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子どもと問う#17〜戦場のガールズライフふたたび〜

子どもと問う#17
〜戦場のガールズライフふたたび〜


子どもを産み育てると、今まであまり使ったことのない言い回しを頻繁に口にするようになる。
「やっつける」というのがそれで、今まで怪獣に挑まれたことも、やっつけるほど仕事が来たこともない私は、子どもの世界にはこれほど戦いが満ちているのかと驚く。

因みに、育児をするようになって使うようになった言い回し第1位は「鬼が来るよ」であり、第2位は「ハーゲンダッツはアイスの見本だから買えないし食べられない」である。
寺院だらけの街に住む月美家では、一番近くの仁王像が夜になると寝ない子を探して動き出すことになっており、子ども達がいつまでも寝ないとママは「鬼が来るよ」と脅している。それでも寝ないと、「あ!来た!」と仁王像が寝ない子を攫いにやって来たていで、ママは寝室の窓越しに「どうかお願いしますよ〜すぐ!すぐなんで!今日のところはお引き取り願えれば・・・」と一芝居打っていて、その間ビビった子ども達は布団に潜り込む。多分、隣の家には借金取りが来たんだと思われている。


こう書いていると、ママになるとは嘘つきになることのようで、全世界のママに謝りたいのだが、私自身もそろそろ子ども達に現実を伝えていかなければと考えてはいるのだ。

―――(ここからは性に関するセンシティブな話なので不安な方は読むのをおやめください。読んでくださる方は、お役立ち情報もあるので下線部のクリックを)


そんな矢先、娘6歳から「ねぇ、小学校に上がったら一人で電車に乗らなきゃいけないの?」と聞かれた。どうやら、同じ園のお友だちが私立の小学校に進むらしく、そのため電車通学の話をしていて、自分も一人で電車に乗らなくてならないのかと心配になったらしい。
我が家は引越しの予定もあり、もし引っ越さなくても近くの公立に入れるので、なんなら今の園よりも近くなるくらいだから、電車は乗らないよと伝えると、娘は胸をなで下ろしていた。

「良かった。一人で乗って迷子になったらどうしようかと思った」ホッとした娘には申し訳ないないのだが、私の“そろそろ現実を教えなければいかん”というモードが発動してしまった。

「あのね、娘ちゃん。ママはあなたが一人で電車に乗るのはもうちょっと先にしたいと思っている。でも、いつかは来る。その時はね、あなたが恐い思いをしないようにいっぱい準備をしておきたいと考えてるんだ」
「迷子にならないように?」

「迷子はね、実はそんなに心配していない。ママは、あなたが改札をピッとした時にママにメールが来るように設定しておくから。あと、携帯も持たせるよ。ママやパパくらいにしか繋がらないやつだけど、GPSっていうのが付いていて、娘ちゃんが今どこにいるのかわかるようになるからね。だから迷子になっても、ママに電話してくれれば探し出して迎えに行く。それに駅員さんに言えばママにお電話してくれるはずだよ。ママが迎えに来るまで待たせてもらえる。それよりね、ママがいつも言っているあなたの身体の話が心配なんだ」
「あれでしょ?自分の身体を大切にするとかのやつでしょ?」

私から、徹底的に「『自分を大切に』がわからなかったら、自分の身体を大切にしろ!」と言われている娘は、また野菜食べろ〜とか歯磨きしろ〜とか言われると思ったようだった。

「娘ちゃん、そういう話なんだけどね。ママが心配してるのは、あなたのその大切な身体を勝手に触る人がいるかもしれないってことなの。ママは触られたことがある。すごく嫌な気持ちになった。だから、あなたにその経験をして欲しくない」
プライベートゾーンとかの話?」
「そう。そっちに近い。残念なことだけど、そういうことをする人はいる。それでね、あなたがどんなに気を付けてもプライベートゾーンを隠そうとも、触ったり酷いことをする人がいるの。それをママは心配している。だから、そのための準備をしておきたいんだ」

「私がどうやってても、そういう人がいるなら、どんな準備するの?」
「まずね、携帯にいくつかのアプリを入れるよ。逃げたり声を出したりすることが出来れば良いけど、実際そういう目に遭ったら恐くて動けないと思う。だから、そのアプリを押せば、音が勝手に鳴ってくれたり、自動的に声をあげてくれたりする

「でも、目立っちゃうじゃん。恥ずかしいな」
あなたは恥ずかしいことを何もしていないけれど、静かな電車の中でアプリの音を鳴らすのは嫌かもね。その時は、ピッて押せば、お巡りさんに今そういう嫌な目に遭ってることがわかるアプリも入れておく。あとはバッジね。そういう酷いことをする人はダメですって書いてあるバッジを鞄につけてもらうよ。すごく可愛いしお洒落だから、好きなのを選べば良いよ。ホラ」
「私、このお花のやつが良い!」



