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継母の連れ子がスヌープ・ドッグだった

 ヨー、ワッサー。俺の名前は遊佐正郎。今年の1月に俺の父さんが政府の高官とウワサの人と結婚した。その名も遊佐(旧姓伊藤)美紀子。
 そこまではいい。父さんも俺が高校に入ったことでようやく自分のことに向き合えたって感じだ。でも、問題がひとつある。それは継母の美紀子さん、彼女の連れ子だ。曰く、彼女もバツイチ子持ちであり、そのこともあって父さんと意気投合したようなのだ。だがしかし、その連れ子というのがどうみてもヒップホップMCとして有名なスヌープ・ドッグなのだ。
 明らかに人種が違うし、というかどうみても美紀子さんより年上なのに、そのことに誰も疑問をはさまない。
 このどう見てもスヌープドッグな人に名前を聞いてみると、「イドウ・カルバン、デス」と、カタコトの日本語でこたえた。名字間違えてんじゃねえか。ふざけんな。
 だが青春の輝きを取り戻したかのような父さんと美紀子さんを止められるはずもなく、二人はとんとん拍子で結婚。
 スヌープと肩を組みながらヴァージンロードを歩く二人を見守った。
 そして結婚式から3か月……。

「ヨー、ブロ。マサロウ。起きろ」
 目を覚ますと、目の充血したスヌープが俺を見下ろしていた。
「なんだよスヌープ、またマリファナ吸ったのか? 日本では違法って言ったろ」
「マリファナじゃない」
「嘘つけ」
 スヌープはこの三か月で見違えるほど日本語がうまくなった。だが法律は未だ覚えられないようだ。
「朝っぱらからなんだよ」
「マサロウ。今日は学校?」
「始業式は明日からだよ。ったく、寝させろよ」
「だめだ、朝ごはんを作った。食べてけ」
 よく見ると、スヌープは頭にローストターキーの帽子をかぶっていた。これは別にラリっているとかじゃなく、スヌープの平常運転なのだ。
 食卓に着くと、シャケの切り身に白米、みそ汁、漬物とごく一般的な日本の朝食が揃っていた。脅威の適応能力だ。でもターキーじゃないのかよ。
 シャケの切り身をほぐすとほんのりと湯気が沸き立つ。それを一つつまんで口に運ぶ。
「……うまっ」
  思わず口にしてしまう。台所で皿洗いしているスヌープの方を見ると、スヌープは俺を見てサムズアップした。
 料理はうまいんだよなあ。
 確か、料理番組やっていたんだっけ?
 皿洗いが終わると、巨大なスピーカー(いつの間にか居間に置いてあった)の横にある観葉植物に水をあげる。そして俺の座るソファの端に腰を下ろし、テレビをつけた。
 テレビでは日曜を除き毎朝8時にNHKで放送している連続テレビ小説「まんぷく」がやっている。彼はこの番組に出てくる萬平さんが大のお気に入りなのだ。
 萬平さんがまたへまをやらかすのを見て、スヌープは手を叩きながら爆笑する。
 しばらくテレビを見ながら無言の時間が続く。
 ……いかん、俺はこの状況に慣れてきている。大物ラッパー、スヌープ・ドッグが家族だという状況に。
 なんなの、この嫌じゃない沈黙。
 ふと見ると、スヌープドッグがまんぷくを見ながらジョイントを巻き始めた。違法だっつってんだろ。
 そのとき、玄関チャイムが鳴りひびく。
 インターホンのモニターを確認すると、ピザの配達人が映される。
「スヌープ、ピザ頼んだ?」
 スヌープは怪訝な顔をして俺の背中越しにモニターを覗く。
「頼んでない」
「なんだろ、家間違えたのかな」
 俺が通話ボタンを押して会話しようとしたその瞬間、ピザ配達人が配達袋の中からサブマシンガンを取り出した!
「マサロウ、伏せろ!」
 直後、つんざくような銃声が鳴り響き、居間に銃弾の雨が降り注ぐ。
「なんだあああああああああ!」
 俺の叫びさえも銃声がかき消す。嵐のような弾丸が居間を蹂躙し、部屋のものをなぎ倒す。
 液晶TVに映る萬平さんの笑顔が破壊され、直後に静寂が訪れる。ふと見ると、どこから取り出したのか、スヌープの両手には二丁の拳銃が握られていた。
「お、おい、スヌープ? なにするつもりだよ」
 銃を見つめるスヌープの目はギャング時代のそれに戻っていた。
「Fuck Yeahだ」
 扉が蹴破られ、ピザ配達人が入ってくる。同時にスヌープは立ち上がり、二丁拳銃の引き金を引く。
 ピザ配達人は血を吹き出しながら倒れる。だが終わりじゃなかった。玄関からは次々とピザ配達人が入ってくる。
 スヌープはフローリングをスライディングしながら引き金を引き、一気に三人倒す。勢いのまま前転してソファの後ろに隠れる。
「マサロウ、手伝え!」
「て、手伝えって!」
「机の下にベレッタが隠してある。それで応戦しろ!」
 冗談だろ? 俺は日本生まれの日本育ち。銃なんて触れたことない。
「やれ、マサロウ!」
 ああ、もう、しょうがねえなあ!
 俺は机のところまで前転し、机を倒して盾にする。そこにはガムテープで貼ってあるベレッタがあった。
 俺はベレッタ抜き取り、暇な時にネットで調べた銃の扱い方知識を活かして引き金を引く。
 想像以上の反動と音が全身を貫く。しかし、放たれた弾丸は真っすぐピザ配達人のこめかみを貫いた!
「ファックイエエエエ!」
「いいぞ、マサロウ!」
 ピザ配達人もすかさずサブマシンガンで対応してくる。俺の頭上を弾丸が通過し、スピーカーをかすめる。その衝撃でCDプレイヤーが作動し、スヌープ・ドッグの「Drop It Like It's Hot」が流れる。
 俺はスヌープと顔を見合わせる。
 スヌープはにやりと、あの特徴的な笑みを浮かべた。
 スヌープと俺は同時に躍り出る。互いの背中を預け敵をなぎ倒していく。スヌープは二丁拳銃で玄関から入ってくるピザ配達人を滅茶苦茶に撃ち殺し、俺は窓から入ってくるピザ配達人をこめかみを撃ち抜く。
 リロード体制に入ったスヌープがしゃがみ、俺は玄関方面のピザ配達人を射殺する。俺がリロード体制に入るとスヌープは二丁拳銃で両方面のピザ配達人を牽制する。そしてリロードが終わると二人で一緒に次々とピザ配達人を倒していった。
 弾丸が頬をかすめるが、不思議と怖くなかった。妙な高揚感が俺の中にあった。

