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【連載小説】第二部 #10「あっとほーむ ~幸せに続く道~」叶えたい願いと譲れない想い

前回のお話(#9)はこちら

前回のお話:
沖縄から悠斗が帰郷し、三人は再会した。そして一人きりで過ごす間に決意した想いをそれぞれに告げる。悠斗は翼とめぐの幸せを見守る道を選んだ。そして翼とめぐは互いへの愛を一層募らせて婚約を交わす。
若い二人が無事に結ばれたことに満足した悠斗は、良かれと思って家を出ることを提案したが、家族としてそばで見守って欲しいと二人に懇願され、出て行くことを断念する。こうして鈴宮家での三人暮らしはこれからも続いていくことになった。

<翼>

 めぐちゃんの誕生日ケーキで当たりくじを引いた時から幸運体質になったと思う。めぐちゃんが俺を選び、また悠斗が俺たちの結婚を後押ししてくれる……。俺が思い描いていた最善の未来が現実のものになったのだから。

 もっとも、迷うめぐちゃんの気持ちを固めた決定打が俺の書きためたラブレターにあるのなら、それを手渡してくれた父には感謝しなければなるまい。

 その父の元を訪れてかしこまった挨拶をするのは週末に……と考えていた。が、その前にあちらから電話がかかってきた。

 ――じいちゃんが倒れた。いつ最後になるか分からないから、早めに顔を見せて欲しい。

 そういう内容だった。

◇◇◇

 祖父はすでに九十歳を超えている。あんまり元気だから、このまま百まで……などと考えていただけに、急な知らせには驚いている。が、悠斗の両親がすでに他界していることを思いだし、いつその日が来てもおかしくはない年齢に達しているのだと再認識する。

 祖父の入院した病院にはめぐちゃんと一緒に向かった。父からは余命幾ばくもない状態だと聞かされていたからかなりの覚悟をしていたが、俺とめぐちゃんが声を掛けると、閉じていた目をぱっと開いて笑顔を見せた。

「おお……。翼に、めぐか。相変わらず、仲良くやってるのかい? 彰博の友だちの……なんとか君とは決着したのかい?」

(開口一番に聞くのが、それか……)
 祖父の中で目下、一番の心配事なのだろう。俺は笑顔を作り、めぐちゃんの肩を抱いた。

「うん。喜んでよ。俺たち、婚約したんだ。アキ兄の友だちの悠斗も祝福してくれてる。だから、安心して」

「そうか……。やったな、翼。じいちゃんは嬉しいよ。……結婚が決まったなら、ひ孫もすぐだな? よーし。こんなところはすぐに退院だ。ひ孫の顔を見るまでは、じいちゃんも頑張らないと!」

『えっ……』

 俺たちは同時に声を発した。祖父の気持ちは分かるし、叶えてやりたいのは山々だが、俺は「子どもはまだまだ先」と言っためぐちゃんの意思を尊重しようと決めたばかりだ。

「……とにかく、早く元気になってよね? 結婚披露宴にはおじいちゃんも招待したいから。入院してたら呼べないじゃん?」

 めぐちゃんは「ひ孫」から話を逸らそうとした。が、祖父はめぐちゃんの手を取ったかと思うと、じっと彼女の顔を見つめる。

「めぐ。子どもは早く産んだ方がいいぞ? じいちゃんとばあちゃんは結婚も子どもも遅かったから、子育て期はなかなかしんどくてな。彰博の時はとりわけ苦労したもんだよ。めぐにはそんな思いをして欲しくない。分かるな?」

「う、うん……」

「翼。早くめぐに赤ちゃんを抱かせてやりなさい」

「いやぁ、じいちゃん、こればっかりは……」

 困惑していると、ドアを叩く音とともに看護師さんが入ってきた。検温の時間だという。
「じいちゃん、また来るから」
 俺たちはこれ幸いとばかりに部屋を抜け出した。

 父とアキ兄はロビーで待っていた。
「じいちゃん、元気そうだったよ。ひ孫の顔を見るまで頑張るんだって。あれならすぐに退院できるんじゃないの? あー、心配して損したー」

 おちゃらけて言うと、父とアキ兄は顔を見合わせた。
「話が出来たのか……? 昨日までは声も出せない状態だったのに」

「えっ……」

「ひょっとしたら、二人の結婚報告を聞いて元気を取り戻したのかも。……おじいちゃんは二人の結婚を密かに楽しみにしてたからね」
 アキ兄までそんなことを言う。今度は俺とめぐちゃんが顔を見合わせる番だった。

 バイクで帰宅する道中、いつもはおしゃべりのめぐちゃんが一言も話さなかった。じいちゃんのことを考えているに違いないが、言われた「あのこと」に思いを馳せているのか、長くはないじいちゃんとのこれからについて思い巡らせているのかは分からなかった。

