【連載小説】#7「あっとほーむ ~幸せに続く道~」笑顔の花が咲く庭
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七
酒宴会場に戻ると、家の中からギターの音色とともに歌声が聞こえてきた。
「なんか楽しそうなことやってる!」
めぐは駆け足で室内に飛び込んだ。
(誰が弾き語りしているんだろう……?)
部屋に入ると、輪の中心にいたのは翼で、気持ちよく歌を披露しているところだった。歌が終わり、一同から拍手が起こる。拍手に応えた翼は、おれに気づくと椅子から立ち上がった。
「あんまり遅いんで、もう戻ってこないのかと思ったよ。鈴宮なんか放っておいて解散しようよって提案したんだけど、めぐちゃんも一緒だからもう少し待ちたいって言われて。それなら歌って待ってるかって話になって歌ってたんだ」
「ふーん。歌、うまいんだな、野上は」
「これでも園で毎日、ピアノの伴奏をしながら歌ってるんでね。ここにピアノがあれば自慢の演奏を聴かせてやれたんだけど……。そうそう、めぐちゃん。プレゼントがあるんだ」
翼はギターを置くと別室に行き、何かを手に持って戻ってきた。
「はい、これ。気に入ってくれると嬉しいな」
「わぁ! 素敵なブーケ! わたしにくれるの?」
「うん。ばあちゃんが手入れしてる花壇の花ばっかりだけど、剪定を兼ねて摘み取っても構わないって言うから」
「ありがとう。えっ、ホントにお庭の花だけで作ったの? お店で買ってきたみたい。すっごくキレイ」
「園芸好きの先生がいてさ、少し前から花の生け方とかブーケの作り方とかを教えてもらってるんだ。……めぐちゃんに喜んでもらえるような花束が作れたらいいなと思って」
「わぁ、嬉しい! 翼くん、さっすがー!」
めぐは一度ブーケをテーブルに置くと、翼の胸に飛び込んだ。めぐをぎゅっと抱きしめた翼は、おれを見てしたり顔をする。
「あんたに、めぐちゃんを喜ばせるテクニックがあるかな? あるならぜひ拝見したいもんだね」
さっきまでしょんぼりしていたのが嘘みたいに自信たっぷりの翼を見て、思わず唇を噛む。まさか、おれのいない間にプレゼントを用意して待っているとは……。
めぐを喜ばせるテクニック。そんなものがあるならとっくにやっている。悔しいけれどおれの取り柄は、生きることに貪欲なことと泳ぎが得意なこと、この年になっても眉目秀麗なことくらい。特別稼ぎがいいわけでもなければ、特殊能力もない。
(おれは翼には勝てないのか……。頑張っても挽回は出来ないのか……。)
悩み始めると、内なるおれたちが声を上げる。
――もう忘れたのかよ? 16歳の悠斗からの手紙を思い出せ。お前には、何も考えずに突っ走れるって特技があるじゃないか。お前の持ち味を生かすしか、この闘いを乗り切る方法はないぜ。それとも、あれか? 今からめぐ好みの男になるために頑張るか?
――いや、めぐの好みは翼も把握してるし、あっちは先手を打ってるから同じ土俵で勝負したって端から勝ち目はないだろうよ。特技を生かすなら、やっぱりいい顔で迫って口説いて……。
――強引に迫るのはよせ。そんなことをして嫌われてみろ、翼の思うつぼだぞ!
頭の中が騒がしい。協力しろって言ったのに、何だってこいつらは自己主張したがるんだ……?
(ああ、やかましい……! しゃべるなら、ちゃんと意見をまとめてからにしろ!)
注意しても、奴らは言うことを聞かない。
――おれたちが「考えて」発言するとでも思ってるのか? 無策で行き当たりばったりなのが鈴宮悠斗だろう?
至極もっともなことを言われて言葉に詰まる。返答できずにいると、一人の「おれ」が突飛なことを言い出す。
――じゃあこうしよう。どうせ、こっちの意見なんて聞いてもらえないんだから、ここは悠斗の好きにさせるっていうのはどうだ?
(は……?)
いきなり見放された気分だった。しかし、奴らは同意する。
――そうだな、こっちが何を言ってもウザがられるなら、ここは黙って見守るのが正解かもしれない。
(おいおい、お前ら。アドバイスなしの方向で意気投合するのかよ……。)
――意見をまとめろって言ったのは悠斗だろ?
