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【連載小説】第二部 #9「あっとほーむ ~幸せに続く道~」それぞれの想い、重なる

前回のお話(#8)はこちら

前回のお話:
アルバイト先から帰宅しためぐを待っていたのは、翼の父でもある伯父だった。伯父は、三人暮らしを始めた途端にめぐが実家に戻ってきたことを聞き、翼と喧嘩をしたのではと心配してやってきたのだった。
かつては、いとこのめぐとの結婚に反対だった伯父も、今では翼の幸せを願っているようすで、めぐも翼を愛しているなら結婚してくれないか、と暗に訴える。
なぜ急にそんなことを言い出したのだろう? 不審に思うめぐの前に、伯父が大量の手紙を広げる。それは翼が学生時代に溜め込んだラブレターだった。伯父の帰宅後、めぐは翼の思いが詰まった手紙をすべて読む……。

<悠斗>

 結局、当初の予定より二日遅れで家路についた。自然相手ではどうしようもないが、一人でいる時間が増えた分、それぞれが自分探しに充てる時間も延びたと前向きに考えたい。

 台風が去ったあとの、最初の便に乗った。それでも東京に到着したのは夕方。西日は肌を焼くほどに暑く、実家に帰り着く頃には汗だくになっていた。沖縄との暑さの違いに、ああ、帰ってきたのだと実感する。

 自宅には誰もいなかった。二人には帰り着くおおよその時刻を知らせてある。二人が帰るまでの間、一息つくことにする。

「ただいま、愛菜。ちゃんとこの家に帰ってきたよ」

 蒸し暑い居間の窓を開け、仏壇に線香を上げる。写真の中で笑顔を浮かべる愛菜をみて沖縄で再会した時のことを思い出す。

「もう、決めたからな。二人が帰ってきたらちゃんとお父さんの気持ちを伝える。だから、ここから見守っていてくれよな」

 線香の煙がふわりと玄関の方に向かう。誰かが帰宅したようだ。

「悠斗。先に帰ってたのか」
 翼だった。

「たった今、着いたところだ」

「お帰り」

 翼のことだから熱烈に歓迎してくれるものと思っていたのに、今日はいつもと様子が違う。きっと、各々がこれから告げるであろう「決断」のことを思い描いているに違いない。

 結論次第では、三人がこうして一つ屋根の下で暮らすのも今夜限りになるかもしれない。おそらく翼も同じ想いでいるはず。でなければ、おれを前にして神妙な顔で黙り込んでいるはずがない。

「……沖縄土産をたくさん買ってきたんだ。めぐが帰ってきたらみんなで食べよう」
 沈黙に耐えかねて話題を提供する。しかし翼の表情は硬いままだ。

「……どうした? 一週間ぶりに顔を合わせたんだ、いつものお前らしく振る舞ってくれよ」

「……悠斗は自分探しが出来たのか?」
 翼は深刻な顔つきのまま言った。

「……ああ。だから戻ってきたんだよ。お前も見つけたんだろ? 自分なりの答えを」

「……うん。ちゃんと出したよ。三人が揃ったら言うつもりだ」

 そのとき玄関から「ただいま!」と明るい声が聞こえた。

 笑顔で居間に飛び込んできためぐは、立ち尽くすおれたちを見て一瞬表情を失ったが、すぐに「悠くん、お帰り! 無事でよかったぁ!」と抱きついてきた。そうかと思えば、すぐに身を翻して翼の胸に飛び込む。

「翼くんにもずっと会いたかった……。何度、会いに来ようと思ったことか……」

「俺も会いたかった……。この広い家で一人きりってのはホントに寂しくってさ。一人飯のわびしさも初めて知ったよ。だから今日は三人で晩ご飯を食べるのが楽しみで仕方がないんだ。……もっとも、それぞれの決断次第では憂鬱な食事になる恐れはあるけど」

 翼は厳しい顔つきのまま「座ろうか」と促した。
 全員が一定の距離を取って座る。しかもおれと翼は向かい合う格好だ。
 緊迫した空気が場を支配する。大事な話し合いが始まるとは言え、正直、こういうのは苦手だ。