 悠斗の家には程なくして着いた。
「おじいちゃんを喜ばせてあげたいよね……」
 バイクを降りためぐちゃんがようやく声を発した。そして俺の胸に身体を預ける。

「……後悔したくない。おじいちゃんの、最後の願いを叶えてあげたい。だけど、わたし……」
 気持ちが揺れているのが分かった。めぐちゃんをぐっと抱きしめる。

「……何も子どもの顔を見せることが、じいちゃんを元気にする唯一の方法ってわけじゃないだろ? これからちょくちょく俺たちが顔を見せに行くのでも、じいちゃんはきっと喜んでくれるんじゃないかな」

「翼くん……」

「……じいちゃんだって、本気であんなことを言ったんじゃない、と俺は思う。大丈夫、めぐちゃんは自分の気持ちを……」

「…………!」
 言葉の途中でめぐちゃんは泣き出し、家の中に入ってしまった。

(どうして……)
 理由が分からず途方に暮れる。が、後を追いかけようとしてハッとする。

(もしかして、めぐちゃんは俺が子どもを作ろうと言うのを期待していた……? まさか、な……)

◇◇◇

 その晩、仕事から戻った悠斗に今日の出来事をすべて話した。俺の気持ちもすべて。

「翼は正しい判断をしたとおれは思う」
 悠斗は、落ち込んでいた俺を励ますかのように言った。そしてこう続ける。

「どれだけ他人の幸せを願っても、自分が幸せじゃなかったら意味がない。……今の話を聞く限り、めぐは自分の気持ちよりオジイの願いに重きを置こうとしている。それで子どもを作ったって本当の意味で幸せにはなれないよ」

「うん」

「めぐは誰からも愛されて育ってきたから、受けた恩を返したいって思いがあるのかもしれない。だけど、受けた恩ってのは、残念ながら直接本人に返すことはできない。そういうものだ」

 相変わらず、悠斗の言葉は深く、重みがあった。うなずいていると、悠斗が俺をじっと見据えた。

「翼の気持ちは決まってるんだろう? まさか、めぐがオジイの言葉を聞いて考えを変えたらお前の気持ちも変わる、なんてことはあるまい?」

「……どういう意味?」

 俺の問いに、彼は言うかどうか迷っているそぶりを見せたが、やがてゆっくりと語り始める。

「……先日、沖縄で娘の魂と対話したんだけど、そのとき『もうすぐこの世に生まれ変われる』と聞かされてな。一瞬、おれの子として生を受けたいと言う意味じゃないか? と思って尋ねてみたんだよ。そうしたら……」

「そうしたら……?」

「娘に怒られた。それを決めるのはお父さんだって。……おれは娘に決めて欲しかったんだ。めぐとのこれからを。娘が『そうだ』と言えば、おれは娘の願いを叶えるという大義名分のもと翼を切り捨てられるからな……。おれは自分が傷つかないための一言が、隠れ蓑が欲しかった。娘の言葉でそのことに気がついたんだ。

 ……おれはずっと、愛菜にはこの世で生き直して欲しいと願っていた。可能ならばおれの元で。でもその願いの裏側にあるのは、失われた時を取り戻したつもりになって『これでよかったんだ』と、つかの間の安心感を得たいという思いではないのか……。そんなことのためにめぐを利用し、翼を傷つけていいのか……。沖縄で一人旅をするうちにそう思うようになったんだ」

「悠斗……」

「娘はこうも言ったよ。おれが幸せでいることが一番大事なんだって。だから一生懸命考えたよ。おれの幸せってやつを。で、真っ先に浮かんだのは何だったと思う?」

「……めぐちゃん?」

「惜しいな」
 悠斗は苦笑した。

「めぐと、お前の笑顔。そこにおれが加わって一緒に笑ってる。それが何より幸せなことなんだって気づいたんだよ。その瞬間、お前にめぐを託そうと……。そう、決意することが出来たんだ」

「決意……」

「だから翼にも、自分の幸せを第一に考えて行動して欲しいと思ってる。もちろん、めぐやオジイを喜ばせたいのは分かるけど、それ以前にお前自身を大切にしないと」

「うん」

「もう一度聞こう。オジイの言葉を聞いて、お前の気持ちは揺らぐのか、揺らがないのか」

「俺の心は決まってる。めぐちゃんが真におれと『子育てしたい』と願い、心と身体を預けてくれたとき、俺も彼女を愛すると。……決して、じいちゃんの願いを叶えるために焦って子どもを作ったりはしない」

 そう。悠斗に言われるまでもなく、これは年の差が十一あるのを承知の上で結婚を申し込んだときから決めていたことだ。彼女が自らの意思で子どもを持ちたいと望むその日まで待つ、と。

 おれの返事を聞いた悠斗は何度もうなずいた。
「……翼。今すぐめぐのところに行ってこい。そしてちゃんと話し合ってこい」

「…………」

「どうした? そこまで固い意志を持っているなら、めぐがなんと言おうと押し通せるはずだろう?」

「……そうだな」

 俺は長年の想いを成就させてめぐちゃんと婚約したのだ。今回のことは、今までの困難を思えばなんと言うことはない。きちんと話し合えばわかり合える。そう信じてぶつかるしかない。そう。逃げちゃ、いけないんだ。

