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chap.5 気密と断熱

「断熱」と「材木の腐朽」は表裏一体

高気密高断熱住宅。次世代省エネ基準。ZEH住宅( ZEHネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設 備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギー を実現した上で、再生可能エネルギー等を導入することにより、年間の一 次エネルギー消費量の収支がゼロとすることを目指した住宅。)

住宅業界各社は、気密と断熱の性能にしのぎを削っています。建材メーカーの開発競争も激しく、毎年様々な商品が発売されています。一方で、皆様お気づきのとおり、気密と断熱の性能を追求することによる弊害があるのも事実。
そこで今回から、大工の視点から解説する住宅の気密と断熱についての話題をお送りします。単に、数字で示される気密と断熱の基準に拘るのではなく、そこから一歩距離を置き、住宅という器そのものに必要とされる「総合的な性能」について、お考えいただくための、一つのきっかけになれば幸いです。

それでは親方、今回は気密と断熱についてのお考えをお聞きしたいと思います。

親方 はい。よろしくお願いします。

親方が若い頃、気密と断熱について熱心に研究されたと、以前お伺いました。

親方 はい。そうなんです。独立し請負でやっていこうと会社を設立してから、技術でお客様にお役に立てることはないだろうかと考えました。いろいろ考えたあげく、当時黎明期だった高気密高断熱住宅の開発に取り組んでみようと、思い立ったんです。

住宅産業が成熟し、量から質の向上へと軸足を変えつつあった時代に、断熱住宅のブームが一気に広がったようですね。

親方 はい。当時の住宅は寒かったからね。断熱材さえ入っていなかった家もあるし、入っていたとしても杜撰な施工が多くて、性能を発揮できていない住宅も多いと思いますよ。

そのような背景があって、親方ご自身で研究をスタートされたんですね。

親方 そうなんです。当時とても性能が優れた、トステムのスーパーウォールというのがありました。その出来栄えには驚かされました。同時に、値段にも驚かされました(笑)。だから、限られた人たちだけのためではなく、一般の多くの皆様のために、よりリーズナブルにできないかと考えたわけです。

高気密高断熱住宅を考えるにあたり、大切なことを教えていただけますか。

親方 はい。やはり湿気対策でしょうね。温暖湿潤な気候の日本では、これは避けて通れません。高気密高断熱住宅は、材木を包み込んでしまうため、湿気が滞留してしまう。この対策を怠ったために、壁の中や床下が、新築直後にカビだらけになったという話は、当時全国至る所で聞かれましたね。

床下を覗いたら、床下一面に、カビがびっしりと隙間なく生えていて、所々にキノコも生えていたという話を、聞いたことがあります。

親方 はい。高断熱にした結果、カビが生えやすい条件を作ってしまったんですね。湿気対策を怠った分かりやすい例ですね。カビが生えるという事は、木材腐朽菌についても対策をされていなかったとも言える。

木材腐朽菌とは、木材が劣化する原因菌ですね。

親方 はいそうですね。木材が劣化して腐っていくのは、木材腐朽菌が原因であって、水ではありません。東京の江東区の海沿いに「木場」という地名があります。江戸時代に、材木商人がこのあたりで材木を水に浸けて貯蔵していたことが、地名の由来なんですが、昔から、木材を保存するときは水に浸けておく方法を取っていたんです。このように、水そのものは木材を腐らせません。

なるほど。

親方 だから住宅でも、この菌が繁殖できない条件を保てば、長持ちするわけです。寺社仏閣には、雨ざらしの状態の木材がたくさんあるけど、劣化していない。菌が繁殖できる条件(湿度85%以上、木材含水率20%以上、温度20〜30℃)ではないからなんですね。

ということは、住宅を構成する全ての木材が、常に菌が繁殖できない状態に保つことが求められますね。

親方 はい。これが高気密高断熱住宅の、開発の全てと言ってもいいでしょうね。断熱を追求した結果、柱などの壁の内部の木材が腐ってしまい、耐震性能が一気に落ちる。そんな本末転倒なことになりかねませんからね。

近視眼的に、高気密高断熱を追求することには、大切なものを見失う懸念がありそうです。

親方 はい。ただ、ご安心ください。今では基本的な対策は、ほとんどの会社でできていますし、それだけの知識は普及しています。ただし、細かいところまで目が行き届いているかどうかは、会社ごとに差があるでしょうね。結果的に、建物の寿命も確実に差が出ますね。あと、断熱材が何が良いかなど検討しても、それぞれの商品で一長一短です。性能を示す数字が、イコール住宅の断熱性能とは限らない。それよりも断熱材周りの施工方法の方が大切でしょうね。

壁体内結露はお天道様次第



親方、壁の中の木材が劣化する環境を避ける事。この大切さは分かりました。では、その具体的な方法を教えてください。

親方 はい。よろしくお願いします。その前に、「高気密高断熱住宅には絶対は無い」ということは、お断りしておかなければいけません。

100%完璧にはできないということでしょうか。

親方 そうですね。空気中の水分をコントロールすることは不可能だからです。断熱材は水分を吸うと一気に性能が落ちる。だから長期にわたり、完成時の性能を保ち続ける事はほぼ不可能。だから、完璧では無いということですね。

