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想い まるめる【短編小説】1500文字

「じゃあ、お父さんを送ってくるから。ついでにおばあちゃんのとこに寄ってくるね。」
「うん。気を付けてー。」
日曜日の昼過ぎ。何かおもしろいテレビ番組を探すかのようにチャンネルを変えながら、ぼーっとしているふりをしていた。
ひとりになってテレビを消して、待ってましたとソファから立ち上がる。
だって、今日お菓子を作るなんてあからさまじゃん!友チョコだとしても。
ううん、やっぱり気恥ずかしいのは赤星あかほしくんにあげるかもしれないチョコを作るから。去年はもっと堂々と作っていた気がする。
キッチンが面しているリビングにはお母さんもせいもいて、受験について行くやら大丈夫やら、騒がしかった記憶がある。

冷蔵庫のブーンという音がキッチンに響いた。
生クリームとバターを取り出す。
お鍋に水を入れて、コンロにかけて沸騰させる。
チョコレートは150gだから板チョコ3枚分。ぽきぽきとひとかけらをさらに半分に割って、銀色のボウルに入れていく。
お湯が沸いたらコンロからお鍋を下ろし、銀色のボウルをかぽっと上に乗せて、ゴムヘラで撫でまわすように湯煎する。
チョコレートから『あついよー。』と聞こえてきそうだけど、さらに温めた生クリームを入れて形無きものにしてしまう。ガナッシュクリームだ。
ここにバターを入れて混ぜる。バターが溶け込んだら、ボウルの底に保冷剤をあてながらさらに混ぜ続ける。

どうやって渡そうか。教室でいつも話しているタイミングであげる?
いやいや、明日はみんな見てるって。
部活に行く前?呼び止める?
部活が終わった後?待ってる?
いやいや、特別感が増しちゃうじゃん。
いっそ差し入れにする?

あげるだけ、あげるだけ。はい、どうぞって。
別に14日だからって無理に想いを伝える必要はないでしょ。
好きが溢れてこぼれそうな人にはいい機会かもしれないけど、まだ溜めてるような人は無理に蛇口を開かなくてもいいと思うんだけど。
あげたいっていう気持ちだけじゃダメ?

混ぜ続けているチョコレートが重たくなって、ゴムヘラですくってツノが立つようになったらスプーンを2つ使って、まるめていく。
すくってかちゃかちゃ。すくってかちゃかちゃ。
まるめたチョコはさらに手で滑らかに整えて、ココアパウダーを広げたバットに転がしていく。
トリュフの出来上がりだ。

ピコン。
スマホにメッセージが届いた。真理まりからだ。
『今おけ?』
『うん。家だよ。』
『ビデオ通話、いーい?』
『おけ!』
何かあったのかな?
晴香はるか~!ちょっとわかんなくなっちゃって。見てみて!」
真理が画面に銀色のボウルに入ったベトベトの物体を映している。
「え?何作ってるの?」
「スコーン!とおるの誕生日に作ろうとしてたヤツ。あの時、透が熱出したからアイスに変更したんだよね。」
「あー、言ってたね。これ、牛乳入れすぎだよ。ココアパウダーあるなら足してみる?」
「あるある!どれぐらい足す?」
「プレーンじゃなくなるけど・・・20gぐらいかな。小麦粉は200gで作った?」
「うん、200g!ちょっとやってみるー。」
「それでもベタつくならラップに包んで長めに冷蔵庫でー。」
真理はいいなぁ。彼氏なら彼女が一生懸命作ってくれたお菓子とかって嬉しいんじゃない?
赤星くん、喜んでくれるかなぁ。
あれ?今更だけど、バレンタインにトリュフとかめっちゃチョコレートじゃん。
チョコのパウンドケーキとかマフィンにしとけばよかった?

バットの上に転がるトリュフをつまんで口に放り込んだ。
舌にココアの苦みを感じるけれど、思い切って奥歯でトリュフを押しつぶしていく。甘味が口いっぱいに広がって、苦みがなかったかのように溶けていく。
やっぱり、赤星くんに食べて欲しい。
その想いをつまんで、グラシンカップに入れていった。


こちらの続きです。
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