【連載小説】第二部 #8「あっとほーむ ~幸せに続く道~」めぐの決断
前回のお話(#7)はこちら
<めぐ>
八
アルバイト先から帰るのが遅くなってしまったが、仕方がない。両親には社会勉強をしていたと連絡済みだし、オーナーの一人、隼人さんが家の前まで送ってくれたのだから文句はあるまい。
しかし、ようやく休めると思ったのもつかの間。リビングにはパパとママ、そしてなぜか伯父の姿があった。こんな時間に訪ねてくるなんて珍しい、と思ったが、よくよく話を聞いてみれば父ではなく、わたしに会いにきたというではないか。
「いやぁ、めぐちゃんがワライバで働き始めたって聞いたもんだから、どんな様子か知りたくなってさ。急だけど、寄り道させてもらったってわけ」
伯父には「ワライバ」でアルバイトを始めたことは伝えていない。言うとしたらパパくらいのものだ。
「しゃべったの?」
問いただすと、パパは困ったような顔をした。
「店の名前を言っただけだよ。パパだって、まさか兄貴の野球部時代の後輩が経営してる店とは知らなかった」
「おれの後輩は理人の方だけどな。店を開いたときに一度だけ顔を出したことがあるんだけど、まさかそこでめぐちゃんがアルバイトを始めるなんてびっくりだぜ。相変わらず、口は悪いんだろうなぁ。めぐちゃん、あいつの下でやっていけそう?」
「あはは……。ご心配なく。理人さんも隼人さんも気のいい人たちですし、やってくるお客さんもそれを知ってて訪ねてきてるので、わたしも居心地がよくって。……気になるなら、今度伯父さんも遊びに来て下さいよ。きっと大歓迎されますよ」
わたしがそう言うと、伯父は「そうだなぁ」と呟いたきり黙り込んでしまった。
「ワライバ」の話を聞きに来たわけじゃない、と直感する。それにこの程度の雑談なら、わざわざ仕事帰りに我が家に寄ってわたしの帰りを待ったりはしないはずだ。
案の定、色々寄り道をしながらやっと切り出したのは、翼くんのことだった。
「翼とは、三人暮らしを始めたって聞いたんだけどな……。喧嘩でもしたの? それとも、あいつが何かめぐちゃんの気に触るようなことをしちゃったのかな?」
伯父は翼くんとわたしのことを心配していたらしい。これもパパが話したのだろうか。まったく……。知れてしまったのなら仕方がない。わたしは正直に告げる。
「……翼くんは何も悪くありません。わたしに、三人で暮らす覚悟が足りてなかったのが原因なんです。……年齢的に大人の仲間入りを果たしただけではダメだったと気づきました。それで今は、自分と向き合う時間を取るためにここへ……。わたしがアルバイトを始めようと思ったのも、成長したいという気持ちがあったからで」
「なるほど……」
伯父はほっと胸をなで下ろした。そしてこう続ける。
「めぐちゃん。翼は頼りないところもあるだろうけど、本当に心の優しい子なんだ。一度決めたことはやり通す男でもある。そこはぜひ評価してやってくれないかな」
それは暗に「翼と結婚してくれないか」と言っているようなものだった。戸惑っていると、パパが横から助け船を出す。
「兄貴。二人の……いや、三人の問題に親が口出しするのはやめよう。みんな大人なんだ、それぞれの考えで動いているし、結論だって彼ら自身で出すはず。僕たちは見守ることしか出来ないよ」
「何だよ、息子の幸せを願ってなにが悪い? それとも何か? 翼が鈴宮君に劣るとでも?」
「そんなことは言ってない。親がなんと言おうと、最後に決めるのは当人たちだって言ってるんだ」
「なら、別におれが翼を推薦したって構わないだろう? 押しつけてるわけじゃないんだし」
「……これ以上、めぐを混乱させるのはやめてくれないかな。めぐは今、悩みを抱えてうちに戻ってきてるんだから」
パパがわたしを擁護した。しかし伯父は引かない。
「翼もいい年だ。親としては、相手がいるならそろそろ身を固めて欲しいってだけの話だよ。それが従妹のめぐちゃんって言うのはすぐには受け容れがたいけど、あいつがそう決めたならおれは応援するまでだ」
「めぐが高校生だってことを忘れないように」
「高校生だろうが、大人であることには違いないだろう? おれだって結婚は早かったけど後悔はしてない。何ごともタイミングってのはある」
「兄貴は今がそのときだって言いたいわけ? そんなのは親のエゴだ」
「んだとぉ? お前だって鈴宮君とめぐちゃんを結婚させようとしてるじゃないか。自分のことは棚に上げて、よくもそんなことが言えるな!」
