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世界でいちばん熱い夏

なぜ自分が選ばれたのかわからなかった。応募者は3,000名を超えたと聞いてる。

英語ができるわけでもなくましてやインド語なんて、あれ?ヒンディー語?まあ、どうせわからないのでどっちでもいいが、あいさつの言葉すら知らない。アウトドア経験もほとんどなく、体力だって虚弱体質ではない程度のいわゆる普通の男。それなのになぜ自分が…

最終面接で言われたのは

「あなたは笑顔がいい」

悪い気はしないが、それだけが理由のはずがない。

だけど、もうそんなことはどうでもいい。

あとはやるだけだ。

人生を変えるんだ。

僕はセスナに乗り込んだ。


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『南の島に三ヶ月の滞在!オーディション開始!(賞金1,000万)』

その広告を見たのは半年前だった。

南の島。インドの沖にある島らしいのだが、そこに三ヶ月滞在し、現地の様子を毎日レポートする人を募集しているらしい。

「三ヶ月か… 」

三ヶ月となると普通の会社員では無理だろう。家族がいる人も少し躊躇する可能性がある。

その点、自分にはピッタリだった。

大学を出て勤めた会社は半年で辞めた。次の就職までのつなぎだと思って始めたバイト暮らしは思いのほか長くなり、そうこうしている内にたった一人の身内だった母が他界した。

親しい友達も、恋人もいなかった。その上家族も失い ”誰かのため”という支えがなくなった僕は。毎日を文字通り惰性で生きるようになっていった。

だが、このままじゃダメだという想いは心の奥にいつもあった。

何かを成したい、誰かの役に立ちたい、必要とされたい、そうした気持ちもあった。そんな時だった、この広告を見たのは。


「南の島… オーディションに合格すれば、1,000万… やってみるか」

もう都会の生活にはあきあきしていた。1,000万あれば、人生を変えられるかもしれない。


何度かの面接とテストを繰り返したのち、たった一人の合格者として、僕が選ばれた。

想定していなかったのは合格後の訓練だった。

そのインド洋に浮かぶ島は、いわゆる未開の地で、そこでは自分の力だけで生き延びなければならない。無人島をイメージしたのだが、原住民はいるという。

テレビでよくある滞在モノ。そう考えればわかりやすい。

一人現地に降り立ち、そこでの毎日を衛星電話で報告する。そのための訓練だった。

訓練ではテントの張り方などアウトドア全般の技術を学んだ。食料は、自分で確保する必要はないらしい。降下時に現地に投下してもらえることになっている。

一番驚いたのはパラシュート訓練だった。現地には船では行かず、セスナからパラシュートで降りるというのだ。

まず訓練と三ヶ月の南の島での滞在期間を含めた保険の書類にサインさせられた。僕には身内がいないので受取人は主催者になっている。

死亡時に主催者が受け取る保険金は3億円らしい。
保険金が高いのはリスクが高いからではなく、今回の事例があまりにも特殊で、死亡の可能性がとても低いからだと聞かされた。

パラシュート訓練は最初はタンデムで、その次はいきなり一人での降下だった。だが、かなり低い位置からの降下だったこともあり、数回繰り返すとほぼ目標地点に降りられるようになった。


全ての訓練のカリキュラムが終了した時にも言われた。

「あなたは笑顔がいい。だから大丈夫だと思います」と。


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北センチネル島。インド領にある三宅島より少し大きい程度の島。

2018年の11月中旬、この島に上陸した米国人宣教師が殺害された。

ここには狩猟採集民が暮らしており、彼らは外界との接触を強く拒否し続けている。

2004年のスマトラ島沖地震に際しては、安否確認のために訪れたヘリコプターに対して矢を放つ姿が確認された。

2006年には、カニの密漁をしていたインド人2人が、寝ている間にボートが流され、北センチネル島に漂着した結果、矢を射られ殺害された。インド政府は2人の遺体を回収しようとヘリコプターを派遣したが、住民から矢と投げ槍で攻撃されたため、遺体は回収することができなかった。

現在では、島への接近は禁止されているが、インド政府としてもこのまま放置しておくわけにはいかず、かといって軍を送り込めば虐殺になり、手をこまねいていた。

そこへ日本のある政府関係者が話を持ち掛けた。

「まず一人、民間人を送り込みます。あくまで民間人なので万が一のことがあっても問題は大きくなりません。それがうまくいけば二人目、三人目と徐々に人数を増やしていく。そうして段々と慣らしていけば原住民たちも受け入れてくれるかもしれません」

日本側が開拓後の海洋資源を狙っているのはインド側もわかってはいたが、自分たちのリスクが少ないこの提案を受け入れることにした。だが成功確率がかなり低いこともわかっていた。

心配するインド勢に対し、日本のスタッフは自信を持っていた。

「大丈夫です。法的処理が楽な身寄りのない人を選びます。今の日本には友達も恋人もいない若者がたくさんいるんですよ。そんな人が一人消えたところで…」

「しかし原住民とうまくやれる人を選ばないと。どんな人を選ぶつもりなんだ? 」

「どうせ言葉は通じないんですから知識なんていりません。大切なのは笑顔ですよ、笑顔。日本人の笑顔は世界一ですから。笑顔で近付けば、きっと彼ら原住民にも伝わりますよ」

「武器は持たせるつもりなのかね」

「いりません。笑顔だけで大丈夫、笑顔が一番の武器です。ハッハッハ」


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島が見えてきた。

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「まもなく上空です。降下準備してください! 」

パイロットから指示が入る。

「ラジャー!」

大丈夫、訓練と同じだ。

「ワン、ツー、ゴー!」

声を上げて僕は大空へ飛んだ。

すぐにパラシュートを広げる。

フワっと体が浮いた。


風が気持ちがいい。

下には広がる青い海、そこにきれいなビーチが見える。着陸地点だ。

おや? 森から原住民の人たちが出てきたぞ。

セスナの音で気付いたのだろう。

僕を出迎えてくれるなんて。

どうやら歓迎ムードらしい。


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「おーーーい!」

僕は笑顔で手を振った。

ん? 

今、顔のすぐ横を何か棒のようなものが通り抜けていったぞ。

そうか、鳥も僕を歓迎してくれてるんだな。


いよいよだ。

僕の熱い夏が始まる。

僕はこの島で、人生を変えるんだ。



--Princess princess『世界でいちばん熱い夏』--

8 月の風を両手で抱きしめたら
イマジネーション飛び立つのサヴァンナへ 
輝く銀色のセスナはふたりを乗せ、遥かな国境を今越えるよ
たいくつなイルミネーションざわめく都会のノイズ
ステレオタイプの毎日がほら蜃気楼の彼方に 消えて く
One and only darling 駆けぬけるゼブラのストライプ
Fly with me darling 舞い上がる砂の 嵐
世界でいちばん熱くひかる夏
もうこのトキメキ止めないで


こちらの企画への参加作品となります。

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