最近の住宅では通気層を設けてそこから湿気を排出することで解決しています。

親方 はい。現在の木造住宅における湿気対策のスタンダードは通気層による湿気排出です。壁の中はどうしても水分が侵入します。完璧に遮断する方法は無いと言っていいでしょうね。どこかにわずかな隙間はどうしてもあります。外壁通気による湿気の放出とは、壁の中よりも通気層の方が湿度が低い状態になるので、湿気が移動するという現象を意識しています。右下の写真の白いシートが「透湿シート」です。つまり、この透湿シートの奥の室内側から、透湿シートを通って、手前の外壁通気層へと湿気が移動して、この層から湿気を排出するというメカニズムです。

ということは、通気層は常に壁の中よりも湿度が低い状態であるべき、言い換えれば、そうあって欲しいという前提ありきの議論なんでしょうね。


外壁工事の様子。左の写真の縦方向の細い材木同士のスキマ(通気層)を、空気が下から上に通る。

親方 そうですね。理論上、木材腐朽菌の発生条件は、湿度では85%以上ですから、通気層が湿度85%以上の状態が続くと不安になりますね。
雨の日で外気の湿度は85%前後になりますね。梅雨の頃は、外壁通気層の湿気排出効果はあまりないでしょうね。ただし、年中、85%以上となることはあり得ませんから、外気の湿度が下がった時に、じわじわと壁の中の水分を通気層を通じて排出すると言った方が正しいでしょうね。
ここまで説明する方は、ほとんどいないと思います。でも、通気層が湿気を排出するからご心配ありませんと言い切るよりは、親切だとは思いますけどね。

なるほど。ということは、1年を通じて何日かは、壁の中に結露する日もあるけど、晴れの日にその水分が放出されるから大丈夫だ。という前提なんですね。

親方 はい。だから完璧ではないんです。結局、高性能をアピールしていても、最終的にはお天道様頼みなんですね。実際、屋外の気温や気圧の違いで、通気層の流れが変わっていることを、大学の研究機関がデータとして取っています。それによれば、上昇気流を想定しているのに、下降気流が発生する条件も観測されています。ご関心ある方は、当社の担当者におっしゃっていただければ、その論文をご覧いただけます。

通気層を通じて、湿気が排出されるというメカニズムが、希望的観測を前提にしている気がします。それでは消費者としては、何に着目すれば良いのでしょうか。

親方 はい。現在の断熱材の施工方法では、通気層確保がベストな選択肢なので、それは了承いただいたうえで、通気層がしっかりと機能しているかどうか、それをチェックすべきでしょうね。

お客様に知っていただきたい大切なポイント



親方、実際の現場で通気層を取るときに、どのようなところに注意されていらっしゃいますか。

親方 はい。空気の通り道だから、途中で行き止まりが無く、出口を確保して湿気を放出してあげること。これが大原則ですね。実は、これが、「言うは易く行うは難し」なんです。といいますのも、建物には様々な形状があるので、気を付けないと、「ある部材」が通気層を塞いでしまうことになりかねないんです。

「ある部材」とは建物ごとに違ってくるのでしょうが、事前に通気層ありきで工事を進めないと、あるとき「シマッタ!」という事態になるんでしょうね。

親方 そうですね。住宅を構成する一つ一つの材の目的は様々で、ある材は屋根の荷重を負担したり、ある材は窓を支えたりと、多種多様にそれぞれの目的があるんですね。それらがお互いを尊重しながら存在している。通気層の確保も、それぞれの材にそのような配慮をさせるということになるんでしょうね。
材木がそれぞれの主張を押し通すだけの住まいは、どこかで支障が出るということでしょうね。人間社会と同じですね。
設計図には描いていないが重要なことを現場で考えて施工する事。それが大工の仕事の醍醐味の一つでもあると思います。完成後は見えない場所ですし、通気層を完璧に確保しましたかと、お客様から聞かれることは先ずないですけどね。現代の建て方における断熱の話で、とても大切なことですけどね。

最近は、インターネットで良く勉強されているお客様も増えたとお聞きしますが。

親方 そうですね。UA値 (外皮平均熱貫流率・住宅の内部から外部へ逃げる熱量の、外皮全体での平均値。) やQ値(熱損失係数・室内外の温度差が1℃の時、建物全体から床面積1㎡あたり1時間で逃げる熱量。)を聞かれることは増えましたね。でも本当に大切なのは、長期の断熱性能の確保、壁体内結露と木材の長期腐朽対策、その一つの対応策としての通気層の施工。こういった点に着目されたらいいんじゃないかと思いますね。

気密についてはどうでしょうか。

親方 そうですね。気密シートを張ってまで高気密の住宅とする必要はないでしょうね。気密シートそのものの寿命もよく分かりませんしね。しっかりと断熱材を充填すればそれで住むには十分でしょうね。気密をやりすぎるととても息苦しい家になりますよ。そもそもの原理原則だけど、モノづくりにおいては、できるだけ材料は少ない方がいいですしね。
何よりも、人を心地よくすればするほど、建築には心地よくない。長寿命の住宅をご希望されるならば、生きている材木を呼吸させてあげる配慮も必要となる訳ですね。昔の家づくりは、自然と、そんな配慮をしていました。

なるほど、住宅と長く付き合うには、住宅への気配りが求められる。そんなところに、普請する側の作法が現れるんでしょうね。

親方 はい。現在の断熱材の施工方法では、通気層確保がベストな選択肢なので、それは了承いただいたうえで、通気層がしっかりと機能しているかどうか、それをチェックすべきでしょうね。

気密とトータルバランス



当社では、C値0.2の工事がこれまでの最高値です。更に上を目指すことも可能ですがそれを追うつもりはありません。気密性能は、良好な住環境を構成するための要素の一つにしかあらず、むしろトータルバランスを最優先に考えています。

次回、Capter.6に続きます。