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就労で大切な居場所を作る ~日経産業新聞 HRマネジメントを考える 第24回 (2022.03)

日経産業新聞連載「HRマネジメントを考える」の再録、遅れた分の取り戻し3日目、第24回目です。2023年度新入社員を迎える前夜の記事です。働くということについて、ちょっと考えてみました。

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日経産業新聞 HRマネジメントを考える (2022.03)
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就労で大切な居場所を作る
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今年も多くの新入社員を迎える季節が来ました。「働く」とはいったい何でしょうか。労働経済的には、 労働と賃金を交換することです。私たちが「働く」対価として賃金を得 ているのは紛れもない事実です。
しかし、十把ひとからげに労働をとらえることはできません。それは 労働の担い手である私たちに「感情」があるからです。そして私たちは賃金以外にも、「働く」ことから多くのことを得ているからです。
私は新卒入社した食品メーカー で、29歳の時に営業から人事に異動しました。当時は定年退職を迎える社員が本社を訪れ、人事部にも挨拶に立ち寄る習慣がありました。私たちは一斉に立ち上がってお出迎えをし、挨拶の言葉に耳を傾けます。  
いろいろなストーリーをうかがえるのは楽しみだったのですが、ほとんどの人が「大過なく勤め上げ」と口にするのには違和感がありました。先輩は「食品メーカーにおいて大過なく務めるのは大切なことだ」と教えてくれましたが、私は「波瀾(はらん)万丈に勤め上げ」といえる企業人生活を送りたいと思ったも のです。
今では定年退職が近い年齢になり、大先輩が「大過なく」と語った気持ちが少しわかります。実は絶対にそんなことはないのです。誰の仕事人生にも様々なドラマがあり、思いを込めた仕事、会社や上司に頭にきた日、仲間と笑いあった瞬間、一 人で涙をかみしめた時があります。 そんな時間を総称して大先輩たちは 「大過なく」と称したのでしょう。
ある意味、働くことは生きることそのものです。どんなにささやかでも働いている限り、人は世の中とつながる。誰かの役にも立っているはずです。この感覚が生きていくため にどれだけ必要なことか。  
先日、地方都市で驚くべきカレー 店に出会いました。高齢女性2人で営み、一人は腰が曲がり、もう一人は耳が遠いようです。トッピングのハンバーグの注文を受けると玉ねぎを刻み、ひき肉をこね、焼き上げます。流れるような仕事です。そして混雑する店内や厨房を軽やかに動きます。仕事に文句をいうのが情けなくなるような美しい姿でした。日々働き続けているからこそ、元気できびきびとされているのでしょう。  
かつて障害者の特例子会社の社長を10年ほど務めました。様々な事情で何年も就労できなかった人材を中心に採用していました。彼ら彼女らが安定的に働けるように何をすればいいかを真剣に考え続けた日々です。私の出した結論は、職場を「居場所」にして、明確な「持ち場」を与えることでした。
これによって、自己肯定感と自己効力感が育ちます。働くことは自分 の居場所を創り、社会とのつながり をつくる行為です。人間にとって、 これは大変に大切な要素です。  
新入社員の皆さん、「働く」という素晴らしい世界にようこそ。そして先輩たちに1つだけお願いがあります。世の中では働くことに対するネガティブ・キャンペーンも盛んです。私たちもついつい辛さを愚痴りがちです。 もちろん働くからにはいいことばかりではありません。でも、新人にそれをぶつけて自らの留飲を下げるような行為だけはやめましょう。彼 らの彼女ら自身の心で、「働く」とは何かをピュアに感じることがとても大切なのですから。

※写真は文中にあるカレー屋「Tonkin」。

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