 気が付くと俺とスヌープはピザ配達人の死体の山の中心にいた。もうピザ配達人は来ない。どうやら完全に追い払ったようだ。
 よろよろと二人で穴だらけのソファまで行き、端と端。お互いの定位置に座る。
 すると、スヌープが机の上でジョイントを巻き始める。自分で吸うのかと思ったら、無言で俺に差し出してくる。
 こいつ、明らかにスヌープ・ドッグな俺の家族は、なんで日本にいるのか、なんで素性を隠しているのか、なんでピザ配達人から狙われているのか、そしてなんで俺の家族になったのかさっぱりわからない。
 でも、まあまずは受け入れてもいいんじゃないかと思った。
 俺はスヌープからジョイントを受け取り、ハイになった。

 ──翌日、始業式の朝。
 一年から二年の間にクラス替えはなく、教室には馴染みの顔が揃っている。だというのに昨日のことが頭でいっぱいでまったく現実感がなかった。
 そしてこれまた馴染みの顔の担任が入ってくる。
 先生は「昇級おめでとう」だの「受験の正念場」だの定型文のような言葉を並べるが、全く頭に入ってこない。
 当然、あのスヌープ・ドッグのせいだ。翌日、ピザ配達人を倒したあと謎の黒服の黒人がたくさんやってきて居間を片付けていった。今では戦闘前と全く変わらない状態だ。
 昨日はなんだかハイになってとりあえず受け入れてみるか的な雰囲気になってしまったが、よく考えたらヤバい。明らかに危険なことに関わってしまった。というか俺、下手すれば死ぬんじゃないか?
 そんな感じに悶々と頭を抱えていると、突如先生が「転校生を紹介する」と告げる。
 その言葉だけ、妙にクリアに聞こえた。
 そして教室の扉が開かれ、ブレザー姿の長身の男が入ってくる。その所作全てが俺にはスローモーションに見えた。男は教壇に立ち、口を開く。
「今日から転入しました、遊佐カルバンです。どうぞ、よろしく」 
 ワッタファック。同い年設定かよ。無理があんだろ。
 スヌープが俺の姿を確認すると、ウインクしてきた。
 やれやれ、俺の騒がしくてファックイエーな学園生活の始まりだ……!

【おわり】

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