(……たしかにそう言ったけど。)
――で、どうするよ? おれたちの言うことを聞くのか、聞かないのか。
(……わかったよ。今回のところはお前らに意見は求めない。おれの考えだけで行く。)
決断を下すと、急に頭の中が静かになった。
さて……。自分で決めるとは言ったものの、現時点で翼に対抗できる手段はない。翼は相変わらずほくそ笑んでいるし、めぐもあいつのそばでニコニコしている。
おれは心を落ち着かせるため一旦その場を離れ、庭に足を向けることにした。
それほど広くはないが、日当たりのいい庭には様々な冬の花が咲き誇っている。パンジー、プリムラ、ノースポール、クリスマスローズ……。冬野菜なんかも植えてある。
花壇の前で腰を下ろしていると、翼と談笑していたはずのめぐがそばにやってきた。
「おばあちゃんは花壇作りの名人なの。90近くになった今でも、季節の変わり目には全部一人で植え替えしてるらしいよ」
「へぇ。……そういえば、おれの母親も庭いじりが好きだったよ。よく、植え替えを手伝わされたっけ。おかげで、花の名前もたくさん覚えちまった」
花に触れない生活をするようになって久しいというのに、見ただけでその名がパッと出て来たのには自分でも驚いている。そしてめぐは、こんなおれに興味を持ったらしい。
「悠くん、花の名前を知ってるんだ! 実はわたし、全然詳しくなくて……。さっきもらったブーケの花名も、後で調べようと思ってたんだよね。……もしかして、分かる?」
「ああ、分かるよ」
「この花は?」
「プリムラ・ジュリアン」
「じゃあ、こっちは?」
「ノースポール。正式名はクリサンセマム」
「え、それじゃあ……これは?」
「……これはブロッコリー。さすがに見りゃ分かるだろ?」
「えー? こんなふうに成るなんて知らないもん」
「じゃあ、これも分からない?」
おれが指さした葉っぱを見ためぐは苦笑する。
「大根でしょう! それは分かるよ! もう、いじわるなんだからー!」
照れ笑いするめぐを見ておれも笑う。
「なんだ、なんだ? 庭が騒がしいぞ?」
笑っているところに翼が割って入る。めぐは笑いながら翼に話しかける。
「悠くんね、花の名前に詳しいの。お庭に咲いてる花の名前をみんな知ってるの」
「ふーん……」
翼はつまらなそうに返事をして、しゃがむおれを見下ろした。
「……あんたにも特技があったってわけだな」
言われてハッとする。自分では全く気がつかなかったが、そうか。これを「特技」って言うのか。
人のことはどうでもいい。『おれ全開』でいけ――。
16歳のおれからの手紙に書いてあった言葉を思い出す。
(そうか。『ありのままのおれでいく』って、こういうことか……。)
唐突に、打開策が見えてきた気がした。
(お袋、ありがとう。あの時、熱心に花の名前を教えてくれて。まさか、こんな形で役に立つとは思ってもみなかったけど、無理やりにでも花壇の手入れを手伝わせてくれたことに感謝するよ。)
◇◇◇
新年会がお開きになり、彰博宅へ戻る。三人が夕方の寒さに手をこすりながらさっさと室内に入る中、おれはそのまま残って庭に回った。
庭、といってもさっき見たのより狭いし、今は見苦しくない程度に刈り取られた雑草ばかりが生えている状態。そこはもはや物置き場と言ってもよかった。気にかけていない時にはなんとも思わなかったのに、こうして見るとなんて殺風景な庭だろうと思う。おれが言うのもおこがましいが、日常が忙しいからと、何の手入れもしないのはあまりにもズボラじゃないのか……?
