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老婆と山百合 (上)

    一 幕 ――習作――

 ――ある眞夏の夕暮、落日のまへで
 あたり赤く燃江てゐる。
 ――東京の近郊。畑つゞきの野道。
 ――村の老婆。少年少女だち。
 少年BとDとがむきあつて、Bは
 蟬のぬけがらを持ち、Dはバッタの
 ピチ/\はねるやつをつまんで、戰
 はせてゐる。そこへ少年Cが走つて
 きて、興味深さうにそれをながめて
 ゐる。

少年C。あッ。ぽりッと、バッタが

 ぬけがらの足をきつちや

 つたよ。强いなァ。

少年B。ぬけがらのとげみたいな

 もので、バッタの腹んとこを、

 つゝいてやるぞ。そしたら僕の

 方が勝だ!

少年D。うそだい。バッタがぽり

 /\嚙りだしてみろ。今に、そ

 つちは影も形もなくなるんだか

 ら。ぬけがらなんか死んでるも

 のぢやないか。どうだ。ほら、バ

 ッタが足で突ぱることつたら。

 (Cに向って)なァ結城君。

少年C。(どつちへどうとも云へない

 困る)さァ、どつちが江らいかな

 ァ。(興深げに)もつとやらしてご

 らんよ。

少年D。ほら、又一本かみくだい

 たぞ。僕の方がずつと强いんだ

 よ。生きてるんだからな。

少年B。(まけずに)ちがふつたら。

 バッタはぬけがらを恐れてゐる

 んぢやないか。苦しまぎれにく

 ひついてゐるんだよ。

 二人が子供らしい昂奮で云ひ合つて
 ゐるところへ、夏服に、麻やムギワ
 ラの帽子をかぶつた。少年少女が出
 てくる。それらは少年B、C、D 達
 の學友である。少女EとFとは、二
 三本の萎れかゝつた萩の花と撫子の
 花を大切さうに持つてゐる。彼等は
 BとDのまはりへ集つて、きやッ
 /\云ひながら、眺める。

少年D。バッタの方が强いんだか

 ら、みんなみてゝごらんよ。

少年B。馬鹿なことを云ふな。ぬけ

 がらの方が勝つのだ。

少年C。どつちだらう。みんなど

 う思ふ?

 バッタとぬけがらとの戰は果てしが
 つかない。まはりの少年少女だちも
 どう答へていゝか困つたやうな顔を
 してゐる。

少年B。(やゝ遠くへ眼をうつして)

 あ、あそこへお婆さんがくるぢ

 やないか。あのお婆さんにきい

 てみやうや。そして婆さんが强

 いつて云つた方が勝つたんだよ

 やがて、左手から一人の素朴な様子
 をした老婆が現はれてくる。憂愁に
 しづみきつた容貌。老婆が少年少女
 だちのそばへくると、たちまち彼等
 のためにとりかこまれてしまふ。そ
 の瞬間に彼女は今までの心配さうな
 顔をやゝ明るくし乍ら、微笑する。

老婆。(子供だちに、すぐなれ/\しく

 する)お前さまがたはわしに何

 をきゝて江と云ふだね?

少年D。ね、お婆さん。バッタの

 方が强いんだものね江。

少年B。うそだつたら。どつちか、

 お婆さんの云ふ方をだまつてき

 いておいでよ。

老婆。それや、お前さんバッタの

 方が强いでね江か。何んでも息

 の通つてピン/\してるものが

 强いにきまつてるだよ。生きて

 るものに、病氣をしたり、死ん

 でゐるもんが勝つ道理がね江だ

 からね。

少年D。(老婆の言葉で宇頂天になる)

 そら、どうだい、蟬のぬけがらが

 强いなんておかしなことだね江

 お婆さん

少年B。(まけずに)お婆さんなん

 か知らないんだ。さァためしに

 もう一ぺんかゝつてこい、ナマ

 クラバッタ奴!

少年D。よし。さァ、又ぽり/\だ

 ぞ、泣くな。

少年B。まけるものか、さァこい。

 二人はげしく手のものをこづき合ふ
 ぬけがらは粉々につぶされ、バッタ
 は死んで了ふ。二人はそれを投げす
 て、感情から胸ぐらをとり合ふ。老婆
 や少年少女達は慌てゝそれをとめる
 Bはげしく泣きだす。Bのあまりに
 唐突な泣聲にみな笑ひだす。

老婆。(當惑する。しかし優しく)村の

 子供らだつて喧嘩はしましね江

 だにお前さま方は林間學校の生

 徒様でね江か。みつともね江に

少年A。江ゝさうですよ。今日は

 ね、七夕祭があつてね、面白い

 お話だの、お土産だのがどつさ

 りあつて愉快つたらなかつた。

老婆。どうして又、こんな日暮れ

 に道草くつてゐるだね江。この

 路を行つたら、停車塲ていしゃぢやうまでは未

 だなか/\の道のりがあるだに

少年A。花や虫をとるつていふも

 んだから。

少女E。お婆さん。これわたしが

 とつたのよ。萩の花つていふの

 ですつて。

少女H。わたしのは、なでしこよ

 ほら、きれいでせぅ。

老婆。(老人らいい誇りを含んで)何

 んだつてね、お嬢さん、そのな

 でしこがきれいだつてね。そん

 な汚ね江、しなびたもんより、ま

 だいゝのが東京にだつて、どつ

 さりあるでね江か。

少女H。(眼を輝かして)根が生江て

 ゐるのをとつても叱られないや

 うな花は、東京にはなくつてよ。

 この花は道ばたに澤山生江てゐ

 たのだわ。

少女E。私のもさうよ。花はきれ

 いなものね。今しなびてゐても

 水へつければすぐ生々してくる

 から大丈夫よ、お婆さん。

老婆。お前さまがたはそんなに花

 が好きかね。

少女H。大好きよ。人形よりも好

 きよ。

少女E。私も好きよ。私のお母さ

 まだつてお好きよ。

少女F。私もよ。私のお姉さま、

 それや花がお好きよ。一日中花

 と睨めつくらしてらつしやるわ

少年A。僕も好きだ。僕はさくら

 が好きだ。

少女E。あら、男のくせにして。

少年A。男だつていゝぢやないか

 花は國を現はすんだよ。日本は

 さくら、イギリスはばらでね、

 それから、江ゝと・・・・・

少女E。だつて男が花が好きなん

 て、何だかおかしいわね。

少年A。何がおかしいもんか。女

 の方がよつぽどおかしいや。な

 でしこだの萩だのつて、そんな

 くさり花なんか好きなんて・・・

 僕は櫻が好きだ。

老婆。それぢゃね、わしが一つみ

 なさまがたに、ほんとに奇麗な

 花をあげやうかね。萩や撫子花

 よりは、もつと大きくて、色の

 いゝ、やさしい花だがね。―― 

 それや、何の花だと思ふかね。

少年A。(考へる)さあ。それはどこ

 にあるの?

老婆。わしの家の裏畑にあるだが

 ね。今さかりでね。

少女E。(考へる)何でせうね。日

 まはりかしら?

少女H。(確信をもつて)きつとダリ

 アよ。ダリアならいゝわね、お婆

 さん、さうでせう。

老婆。(首をふる)いゝや、もつと優

 しい花だね。

 「何だらう?」「何だらう?」といふ囁
 きが子供だちのうちで起る。

(越後タイムス 大正十二年六月十日 
      第六百〇一號 二面より)


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