「うん。それでね、こういう準備をしても遭う時は遭う。あなたは何も悪くなくても遭ってしまう。その後のお話もしておくね。ママにそれを教えてくれたら助かるんだけど、あなたはママだからこそ言いたくないかもしれない。その時は誰に言う?」
「う〜ん。小学校の先生はまだ知らないからな〜。そうだ!弟君を園に迎えに行く時に、園の先生に言うってのは?」
「それ、すごくイイネ!じゃあ、そうしよう。誰先生に言う?」
「ミホ先生はママに言っちゃいそうだな・・・。サヤ先生か、シオリ先生か、マイ先生かな」
「じゃあさ、ママが弟君をお迎えに行った時に『ママ!ちょっとサヤ先生とお話しして来るね!』って言ってくれる?そしたらママは、あなたが先生とお話ししてる間は弟君と遊んで、そっちに行かないようにするから」

「でもさ、決めておいたら、ママわかっちゃって先生に聞くんじゃない?」
多分あなたは、ママに直接言えないけど知って欲しいって時と、絶対ママには知られたくないって時があると思う。絶対に知られたくない時は『ママ!ちょっとサヤ先生とお話ししてくるね』の後に『だから、こっちに来ないでね』って付け加えてくれる?そしたらママは、何かあったんだろうな知りたいなと思うだろうけど、頑張って聞かないでおくよ。先生からもあなたからもね
「オッケー。そうしよう」


娘とのアレコレを決めたが、そんな話をしていたら私は想像しただけで吐き気がした。もしかしたらと考えるだけで怒りに震える自分を抑えながら「ママ、そんなやつら、全部やっつけちゃいたいな」とつい溢してしまった。
すると娘は「ダメ!やっつけちゃ!」と私を諌めるのだ。
「ママ言ってたでしょ。ダメなことをしちゃっても、それがなんでダメなのか、どうしたらやめられるのかお勉強できる施設があるって。だから、そこに行ってもらえば良いんだよ」

ごもっともだ。娘が言っているのは更生施設やプログラムのことで、普段から依存症の人たちと交流のある私からそのような話を聞いている娘は、やっつけるよりも学びの機会を与えろと言うのだ。
そう。痴漢盗撮だって依存症的な側面がある。性犯罪だってやめられなくて苦しんでいる人が・・・・・・。ダメだ。頭ではわかっていても、いざ自分の娘がそういう目に遭った時に私は加害者を許せる気が全くしない。

だって、普段から依存症の人たちと交流のある私は知っている。女性の依存症患者はいかに性被害体験者が多いか。性被害に遭うとその日から世界は一変する。それが、どれほど長い年月続くのか。

「やっつけちゃダメ」。娘は今そう本気で思って言っているのだろう。しかし、一変した世界でも、そう思えるのだろうか。母である私は、どう思うのだろうか。

しかし、そうやって性被害からもサバイブしている人に出会って来た私はもう一つくらい知っている。
過去を受け入れることと加害を許すことは違う。加害を許さなくとも過去を受け入れ生きていくことはできるのだと。


たまに「あなたに起きたことは全部必要だったのです」とか「運命だから仕方ないね」とか「神様はその重荷を背負える人にしか与えない」とか聞く。
私は散々そんなことを言われて来たけど、そんなチンケな言説には中指立てて抗いたい。性被害に遭うこと、それが必要だったわけねーだろ。そんな運命破り捨ててやりたいし、重荷なんて既に背負えずペシャンコだわ。思い返してみれば、私が子どもの時から今に至るまで、世界はそこそこ戦いに満ちていた。私は戦場のガールズライフの中で、闘争したり逃走したり、ペシャンコになったりして来たんだった。

でも、ペシャンコになっても、それでも毎日は続く。生きていかなければならない。
謝られても、償われても、やっつけても、一変した世界は元に戻ることはなく、踏み躙られた身体はそのまま自分のもとに在り続ける。その身体を抱えて、毎日を日常を生きていかなければならないんだ。
そして、その途方もなく困難な日々をそれでも精一杯送る人達は、ありがたいことに私の周りに、いる。


「やっつけちゃダメ」。多分、そうなのだろう。でもママは本当にわからない。自分ならまだしも、自分の娘がそんな目に遭ったら、私は本当にどうなるかわからない。鬼を退治するつもりで自分が鬼になるかもしれない。
だから、もしその時が来てしまったら、先ゆく仲間達に教えを乞おう。
そして、苦しむ娘にママの苦しむ姿は見せないでおこう。きっと「私のせいでママが苦しんでいる」と思っちゃうだろうから。

娘ちゃん、ママはちょっと仲間達とお話しして来るね。だから、こっちに来ないでね。


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