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【忘れられない、人生で一瞬交差しただけの人】

『ニューヨークに……』
私はやっと探し当てたインフォメーションカウンターで、チケットを差し出した。

『ニューヨーク行きは嵐で欠航だよ。』
2人のスタッフの内の1人、背の低い方が答えた。

そうか、やっぱりそうだよな。

『私はここに行きたくて……』
私はもう1枚のチケットをおもむろに取り出した。
ニューヨーク経由で向かうは、最終目的地のロードアイランド州プロヴィデンス。

それなら、とスタッフはペラペラ答えてくれたが、私がよく理解してないと分かると、カウンターにあった受話器を取り上げた。

『説明してあげて。この子、language problemがあるみたいだから。』

language problem......。

言語障害…てこと?

私には言語障害があるのか…。
それは、病名告知のような刺激があった。
勉強中、準備中、見習い中のようなふわんとした感覚でいたのが、一気に凍り固まっていくのが分かった。
ここで生きていくには、この国で生きていくには、私は大きな障害を抱えているも同然なのか…。

アメリカ留学・ノンフィクション──16歳で交換留学に挑戦するまで

          ∇∇∇

渡された受話器をそっと耳に押し当てると、日本語が流れ込んできた。
ニューヨーク行きの便は嵐で欠航、陸路ではプロヴィデンス直行のバスがある。彼女は早口で的確に私を誘導した。

受話器を置くと、背の低い方の彼は
『バスで行くことにした?』と聞いてきた。
真顔だけど優しい目。
頷く私に、彼はしっかりとバスターミナルまでの行き方を案内し始めた。

きっと、私は半分も理解出来ない。
たくさん聞き間違えているかもしれない。
ターミナルまで辿り着けないかもしれない。

それでも真っ直ぐ私の目の中に語りかける彼の目を裏切ってはいけないと思った。
私は必死に彼の言葉と彼の熱意を追った。

説明が終わり、彼は『OK?』と微笑んだ。
不安だったが、私は『OK』と答えた。
彼は私に勇気を吹き込むように笑った。

        ∇∇∇

私は空港を出ると、ターミナルを目指した。
彼の言った通り、右に曲がってから簡易的なフェンスに沿って道なりに進み、この目印を左に曲がって…
私はとうとうターミナルに到着した。
夜風に吹かれながら、異国の旅人達に混ざって列に並んだ。ゆっくりと入ってきた大きなバスには『BONANZA BUS』と派手に書かれている。
これだ。
あの人が言っていた、ボナンザ・バス。


プロヴィデンスに到着するのは一体何時だろう。
ホストファミリーが空港に迎えにくる予定だったけど、私は空港には向かってないし、到着時刻もずっと遅い。
辿り着けるのだろうか…。
足を踏み入れたバスの中は、得体のしれない不安と同じ色をしていた。
乗り込みながら、呑み込まれそうになる。

『初めてです。教えてください、プロヴィデンスに着いたら。』
運転手に何とか伝え、席についた。

このバスの最終駅はどこなんだろう。
分かっているのは、プロヴィデンスが通過駅ということだけ。
乗り過ごしたらもう終わりだ。
アメリカの地をさまようことになる。

『はいよ…』
やる気の見えない運転手の返事に不安が募る。
私は暗闇を突き進むボナンザ・バスの中で、プロヴィデンスという単語を聞き逃すまいと固くなった。
やる気ない運転手が、ボソボソッと駅名を発する度に、周りの乗客らに『プロヴィデンス?ここプロヴィデンス?!』と尋ねた。

『次…、……デンス……デンス…。』
え?
なにデンス?ちょっと!なにデンス?
オドオドする私に、あちこちから声を上がった。
『ほらそこのGirl!アンタのプロヴィデンスだよ!』

そして運転手も重ねる。
『そう、ここだよ…プロヴィデンス。』
アナタはもう少しやる気を出してくれ。声を張ってくれ。

私は何人もの人に背中を押されてバタバタとバスを降りた。


昨日まで知らなかった人々。
きっと二度と会うことのない人々。
ボナンザ・バスで乗り合わせただけの、
人生の中で一瞬、交差しただけの人々が、私の人生の一部になっていく。

        ∇∇∇

誰もいない深夜のバス停につっ立って、私はボストン空港のあのスタッフを思い出した。

私がOKと言ったとき、背の高い方のスタッフが日本語サポートデスクへの受話器を取ろうとした。
すると、背の低いあのスタッフがその手を制して言ったのだ。

私の目を真っ直ぐ見て。
『彼女は大丈夫。』

そしてもう一度言ったのだ。
『彼女は大丈夫。』

よかった。

あなたの目を裏切らなくて済んだ。
ちゃんと私、プロヴィデンスに着きました。
今やもう遠く離れたボストン空港の彼に、想いを飛ばした。







        



ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!