「じゃあ、まぁ、おれから話そうか」
 和やかに事が進むよう、出来るだけ明るい声で話し始める。

「長い間留守にして悪かった。だけど、おかげで自分の思いにケリをつけることが出来たよ。


 ……おれは、翼とめぐが好きだ。だからこそ、二人が結ばれることを望む。二人が幸せでいることが、おれにとっても幸せなことだと分かったんだ。……おれは彰博たちの家に戻る。そこからお前たちを見守る。これが、おれの出した結論だ」

「出て行ってもらっちゃ困る!」
 翼はすぐに反論した。
「俺の生活には悠斗が絶対に必要なんだよ。だから、アキ兄たちの家に戻る案は認めない! 絶対に!」

「そこまではっきり言うのなら、翼の『決断』を聞かせてもらおうじゃないか。意見を受け容れるかどうかはそのあと決めさせてもらう」

「なら言うよ」
 翼はおれを一瞥し、めぐに視線を移した。


「……俺の想いは後にも先にも変わらない。やっぱりめぐちゃんと結婚したい。将来的には子どもも欲しい。それが俺の出した答えだ。……もう一度言おう。めぐちゃん、俺と結婚して下さい。お願いします」

 翼は深々と頭を下げた。
 改めてプロポーズされためぐは翼の前ににじり寄り、そろえられた手を取る。


「はい。喜んでお受けします」

「めぐちゃん……? 本当に俺を……?」

「うん。……翼くんとの日常には『ときめき』があった。わたしの人生を振り返ってみても、ドキドキする瞬間がそこかしこに。 ……翼くんが学生時代に書いた、わたし宛の手紙を読んだの。伯父さんが持ってきてくれたそれを読まずにはいられなくて……」

「うえぇっ?! あれ、読んじゃったの?! 誰にも分からないところに隠してあったはずなのに……! 父さん、やってくれたなっ……!」

 翼くんは赤くなった顔を両手で覆った。「でもね」と、めぐは続ける。

「嬉しかったんだ。あんなにもわたしのことを想ってくれてると知って、ますます翼くんが好きになったよ……。本当だよ?」

「めぐちゃん……」

「二度目のプロポーズをしてくれてありがとう。わたしも翼くんのことを愛しています。まだまだ至らない点ばかりだけど、一生、翼くんの太陽でいられるように頑張る。ただし、子どもを持つという話だけは、まだまだ先って考えてる。それを許してくれるなら……」

「そりゃあ、もちろん!」

「よかった……。翼くん、これからもよろしくお願いします」
 めぐは、かしこまって挨拶した。

 その様子を見て妙に心が穏やかになる。長年の心配事が解消されたときのように、晴れやかな気分だ。

「いい決断をしたな。うん、これでおれも安心だ」
 うなずきながら告げると、めぐは今にも泣きそうな顔で「ごめんなさい」と謝った。

「……もちろん、悠くんが心から想ってくれてるのは知ってるし、そんな悠くんのことがわたしも大好きよ。だけど、だけどね……? わたしにとって悠くんはもうすでに『家族』なのよ。だからこの先、二人で家庭を築く未来を思い描くことがどうしても出来なかったの……。

 パパから結婚話をもらったときの悠くんは本当に衰弱していたから、わたしがそばにいてあげなきゃって気持ちが強かった。だけど、一緒に暮らす中で悠くんは元気を取り戻していったよね? 結婚していなくても、笑い合う日々が悠くんの心を回復させた……。

 それに気づいたとき、はっきりと分かったの。悠くんに必要なのはわたしとの結婚生活じゃない。共同生活だ、って。同時に、悠くんに抱いている『好き』の気持ちは、実は『恋心』ではなくて『友情』や『家族愛』だった、ってことにも……。

 ショックだった……。悠くんを愛してはいなかったんだと分かったときは。でも、一度気づいてしまったら、もうそれ以前の気持ちには戻れなくなってしまった……。わたしはもう、悠くんを恋人として愛することができない……。許して下さい……」