「わかった。それじゃあ行ってくるよ」

「ああ。……そうだ、一応渡しとくぜ」
 手渡されたものは避妊具だった。

「……なんで悠斗がこんなものを持ってんだよ?」

「ま、細かいことは気にすんな。だけど、今のお前らには必要なものだろう? その気がなくたって、ことが始まりゃ理性なんてぶっ飛んじまうものさ。持っておいて損はない」

 黙ってポケットに押し込むと、悠斗はにやりと笑った。

 悠斗に妙なものを握らされたせいか、めぐちゃんの部屋をひとりで訪れるだけで心臓が高鳴ってしまう。しかし、ここまで来た以上、引き返す訳にもいかない。

「めぐちゃん……。話があるんだけど、入っていいかな?」
 返事を待つ。程なくしてドアが開いた。

「話って、なに……?」

「二人の、これからの話」

「……入って」
 
 一人でめぐちゃんの部屋を訪れるのは、実は初めてかもしれない。ベッドと勉強机、本棚の周囲を埋め尽くすように飾られた家族写真は、めぐちゃんがいかに愛され育ってきたかを物語っている。そして一番のお気に入りなのだろう、今年の正月に撮った家族の集合写真が目立つところに置いてあるのを見て「ああ、めぐちゃんは本当に家族を大事に思っているんだなぁ」と実感する。

「……このときはまだ、じいちゃんもシャキッとしてたんだけどなぁ」

 写真を見ながら呟くも、めぐちゃんは何も答えず、俺の後ろに立ち尽くしている。俺は振り向き、彼女を抱きしめる。

「めぐちゃんはじいちゃんと俺と……どっちが好き?」

「どっちって……。そりゃあ翼くんよ……」
 しかし、見上げた顔には明らかに迷いがあった。

「本当に……?」

 めぐちゃんの本心を確かめたくて、ちょっと強引にベッドに押し倒す。悠斗ならこうするだろうか……と想像しながら、恥じらう彼女を無理やり抑えつけて唇を奪い、舌を絡める。

「つ、つばさ……くん……。や、やめて……!」

 嫌がっているのが分かった。それでも俺はやめずに、彼女の服を無理やり脱がせようと引っ張った。

「やめてっ……!」
 ものすごい力でベッドから突き落とされる。

「いってぇ……!」

「あっ……」

 彼女は気まずそうな顔で俺に手を伸ばしかけたが、にらみ返すとその身を縮めた。俺はぶつけた背中をさすりながら言う。

「……これで分かっただろ。じいちゃんのことを思いながら俺に抱かれようだなんて、百年早いってことが」

「…………」
 高揚しためぐちゃんは、更に顔を赤くしてうつむいた。

(くっそー。かわいすぎるぜ……)

 俺は一度深呼吸をして身なりを整え、めぐちゃんの隣に腰かける。そしてその唇に今度は優しくキスをした。

「……俺はね、めぐちゃんとは穏やかな気持ちで愛し合いたいんだ。じいちゃんの想いに応えたいのは分かる。だけど、それを理由に焦るようなことはしたくない。……そっちの方が後悔するって分かってるから」

「……ごめんなさい」
 めぐちゃんは声を震わせ、俺の胸に顔を埋めた。

「おじいちゃんの死が迫っていると知って、怖くなったの……。おじいちゃんのために何も出来ないままお別れするなんて考えられなくて、それで……」

「ひ孫を作ればって考えたんだよね? うん、そうだと思った」

「だけど……。翼くんに強引に迫られて、改めて分かった。やっぱり私にはその覚悟がなかったんだって。……ごめんね、突き飛ばしたりして。痛かったよね?」

「ううん、大丈夫。俺の方こそ、怖がらせてごめん。ああいうのは全然趣味じゃないんだけど、めぐちゃんの本心を引き出したくて、ちょっぴり演技させてもらった」

 頬を染めた彼女と見つめ合う。無理に笑った彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。それを、そっと拭う。

「めぐちゃん。君には笑顔がよく似合う。ずっと笑っていて欲しいとも思う。だけどね、もし、じいちゃんとの別れを想像して悲しくなっちゃったなら、我慢せずに泣けばいい。めぐちゃんには、俺たちがいるんだから」

「翼くん……」

「大好きな人にぎゅっとしてもらったら笑顔になれる。……これ、めぐちゃんの言葉だよ?」

「あっ……」

「だから、ね? 無理しないで。それにさ、じいちゃんは俺たちが会いに行ったら元気が出たみたいだし、きっとこのまま良くなってくれる。……そう、信じようよ」

「うん。そうだね」
 彼女はようやくいつものように笑った。


(第10話の続きはこちら(#11)から読めます)


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