「ちょっとお義兄さん、落ち着いて! 子どもの前で喧嘩はよしてください!」
ママが仲裁に入った。それでも、一度言い出したら止まらないのが伯父だ。なおも続けて言う。
「めぐちゃん。翼は君を一途に想っている。愛を貫こうとしている。めぐちゃんも翼を愛してるというのなら、あいつの気持ちを受け止めてやってくれないか」
「どうして伯父さんがそこまで……?」
「……これ」
伯父はそう言うと、かばんの中から何かを取りだし、テーブルの上に広げた。
「……家の中を整理してたら見つかったんだ。引っ越しのとき持って行かなかったってことは、本人も忘れてるんだろう。だけど、こんなものを見ちゃったら、黙ってられなくてな。まぁ、読んでやってくれよ」
伯父が持ってきたもの。それは「めぐちゃんへ」と書かれた大量の手紙だった。
「……読んでも……いいんでしょうか?」
「翼からめぐちゃんに宛てたラブレターだ。渡すつもりがなかったのだとしても、ここにはきっと翼の想いが詰まってるはず。……もし、読んだことを咎められたら、そのときはおれが謝るから。じゃ、頼むよ」
そう言って伯父は椅子から立ち上がり、支度を済ませるとあっという間に帰って行った。
「やれやれ……。兄貴の強引さにはついて行けないよ」
伯父を見送ったパパはため息をついた。
「めぐ。兄貴は読んでくれって言ってたけど、読むかどうかはめぐ次第だ。分かってるね?」
「うん……」
しかし、わたしの心はすでに決まっていた。温かみのある翼くんの文字がテーブルいっぱいに散らばっているというのに、どうしてこれを読まずにいられるだろうか。
わたしは手紙をかき集め、自室に持っていった。そしてその中から一つ選び、封を開ける。
『めぐちゃんへ――
ああ、めぐちゃん
君は俺の太陽だ
太陽がなければ生きられないように、
君がいなければ俺は生きていくことができない
君の声はまるで鳥のさえずりのよう
ああ、いつか君の声で目覚めることが出来たなら……
愛し君よ
君のさえずりに
俺も歌で応えよう
新しい曲を携えて
君が笑えば俺も笑う
君は俺の世界、いや宇宙だ
どうしようもなく愛してる
俺の想いをどうか、受け取って下さい
翼』
その言い回しに、思わず笑ってしまう。他の手紙も同様に、どれも翼くんらしい表現でわたしへの思いが綴られており、次第に心が満たされていく。
読んで行くにつれ、彼と過ごした楽しい日々や思い出もよみがえってきた。遊園地や動物園に連れて行ってもらったこと。教科書に載っているお話を、一人で演じ分けて朗々と読んでくれたこと。わたしも役者になりきって一緒に演劇の練習をしたこと……。
わたしにとって翼くんは兄であり、憧れの人であり、一緒にいるだけで楽しい気持ちにしてくれる人だった。特に演劇部に入ってからの翼くんは「かっこいい」としかいいようがなく、当時小学生だったわたしは彼が遊びに来るのを心待ちにしていたものだ。
それから数年。気づけば翼くんのことが好きになっていた。ただ、中学生の「好き」が大人の翼くんの「愛してる」と同レベルであるはずもなく、このときはまだ彼の想いに気づくことが出来なかった。彼の本気度を知ったのは言わずもがな、彼が悠くんと恋敵になったあとである。
憧れから生じる「好き」が「愛」に変化したのもこのとき。
彼は一歩も引かなかった。むしろ、悠くんというライバルの登場後はより積極的にわたしを愛そうとしてくれた。伯父の言うとおり、一途に、わたしだけを……。
その瞬間、はっきりと分かった。わたしが心から恋い慕っているのがどちらなのか……。
迷いはなくなっていた。何度問い直しても、わたしの中で一つの答えが出てしまった以上、それが覆ることはもう、ない。
――ちゃんと納得できるときが訪れる。最適なタイミングで。
――何ごともタイミングってのはある。
奇しくも、二人の「おじさま」が同じことを言った。これはもう、受け容れるしかあるまい。
わたしが「ワライバ」で働き始めたことも、そこのオーナーが伯父の後輩だったことも、そして伯父が翼くんの書いた手紙を見つけてわたしに見せたことも、すべてが最適なタイミングで起きた結果だろうから。
(神様。これからもどうか、わたしたちを見守っていて下さい。お願いします……)
最適なタイミングで出会いをもたらしてくれた神様だ、私のこの想いも聞き届けてくれるはず。そう信じ、長い間祈り続けた。
(続きはこちら(#9)から読めます)
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