 めぐは頭を下げた。

「謝るのはよせよ。おれの気持ち、聞いただろ? おれだって……めぐとは愛し合えない。そうするのは違うって気づいたのはおれも同じだよ。お互いの幸せのために必要なことがなにか、おれもめぐも自分で気づけた。それでいいじゃないか」

「それは、そうなんだけど……」

「翼、めぐ。末永く幸せにな。……うん、やっぱりおれはここから出て行く。その方がきっと……」
 
「おいっ! なんでそうなる? 勝手に締めくくるなっつーの!」
 すべてが丸く収まった。この話はめでたしめでたし、のはずが、翼にツッコまれる。

「そうよ。どうして出て行っちゃうの? 今の話、ちゃんと聞いてた?」
 めぐにまで憤慨される。

「何だよ、お前ら。二人の気持ちが一致したんだから、はみ出したおれはこの家を去る。自然な流れだろ? それとも、お前らがここを出てって二人暮らしをするか?」

「いやいや、どっちも違うって! 言っただろ? 俺もめぐちゃんも、悠斗とは一緒にいたいんだって。なのに悠斗は出て行くなんて言う。それって、俺からすれば単なる逃げにしか聞こえないんだよ。俺たちの幸せを願うと言うなら、そう決断したんなら、最後まで見届けろよ!」

「そうだよ。恋愛感情は抱けないって言ったけど、一緒に暮らせないなんて一言もいってないんだから!」

 めぐはそう言って指輪を目の前に差し出した。それを見た翼も同じようにする。

「めぐちゃんの言うとおりだ。俺は、俺とめぐちゃんが結ばれても三人暮らしは維持できる、と思ってる。……悠斗。本当は間近で俺たちのことを見守りたいと思ってるんだろ?」

 すぐに否定しようと思ったのに、声が出なかった。翼は続ける。

「格好つけたつもりかもしれないけど、強がってるのがバレバレなんだよ。何年一緒に暮らしてきたと思ってる? あんたが寂しがり屋だってことは俺もめぐちゃんもよく知ってるよ。だから、変な気を遣わなくていい。……大丈夫。悠斗とはこれからも裸の付き合いを続けていくつもりさ。悠斗のことは友人として好きだからね」

「やれやれ……」
 寂しがり屋であることは事実だし、それと知ってて一緒にいようといってくれるのは嬉しい。が、これまで以上に愛し合う二人のそばで暮らすのは正直、気恥ずかしいとの思いがあった。しかし、翼もめぐも、おれを手放してはくれないようだ。

「少し離れたところから見守ろうと思っていたのに。そこまで言われたんじゃ、仕方がないな……。裸の付き合いは構わないけど、めぐに嫉妬されない範囲で頼むよ。この前みたいに、部屋に乱入されるのは勘弁だからな」

 先日のエピソードを思い浮かべながらそう言うと、二人は顔を見合わせて苦笑したのだった。

 翼の言うようにおれたちの三人暮らしはこれからも変わらずに続いていくんだろう。

 それぞれがはじめから抱いていた想いを見つめ直し、けじめをつけただけ。しかし、それをしたことによってこの先も三人で暮らしていける。彰博に心配されたようなことが――めぐの妊娠を機におれと翼の関係が崩れるようなことが――起きる事はおそらく、ない。

「よーし! これで今夜の飯はおいしく食べられるぞっ! 早速支度するわー! 食材は買ってあるんだ」
 翼が勢いよく立ち上がって台所に向かう。

「あっ、わたしも手伝うよ!」
 めぐも続く。日常が戻ってきたと感じて嬉しくなり、自然と口元が緩む。

「で、今日の晩飯は?」

「ゴーヤーチャンプルー。沖縄の話を聞きながら食べようと思ってな」

「……それ、向こうにいる間、毎日くってたんだけど……。まぁ、いっか」

 翼の作るそれはきっと味付けが違うはず。だったら味比べだ、と考え改める。おれはまだ開けていなかった旅行かばんから、沖縄土産を取り出し始めた。

 久々に賑やかな夕食だった。やっぱりおれは三人でいるのが好きなのだと改めて知る。

 その雰囲気のまま修学旅行気分で雑魚寝しようと考えていたのに、めぐも翼もそれを拒否した。そして五人暮らしをしていたときのように、めぐは翼と「おやすみ」の抱擁とキスを交わしたあとで一人床につき、翼も翼で何ごともなかったかのようにおれと共有の寝室に向かったのだった。

