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雨男

彼女からLINEが入ったのは昨夜の2時過ぎだった。

「元気?久しぶりだね。明日飲まない?」

「久しぶり。うん、元気だよ。じゃあ、あの居酒屋で飲もうか」と理由も聞かずに返信した。

わかっていた。彼女はただ「この世界に私の言葉に応えてくれる人がいる」と確認したかっただけだ。

何があったのかはなんとなく想像できるが問題は、起きた何かではなく、今彼女が孤独を感じているということだ。

少しは安心できだのだろう。その後連絡はなかった。

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朝起きると雨が降っていた。今日は一日中大雨になるらしい。

僕は雨男だ。

大切な時に雨が降るのではなく、雨が降ると良い事がある、というタイプの。

だから朝から雨が降っていると気分がいい。

今日は何か良い事があるかもしれない。

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何年か振りのいつもの店で、いつものように僕は彼女を待っている。

僕の勘違いでなければ彼女とは心を寄せ合っていた時期があった。だが、その時にはお互い深入りできない環境にあり、毎日のように会っていながらも、僕は彼女の手を触れることもなかった。

「ごめんねー、遅くなって。仕事が長引いちゃって」
「いや、俺が早く来てただけだから。仕事、お疲れさん」

そう、いつもこうだった。だいたい彼女は遅れてくる。いつも通りのやり取りだ。

「久しぶりだね。元気してた?あれ?また太ったんじゃない?」
カウンターで横に座る僕の顔を覗き込むようにして笑う彼女。

変わらないな。相変わらず自分勝手だ。僕の心配なんてほったらかしにしたまま、昨夜のことも説明しようとしない。
だけど、それでいい。今日明るくいられるなら、昨日のことなんて忘れてしまえばいい。


お酒がすすみ、お互いの最近のトピックについての話が尽きると、少し間をおいて彼女が言った。

「今日、雨だね。何かいいことあった?」
彼女は覚えていたようだ。ずっと前に、こんなに楽しいのは君と今日のこの雨のおかげだよ、と話したことがある。

「いや、今日はまだ何も」
”まだ”という言葉に含みを持たせてしまったかもしれない。今夜彼女と飲んだその後の展開を全く期待していなかったといえば嘘になる。

「ふぅ~ん。良い事あるといいね」
彼女は微笑んだ。言葉の意味を深読みしそうになる自分を抑える。

一通り美味しいものでお腹を満たすと彼女が言った。

「ねぇ、まだ飲み足りないな。私明日は休みだから、もう一軒行こうよ」
酔うとすぐに眠くなる彼女にしては珍しい事だった。


雨の降る中、僕らは傘の中で肩を寄せ合い歩いた。

僕は雨男。

今夜はいい夜だ。


少し濡れた服のまま、薄暗い照明の中、僕らは静かにゆったりと、お酒を味わった。

三杯目のグラスが空になった。

帰ろうではなく「じゃあ、行こうか」とだけ僕は言った。

もう終電はない時間だ。

彼女はコクリとうなずき席を立った。


僕は雨男。

今夜は僕の夜だ。


店の重いドアを開けると。

「あ・・・」

雨が止んでいた。

見上げると空には綺麗な星たちが輝いていた。


「雨、止んじゃったね」と彼女がつぶやく。

「そうだね… 」


僕は雨男。

タクシーに乗った彼女が手を振る。

思い出した。

そういえば彼女は「私は晴れ女」って言ってたっけ。


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