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EP026. お母さんの子供で良かったな

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「何か気に入らないの?」

また娘が膨れてる。

「何かあるなら、言ってくれないとお母さんは分からないよ。」

中学へ上がった頃からムスッとして口をきかないことが増えた。
何かがキッカケで「ムスッとスイッチ」が入るようだ。
どうも何かが気に入らないようだけど、聞いても答えてくれないから何が気に入らないかが分からない。
小さいころはあんなに愛想の良い子だったのに、今の娘は可愛げない。

それにしても何が原因なのだろう。

7年前に離婚してから女手一つで育ててきた。
娘が後ろ指をさされないように、恥ずかしい思いをしないように、ずっと気を付けてきた。ただの娘ってだけでなく、一人の人として真摯に向き合ってきた。
そんな私の育て方が良くなかったのだろうか。

機嫌が良いときには自分から学校での出来事や勉強のことを話してくるので反抗期だからというのではなさそう。暴れたり暴言を吐くわけではないので、大きな問題ではないかもしれないけれど、一つ困るのは、娘に「ムスッとスイッチ」が入るとこっちまで引き摺られてスッキリしなくなることだ。

「そろそろ晩ご飯できるよー!」

夕飯ができたので娘を呼ぶ。
返事はないけれど、呼び掛けにはちゃんと応じてくれる。

食卓について夕飯を食べ始める。
無言だ。
こんなお通夜のような食事はもう何度目だろう。

「今日も無言かー…。」
そんなことを考えている私に娘が話しかけてきた。

「私…、お母さんの子供で良かったな。」

黙りこくっていたのに、どうやら今日は機嫌が良いようだ。
しかし、口を開いたかと思うとこんなことを言い出す。
本来なら大喜びするところだが意表を突かれて驚くことしかできない。

「何よ、急に。びっくりするじゃないの。」

「今日学校でね、友達と休憩時間に一緒にいたら、ずーっとため息ばっかだったんだ。それでどうしてため息ばっかなのか聞いてみたの。」

「友達は何て答えたの?」

「お父さんがね、『ちゃんと勉強しろ』としか言わないって。その子は英語がとっても好きでね、ずっと英語の動画とかを観て英語の勉強をしていたいのに『数学や国語を勉強しろ』って言われるんだって。『英語は成績がいいからそれ以上勉強しなくていい』なんて言われるらしいんだよ。大学に行けなくなるからって。これってひどくない?」

「それを聞いてあなたはどう思ったの?」

「『可愛そう』だよ。」

「なぜ?」

「やりたいことをやれないから。」

「そっか。」

「私はやれてるから。お母さんは勉強しろなんて言わないし、好きなマンガをいつまででも描いてられる。」

「あなたはマンガを描くことが好きなんだから、好きなことやらないでどうするのよ。そんなの当たり前だとお母さんは思うけどね。」

「みんなの家ではそれが当たり前じゃないみたい。」

「友達にとってもあなたにとっても、『今』という時間は文字通り今しかないのにね。」

「ずっとお母さんは私の『今』を大切にしてくれてる。」

私には無関心かと思っていたけど、意外にしっかり見てくれている。

「だから私思うんだ。私はお母さんの子供で良かったなって。」

それっきり娘はまた口を開かなくなった。さっきまで機嫌良く話してくれていたのに。私もこの子と同じ歳の頃はこんな感じだったんだろうか。
原因を探そうとすればするほど分からなくなってしまうので、もう深追いはしないでおこう。なにはともあれ「私の娘で良かった」なんて、とてつもなく嬉しいことを言ってくれるんだから。

「お母さんもあなたが私の娘で良かったよ。」

心の中で呟くだけに留めておいた。
今の娘は気まぐれな「ムスッとスイッチ」が入っている。

可愛げはないけど、可愛い娘に変わりはない。
これまで同様、これからもこの子と真摯に向き合っていく。
いつか昔のように愛想の良い子になると信じて、この先の娘の成長を楽しもう。

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