「悠? 寒くないの? 暖房を入れたから、早く部屋においでよ」
庭に面した窓から映璃が呼んだ。
「映璃。花壇だ。花壇を作ろう」
「えっ?! どうしたの、急に」
「ここを、花でいっぱいにしよう。そうすりゃ、もっと明るい家になる。おれは野上家を、今以上に賑やかで笑顔いっぱいにしたいんだ」
「悠……」
映璃は微笑んだ。
「分かった。悠の好きにしていいよ。正直な話、このスペースをどうにかしたいなって思ってたんだよね。悠が作る花壇かぁ。楽しみだなぁ」
アキ、めぐ。悠が花壇を作るって! 映璃が室内に戻った二人に声をかけた。二人は驚きの声を上げながらやってくる。
「悠くん、うちの庭に花壇を作ってくれるの?! わーい! わたしも手伝うよ! あんな感じのがいいなぁ。……あ、ちょっと待ってて。パソコンでイメージ画像を探してくるから!」
めぐはそういうなり再び部屋の奥に引っ込んだ。やれやれ、忙しい子だ。
「翼くんがいい刺激になっているみたいだね」
めぐを見送った彰博がおれに視線を移し、満足そうにうなずいた。
「ああ。お前とやり合ってた頃を思い出すよ。負けるもんかって気持ちになる。……いなくなってもらうって脅された時はさすがに怖かったけどな」
「あはは。だけど実際、いなくなったと思うよ、あの日の君は。再び過去に引き戻されそうになった君を現実に連れ戻してくれたのは、間違いなく彼だ」
「ああ……」
「ねぇ、ねぇ、悠くん。こっちへ来て。わたし、こんな花壇がいいの!」
めぐに呼ばれて部屋に入る。パソコンの画面を見ると、ローズガーデンばかりが表示されていた。
「……この狭い庭をローズガーデンにしたいと?」
「うん。悠くんならできるよね?」
「できるよね、って……。いきなりハードル上げてくれるなぁ。でもまぁ、やってみるか。めぐも手伝えよ?」
「もちろん! 早速、明日から庭作りしようよ!」
気づけば、おれよりもめぐのほうが張り切っている。この様子なら、庭作りを通しておれたちの心の距離も一気に縮まるかもしれない。
「めぐ」
「ん?」
椅子に座ったまま振り返っためぐを抱きしめる。驚いためぐの耳元でそっと囁く。
「おれは翼と違って格好いいところは見せられないかもしれない。むしろ……父親っぽく接することしかできないかもしれない。だけど、めぐのことは心から愛してる。庭の花がゆっくり成長するように、おれたちの愛もゆっくり育てていきたい……。それがおれの願いだ」
「悠くん……」
「とは言え、次にめぐがデートに誘ってくれたら、いつでも16歳に戻ってハッチャケられる自信はあるけどな。……ああ、そうだ。制服デートでもするか? 確かまだ、捨てずに取ってあったと思うんだ、城南高校の制服」
「えっ! 悠くんと制服デート?! いいね、それしたい!」
「鈴宮、それは流石に無理があるんじゃ……?」
そばで聞いていた彰博に即座に突っ込まれる。だけど発言を取り消すつもりはない。
「何を着ようがおれの自由だろ? それに、お前と違って日頃から鍛えてるし、顔だってそこまで老け込んじゃいないから、高校生でも十分通用する……はず」
「うわっ、そのやたらと自信たっぷりな感じ、懐かしいな。本当に高校の時の鈴宮みたいだ。すごく……腹が立つ。鈴宮たちがするなら僕たちもしようか、制服デート」
彰博が映璃に提案する。
「えっ! もう、アキったらなんで悠に対抗心燃やしてんのよ? やーね……」
しかし、その顔はどことなく嬉しそうである。彰博もそう思ったようだ。
「満更でもなさそうだけど?」
「そりゃあ……あの頃のことを思い出したら心も弾むわよ」
「ははっ、こいつはいいや!」
浮ついた映璃を見てテンションが上がる。
「やろうやろう、制服デート。すっげー楽しそうだ!」
「本気?! 僕たち、46だよ?」
「結婚するのに、年は関係ないって言ったのは誰だ? デートだっておんなじだ」
きっぱりと言い放つと、彰博は大きな声で笑い転げた。彼のこんな姿は未だかつて見たことがなかった。
きっと、おれのことを馬鹿なやつだと思っているに違いない。でも、それでいいんだ。事実、おれは馬鹿だし、それを押し通す方がやっぱりおれらしく振る舞えるみたいだ。そうすることで周りがこんなにも笑ってくれるなら、おれは一生馬鹿をやり続ける。誰になんと言われようとも。
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