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エッセイ | 地雷セミの季節

私は「そろそろ梅雨が明けそうだな」と思うと、少しばかり恐怖心が芽生えてくる。本格的な暑さが怖いわけではない。セミが怖いのだ。

以前まではセミなんて怖くなかった。木にとまって見えないところでミンミンと鳴いているだけだから、私に対して害をなすこともない。むしろ「夏が来たな」と思わせてくれる報せとなっていた。セミに対する気持ちが変わることなんてないと思っていた。

夏が終わり秋となったある年のこと、私は以前から考えていた引っ越しをして、オートロックで鉄筋コンクリート造の立派なマンションへ引っ越した。1階よりも上の階に住むことが初めてだったため、共用廊下なんて夢のような空間だった。部屋を出ると半屋外の空間があるのは何とも誇らしい気持ちになった。

秋も、冬も、春も。引っ越した先のマンションは過ごしやすかった。

マンションに引っ越してきてから初めての夏、事件が起きた。深夜に帰ってきても共用廊下は明かりがついており、私の部屋までを照らしてくれている。その明かりに誘われるように歩いていくと「バチバチバチ!」と大きな音がする。遅い時間帯に急に音がするものだから驚いてしまう。

何かと思い辺りを見回すと、何かが宙を動いている。おかしな軌道で行ったり来たりとさまよっている。そいつがバチバチと音をたてているのだ。鳴きこそしないが、それがセミだとすぐに分かった。

セミであれば襲ってくることはないだろうと思い、ゆっくりと自分の部屋の扉へ近づく。セミを驚かさなければこちらに飛んでくることはない。飛んでいるセミを注視しつつ、ゆっくりと自分の部屋の扉へ近づく。大丈夫だ、問題ない。一歩一歩、着実に歩みを進める。

あと少しで扉にたどり着くと安心し、気が緩み切っていた時に足元の排水溝から音をたててセミが飛び上がった。足元は暗く、そこにセミがいるかは分からなかったが、飛んでいるセミに気を取られて足元まで気が回っていなかった。セミは飛び上がった瞬間に私の肩にぶつかり、別の方向へ弾んで去っていった。

疲れ切った深夜、気も緩んだ時に視覚外から飛んでくるセミは恐怖そのものになった。私はこれ以降、夏になるのが嫌いになった。自分の部屋を出たらセミがいるかもしれないという恐怖と隣り合わせの季節だからだ。共用廊下なら外部に面しているからまだ良いが、逃げ場のないエレベーターホールにセミが迷い込んでいる場合は最悪だ。

どうか今年は安らかにこの夏を乗り越えさせてほしい。



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