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『 正夢祈願 』 #2020のゆくえ

えー、毎度バカバカしいお話を一席。

いつの時代も年の瀬というのは雰囲気があるものでございます。大晦日ともなると一年の振り返り、また次の年に想いを馳せるなど、なんだか落ち着かないものです。

無題

砂吉は仕事は真面目にするんですが、酒と女に目がない男でして。女房のさや香にいつも心配ばかりかけさせています。

大晦日も昼から呑み始めると夕方には寝ちまった。夜になってもガーガーといびきをかいてまだ起きてこない。
新年くらいは一緒に迎えたいと思ったさや香が砂吉を起こすのですが。


さや香「ねえ、あんた。起きてよ、寝たまま新年を迎えちまうよ。ねぇ、ねぇってば」

砂吉「おっと、いけねぇ。オイラとしたことが、寝ちまったようだな。最近はめっきり酒に弱くなっちまったもんだ。今、何時でぇ?」

さや香「もう、除夜の鐘が鳴り始めちまってるよ」

ゴーン 

ゴーン 

外からは除夜の鐘の音が聞こえてきます。

砂吉「そうかい。いい時に起こしてもらった。ありがとよ。いや、しかし、変な夢を見ていた」

さや香「どんな夢なんだい?」

砂吉「いやな、今年はひどかったろ。春から疫病だなんだって。だからな、2020年をもう1回やることにしたっていう夢なんだよ」

さや香「あら、あんた。知ってたのかい?世界中のえらい人達が集まって決めたらしいんだよ。来年も2020年にしようって」

砂吉「ええ?!そうなのかい? いつそんなこと決まったんだ」

さや香「さっきだよ。あんたが寝てる間に。これで終わる今年があんまりだっていうんで。
来年は2回目の2020年にするんだってさ」

砂吉「そうかい。じゃあ、ありゃ、正夢だったんだな。いや、予知夢ってやつなのかもしれねぇな。やけに鮮明だった」

さや香「いい夢だったのかい?」

砂吉「いい夢なんてもんじゃねぇよ。来年の一年間を、正月から年末まで通しで見たんだけどな。最高の一年だった。
まず年が明けるとな、嘘みてぇに疫病はピタッとなくなっちまったんだよ。子供たちはマスクを外してみんな外で凧揚げだ。大人たちもうれしくなっちまって、団子屋でみんなで集まってゲラゲラ笑ってた」

さや香「まあ、素敵」

砂吉「春にはお花見だ。目黒川沿いには人がいっぱいだ。肩と肩がぶつかるのも、久しぶりだとなんだか気分がいいもんだ。
向こうから小股の切れ上がったいい女がやってくる。肩がぶつかり、あっと振り返る。お互い目が合うと、何も言わずにスッと手をつなぎ、その後は目黒エンペラー…」

さや香「え? 目黒エンペラーってラブホテルじゃないかい! いい話だと思って聞いてたらなんだいそれ!」

砂吉「あ、いけね。ゆ、夢。夢だよ~。夢の中の話だからな。
でな、夏にはオリンピックだ。こいつがすごかった。日本人選手が大活躍。柔道は全勝、全員金メダル。マラソンでは、最後の最後で逆転優勝だ。会場の割れんばかりの歓声。ふと横を見ると、綺麗なご婦人がいる。『やったー!』なんて抱き合っちまった。すると『やだ、汗が』なんて言うもんだから『ではご婦人。これから汗流せるところに行きましょうか』なんつって!笑」

さや香「あんた、さっきから何バカなこと言ってんだい」

砂吉「ゆ、夢の話だからな。お、俺のせいじゃねぇよ。
それからな、秋には京都へ旅行だ。もうそこらじゅうに外国人がいっぱいいて。道なんか聞かれちゃったりして。パツキンのおフランスのねぇちゃんに『キンカクジは、ドコデスカ?』なんて言われて『では一緒に行きましょうか』と手と手を取り合ってお上品にお散歩とくらぁ」

さや香「ちょいと、あんた!なにやってんだよ!」

砂吉「さ、さや香、夢だって。な、夢。俺の願望とか一切入ってねぇからな。
そして迎えた年の瀬。なんとなんと、オイラが買った富くじが当たっちまうんだよ! それで、どうしたと思う?」

さや香「どうせまた女だろ?」

砂吉「まあな。たしかに女だ。世界で一番べっぴんな女だ」

さや香「ほぉ~ら、やっぱり。もう私のことなんてどうでもいいんだね」

砂吉「当たった富くじの金でな、さや香。俺はお前と二人っきりでハワイ旅行に行くんだ」

さや香「え? …」

砂吉「今まで苦労かけて悪かったな。女遊びもたくさんしたが、俺が本気で惚れてるのはお前だけだ、さや香。最高のハワイ旅行だったぜ」

さや香「お前さん… ありがとう… って!全部夢の話じゃないかい!」

砂吉「まあな。でも。最後のだけは俺の本心だ。俺の願望だ。ああなるといいな」

さや香「そうかい。ありがとね。うれしいよ」

砂吉「いいってことよ」

さや香「あんた、夢見てただけで何にもしてないけどね! (笑)」


ゴーン 

ゴーン 

最後の鐘が突き終わったようです。


さや香「あら、やだ。あんたのバカな話聞いてたら年越しちゃったじゃない」

砂吉「さあ、2回目の2020年の始まりだ。今年はいい年になるといいな」

さや香「そうだね。あんた、新年の初めてのお酒、呑むかい?」

砂吉「おう、そうするか」

さや香「どうぞ」

トクトクトク…

砂吉「じゃ、新年を祝って… いや… ちょっと待てよ… 」

さや香「どうしたんだい?」

砂吉「いや、やっぱり止めておく。酒飲んで寝ちまったら、また夢見るかもしれねぇだろ。せっかく見た正夢の内容が変わっちまうといけねぇ」

さや香「正夢は最後のやつだけにしといておくれ!」


お後がよろしいようで。

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#心灯杯 #2020のゆくえ

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