持たせる。無論、ジョブディスクリプションが大幅に変われば職種転換になるので、ベテラン社員であっても「基幹業務職」にランクが落ちる事は十分にある。

③スピードを要求されるタスクへの対応=プロジェクト
 ジョブ型を基本としつつ、タスク(プロジェクト)が発生した場合、各々が手を上げて参画出来る。それぞれのジョブに属する従業員はジョブディスクリプションで明確に定められ、個別に契約した内容はそのままにして、新しいタスクにチャレンジしたい場合はプロジェクトにエントリーする。会社はプロジェクトを社内外に公表し、参加を募る。応募者をプロジェクトリーダーもしくはプロジェクトマネジャーが面談し、職務要件を満たした場合に参加が認められる。プロジェクト参加中は、役割毎に定められた『プロジェクト手当』を受け取る。プロジェクト終了、解散と共にプロジェクト手当は終了となる。事後処理や運用が継続し、通常業務に付加される場合は、毎年1回行う人事考課と契約確認の際、ジョブディスクリプションを更新してプロジェクト手当を含めた金額で契約を結びなおす。(それまではプロジェクト手当を継続して支払う)

・PJリーダー:プロジェクトの最終的な責任者(取締役が就任)
・PJマネジャー:プロジェクトを運用する実質的なリーダー(シニアマネジャー級)
・PJサブマネージャー:プロジェクト推進の中核&メンバーマネジメント(ミドルマネジャー級)
・PJメンバー:プロジェクト推進の実務担当者(一般)

④外部リソースの積極的な活用
 必要に応じ、プロジェクトメンバーの一部を外部リソース(例:コンサルタントや業務委託者等)で賄う。なお、プロジェクトリーダーは自らの判断でメンバーをプロジェクトから外す事が出来る。(例:能力不足、手当を貰っているだけで非協力的な態度、プロジェクトの状況変化により不要になった場合等)

⑤プロジェクト終了時の報酬
 プロジェクト終了時、そのプロジェクトの評価を行い、大成功、成功、充足(最低限クリア)、失敗、大失敗の5段階でレビューする。プロジェクト参加者はプロジェクトそのものの評価(ここでは個人の活躍は含めない)に従い、その役割の大きさに応じた報酬を完了時に受け取る。専任者と兼務者では報酬に差をつけ、専任者の方が金額が大きい。
本来であれば、プロジェクト終了時の報酬は個別に設計する事が望ましいが、それは難しい。予め大まかに定めておくと運用しやすいだろう。

・業務改善レベルPJ
・事業部門レベルPJ
・全社レベルPJ


※3段階で分けておけば概ね対応出来ると思われるが、会社の規模等によって変えて良い。
※プロジェクト終了時報酬は、失敗と大失敗の場合は支給しない。

⑥プロジェクトに専念する場合の扱い
 プロジェクトへ専念する場合、プロジェクトの経営における優先度、影響度、成果による貢献等を加味した上で、ジョブディスクリプションを新たに設定し、契約し直す。(これはプロジェクト専任が決まった段階で行う)プロジェクトの終了要件や期限を予め決めておく。プロジェクト専任者がプロジェクト終了後に従来のジョブに戻る場合、ジョブディスクリプションの再締結を行う。戻る先がない場合は原則として契約完了となる。場合によって新たなジョブを会社から受託して契約する。これだけ見るとプロジェクト専任者はリスクが高いので、その代わりプロジェクトが成功した時の報酬を高く設定しておく。(転職でキャリアアップしたい人にとっては自分のキャリアに箔が付くだろう)プロジェクト専任者は全員外部リソースでまかなうのも有効だ。

⑦プロジェクトとの関わり方
 プロジェクトへの参加は基本的に従業員と会社の合意で行われる。従業員にはプロジェクトに関しては拒否権が認められる。ただし、プロジェクト参加を断ればジョブ型の報酬以上には年収が上がらない為、従業員は必然的に積極的にプロジェクトを引き受けてやがてはそれを実務へと吸収する事で『ジョブディスクリプションを太らせていく』必要がある。

⑧人事異動、組織再編成による配置換え等への対応
 原則として、対象者全員のジョブディスクリプションを見直し、契約書を再締結する。一部のみ役割変更する場合は、その年度に限っては覚書で対応する(契約更新時にジョブディスクリプション本体に組み込むか編集する)。この場合、従業員は予め定められたジョブディスクリプションの変更について拒否権が認められる。

⑨『太くなったジョブディスクリプション』の扱い方
 社歴が長く、かつ活躍していた従業員が辞める場合、必然的にその人は『太いジョブディスクリプション』になっているケースが多い。その場合、欠員補充が難しい場合がある為、予め設定されていた「基幹業務」のみを求人要件にする事で採用の窓口を広げる事が出来る。太くなった要件をそのまま継承できる人がいれば、それは望ましい。しかし、その人(退職する従業員)の個性、特性、特殊技能に深く依存した要件になっている可能性が高い為、基幹業務以外の内容は原則として解体する事も検討しておいた方が良い。

 恐らく今後、ジョブ型雇用が日本企業に導入されていくだろう。しかし、欧米型のジョブ型雇用が既に曲がり角に来ていて改革を余儀なくされている事を知れば、ジョブ型雇用が万能ではないとわかる。やはり、日本人の気質や社会的背景にあった新しい設計としての日本式ジョブ型雇用が必要になる。これからも答えを探し続けたい。

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