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chap.4 軸組と耐震

構造設計の進め方


今回は、木造住宅の軸組図を見ながら、住宅の構造(こ
こでは住宅の骨格、つまり骨組みを指す)についてお
伝えします。軸組図とは、柱と梁で構成される軸組(住
宅の骨組み)を図面に表したもので、この図面を基に、
柱や梁などの構造材を揃えて現場で組み立てます。こ
の組み立てる作業を上棟といいます。

それでは親方。住宅の構造が全て表現されている「軸
組図」を見ながら、この軸組図を決定するときの大
工の役割についてお聞きしたいと思います。

親方 はい。よろしくお願いします。

先ずお聞きしたいのですが、軸組図を決める作業、
つまり建物の構造設計を誰が決めるのですか。

親方 最近の家づくりではどちらの会社もそうです
が、一人で決めていないと思います。当社の場合、設
計担当者が構造の方針を決めて、その方針に従いプレ
カット会社が軸組図をつくり、その図面を社内の設計
担当者、現場監督、大工の私、これら複数の眼で内容
を精査しています。必要あれば修正しています。


プレカット会社について教えて下さい。

親方 はい。柱や梁を組み立てるために、端部を加工します。その
加工を機械で行うのが今の主流なんですが、その実務を担うのがプ
レカット会社です。住宅会社が平面図その他の図面をお客様と決めた
後に、これら図面に基づいてプレカット会社が軸組図を作るのです。


プレカット図面を外部で作ることで、アイ創建さん
の構造設計がブレることは無いですか?

親方 それはご安心ください。構造設計の方向性を決めるのはあくまでも当社であり、プレカット会社様にはその方針を図面に落とし込んで頂いているだけです。



軸組図の実例(左)と、軸組図を含めた構造図を基に構造材を
組み上げる「上棟作業」の様子(右)。

プレカット工場で加工された接合部分。



〔左上〕土台の継手。〔右上〕基礎コンクリートの上に設置された土台。当社では耐久性の高い国産ヒノキを採用している。〔左下〕土台の軸組図(伏せ図)〔右下〕基礎コンクリートの上についてる細い金具状のアンカーボルト。

屋根の面(赤い四角)を、棟木と桁と登り梁で四角形をつくり固める。



部材の耐震性を高める細かな作業


アイ創建さんの構造は、法律の基準以外にも自社で様々な厳しいルールを設けているとお聞きしましたが、そういった自主ルールが反映されているということですね。

親方 その通りです。ただそれが完全に反映されるとは限りませんので、最終決定前に修正をします。継手の位置を変えるような細かい指示もしていますね。

「継手の位置」とはどういうことでしょうか?

親方 はい。水平に入る材2 本をつなぐ時に加工する接合部のことを継手といいます。例えば右の写真、コンクリートの基礎の真上に置かれている木材は、「土台」といいますが、この土台も長い材1 本ではなくどこかでつないでいるんですね。現場搬入のこともあり、大半の木材は4m 程度までなので、それ以上の長さが必要なところは継手でつなぐんですね。

そして、土台を指示している軸組図にも継手の位置が表現されています。
赤い丸で囲ったところが継手の位置なんですが、この継手は土台と基礎をつなぐアンカーボルトの近くに来ているかを必ずチェックします。

それはなぜなんでしょうか?

親方 はい。土台を基礎に固定するのはアンカーボルトという金具なんですが、このアンカーボルトの位置から離れるほど基礎とのつながりが弱くなるから、地震の際に基礎とのズレが大きく生じやすくなる、つまり破断の危険性が高まるんですね。継手そのものが構造上の弱点だから、弱い継手はできるだけアンカーボルトの近くに持ってきたいんですね。

耐震等級よりもバランスが大切



なるほど。耐震等級を決めるにはそのような概念は含
まれませんね。表には出ない一見地味なところにも、
耐震への配慮をされているのですね。

親方 そうですね。今の耐震設計は金物でしっかり留め付けるというのが前提ですが、部分部分を金物で緊結すればそれでいい訳がない。耐震は建物全体で考えるべきなんですね。金物で緊結したことで他で弱点が生じることもある。あと、大工から見れば、金属と木材との相性は悪いのは常識なんです(サビや湿気が原因で劣化が進むため)。だから尚更、金物への過度の依存は禁物だという考えがある。構造材全体でしっかりと地震の力を受け止めるべきだと思いますね。

なるほど。寺社仏閣では金物ではなく、材の組み方で耐震強度を保っていますね。

親方 はい。今の時代では居住性や見た目などいろいろ配慮しないといけないから、昔の寺社仏閣の作り方を全面的に真似るわけにはいきませんが、そこで培われた原理原則といいますか、基本的な考え方は大切にするべきだとは思いますね。

木ならではの強度対策


その他の工夫も教えていただけますか?