「……本当にいいのか?」
 慌てて後を追いかけ、横になろうとしている翼に声を掛けた。しかし翼が無理をしている様子はない。

「今日は悠斗と二人きりがいいんだよぉ。めぐちゃんと、一対一の恋仲になれたってだけで今夜は満足してるから。……悠斗、ありがと。俺は今、メチャクチャ幸せだ」

「礼なんていらねえよ。おれはおれが幸せだと思う道を選んだだけなんだから」

「でもさ……。俺は思うんだ。アキ兄が悠斗に結婚話を持ちかけること無しに俺がめぐちゃんにプロポーズしていたら、きっとこういう結果にはなってなかっただろうって。悠斗と俺が争って、二人ともめぐちゃんに愛されて、それぞれの想いを再確認する時間を持つことが出来たから最終的に選んでもらえたんだ、って。だからやっぱり、悠斗には感謝すべきだと思ってる」

「……そう言われればそうだな。遠回りに思えても、そうしなければ得られないことがある。……おれの人生がまさにそうだ。五十近くまで生きてようやく、これが本当の幸せってやつなんだと実感できるようになったんだから。彰博と映璃を巡って争っていたときも、お前に『殺してやる』って言われたときも、まさかこういう結果に繋がるなんて思いもしなかったさ」

「だよなぁ。俺だっておんなじさ」

「……めぐを幸せにしてやってくれ。頼んだぜ」

「おいおい、俺たち二人でめぐちゃんを幸せにするんだろ?」

 『二人ひと組』を強調され、改めて翼の優しさを知る。いや、翼はおれと協力すればめぐを二倍幸せにしてやれると思っているのかもしれない。

「ああ、そうだな。おれたちでめぐを幸せにするんだったな」

 翼と相まみえるまでは、喧嘩別れすることも覚悟していた。だけど、翼もめぐもおれを放り出すどころか、引き留めてくれた。

「翼。おれと家族になってくれてありがとう。おれも今、メチャクチャ幸せだ」

「何言ってんだか。俺が悠斗と一緒にいるのは、純粋にあんたが好きだからだよ。人柄に惚れてるから。でなけりゃ、家族になんてなってないって」

「……なぁ、一つ聞いていい? いまの翼にとって、家族って何?」

 聞いてみたかった。一つの区切りがついた今、翼が家族をどう捉えているのかを。しかし翼はおれの問いを笑い飛ばした。

「はぁ? 家族の定義なんてどうでもいいだろ? 俺たちが心地よく一緒にいられればそれでいいじゃん? 今が幸せなら、その感覚を大事にすればよくね?」

 それを聞いて、おれは「家族」にこだわっていたのかもしれないと思った。天涯孤独になってしまったおれをこの世に留めてくれる、それが「家族」であるかのように思い込んでいたのかもしれない、と。

 どうやらおれという人間は、生きる理由を何らかの言葉に置き換えてしがみついていなければ不安らしい。だけど、今おれが心地よく生きていると感じているのであれば、あえて言葉にしなくたっていいのだと翼に教えられた。

「……そうだよな。おれがあーだこーだ考えるなんて、らしくないよな。これからも行き当たりばったりで生きてきゃ、それでいいんだよな」

「そうそう。あんたは考え込むとネガティブ思考になる癖があるからいけない。脳天気で頼むぜ。そっちの方が俺も好きだし」

「分かったよ。じゃあ、まぁ、そうやって暮らしていけるようにこれからもサポートよろしくな」

「オーケー。こっちこそ、よろしくー」
 おれたちはそう言って互いに突き出した拳を合わせた。


(第9話の続きはこちら(#10)から読めます)


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