親方 そうですね。継手以外でしたら、通常では不要な登り梁
を敢えて当社では入れて、建物を強くしていますね。
右の写真の太い斜めの材が登り梁(のぼりばり)なんですが、ここには通常構
造材はありません(通常は屋根を支える細い材がある。この場合は垂
木と言う)。なぜ敢えて登り梁を入れるのかというと、水平の梁と登り梁の2 本、合わせて3 本の構造材で、写真の赤い三角形をつくり固めたいという
のが理由のひとつ目。二つ目の理由は、棟木と桁と登り梁で屋根面を固めたいということです。

なるほど。登り梁を入れるだけで、2つの面がしっかり固まりそうですね。親方はじめ、社内の皆さんが軸組構造をしっかりご理解されていらっしゃるから、構造面でこのような配慮ができるのですね。

親方 はい。少なくとも教科書には書かれてはいないでしょうね。木造住宅の構造設計は、実はこのような違いの積み重ねで大きく変わるのではないかと思いますね。現場で軸組をいつもみているからだと思いますが、地震の力で建物がどのように動くのかをイメージできると、自ずと建物を強化する策が見えてくるものだと思いますね。住宅の設計をする方には、現場で軸組を観察して、地震による建物の挙動をイメージするトレーニングを重ねて欲しいですね。

軸組図の修正は画竜点睛でもある



親方、前回は軸組図を見ながら耐震上の工夫について教えていただきまた。その時に軸組図を修正する作業をするとお聞きしましたが、詳しく教えていただけますか。

親方 はいそれでは、実際のお客様宅の図面を見ながら解説しましょう。下の図面ですが、お風呂がありますね。実はこのお風呂は2階にあるんです。赤い線のルートにお風呂の排水を流す排水管が2階の床下を通っています。その後は、赤い線の左端あたりで、1階の室内の壁の中を下に向かって1階の床下へと続いています。


2階の図面(左)と、2階お風呂の排水管の施工例(右)。グレーの太い管が排水管。
1階の図面(左)とお風呂まわりの軸組図(右)。

左下の図面は1階の平面図ですが、赤い丸に「PS」という表記があります。これはパイプスペースの略で、この中を垂直に排水管が通っているんですね。この排水管(右下の軸組図の水色の線)が、2階の床下の狭い空間を通る時、途中で2階の床を支える大きな梁とぶちあたります。右下の軸組図の紫色の梁がそれですね。「300」とありますが、これは梁の縦方向の寸法(300mm)です。この寸法が大きいほど、パイプが通過できる空間が狭くなります。実は、300ではパイプが通らないのです。だから修正が必要です。排水管をとおすために、紫色の300の梁を180にします。そして、オレンジ色の梁は300の高さにします。緑色の梁がお風呂の荷重を支えていまして、その大きな梁を今度はオレンジ色の300の梁で支えるようにするんですね。こうすれば、排水管の問題が解決できて、建物の強度も確保できます。

もしこれに気が付かなかったらどうなりますか。

親方
 はい。排水管を屋外で真下に落とすか、この紫色の300の梁の下の方を欠くか、どちらかでしょうね。前者は外観がみっともなくなるし、後者は耐震強度が落ちてしまう。

施主の立場で考えると、完成したら、梁を欠いていることなんて分かりませんね。このレベルになると施工会社を信頼するしかありません。

親方 そうですね。ここまでくるとモノづくりの矜持の問題かもしれませんね。

住宅の軸組はこのような精査や変更を経て決定しているんですね。注文住宅は一品生産ですから、このような取り組みが必要なんですね。

親方 あとよくあるのが、キッチンの換気扇のダクトですね。右の図面の様に、ダクトの通過を考えると、梁を270から180に変更することは多いですね。たった9cmのことなんですけどね。もしこれをしないと、違うところに換気扇をつける事になる。そうすると外観が変わってしまってみっともなくなる(換気扇が付いた壁の外側には排気口がつくので外観に影響が出る)。

キッチンダクト変更の指示

軸組図を決めるにあたっては外観へも配慮されているんですね。住宅設計の奥深さが垣間見えた気がします。

お客様に知ってもらうことの大切さ


さて親方、これまで軸組図を通じていろいろとお話を伺いましたが、住宅の構造では、木造軸組み、ツーバイフォー、軽量鉄骨などいろいろとありますが、何がいいんでしょうか?

親方 意見が分かれると思いますが、私はやはり木造軸組み工法が良いと思います。何よりも骨組みを残して再利用できるのがいいですね。

他の工法では厳しいのでしょうか。

親方 はい。リフォームをするときに間取りを変えるのはほぼ無理でしょうね。つまり、可変性、自由度という面で優れていると思います。そもそも木造住宅は改修しながら住み継ぐことができるものですから。

日本の住宅の平均寿命は20〜30年と言われていますが。

親方 そうですね。昭和40年あたりでは、住宅は20〜25年程もてばいいという前提の家づくりでしたね。高度成長期の頃で、住宅は一代もてばいいという風潮でしたね。経済性を優先していましたし、住宅の大敵である湿気対策もできていなかったし、断熱への配慮もありませんでした。

需要が強いから、適当な仕事をしていても住宅会社の経営が成り立っていた時代だったんでしょうね。

親方 そうですね。住宅は手を抜くほど利益が出る。昔は消費者自身、そのような実態にあまり関心が無かった。今はお客様方が勉強熱心だからそのようなことは無いでしょうけどね。

ただ、前回の軸組図の修正の話を聞くと、一般人にはわからない不備がいくらでもありそうな気がします。

親方 そうですね。インターネットでの情報収集には限界があるでしょうしね。やはり純粋に仕事への取り組み姿勢から会社を判断されるに尽きるとは思います。

アイ創建さんは、今後どのような取り組みをしていきたいですか。

親方 従来通りお客様の期待に応えるべく、設計施工の技術を向上するに尽きるでしょうね。あとは、できるだけ会社の取組みをお客様にお伝えすることでしょうね。今の時代インターネットという便利な手段があるので、それをうまく活用することで、お客様にご安心いただくことが、これからの企業経営に大切なのではと思います。

構造美がもたらす安心感

耐震設計は、基本設計(プランニング)の際に並行して進めるのが本来の姿。大きな構造材や金物を余儀なくされる設計は、構造が不安定である証拠です。安定した建築物は見た目が美しい以上に、どっしりと構えていてどこか安心させられますね。

次回、Capter.5に続きます。