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【連載小説】第二部 #7.5「あっとほーむ ~幸せに続く道~」その先へ…

今回は、第七話の続きではありますが、番外編ということで、
サブキャラの「かおり」が語ります。

登場人物紹介:

かおり:
同性愛者と知りながら、純を愛し続けている。彼とは同じ仕事をしながら一緒に暮らしているが、『正常』な感覚を持つかおりは時々、純の温もりが欲しくなって苦しむことがある。

純:同性愛者として生まれたが、かおりと接する中で彼女に対する尊敬の念が芽生え、通常の恋愛は出来ないけれど、ともに支え合いながら生きていこうと決めた。

二人の物語はこちら→ 「愛のカタチ・サイドストーリー」

前回のお話:

「あっとほーむ」第二部#7はこちら

前回のお話:
ちょっと変わったお店『ワライバ』でのアルバイトを始めためぐ。ある悪天候の夕方、めぐは店の前で雨宿りをしていた妊婦、クミを店の中に引き入れる。何か事情がありそうだと感じて話を聞いてみると、クミは出産が迫るにつれ、産んでもいいものかと不安を募らせていると話した。それを聞いていたかおりは、「恵まれていることを知りなさい。同性愛者との間に子どもを持てず苦しんでいる人間もいるのだから」と怒りを顕わにする。
彼女たちの話を受けてオーナーの隼人が『愛とは何か』を哲学的に語る。めぐをはじめ、女たちはそれぞれの立場で愛について考え始める。
雨が上がり、店にはオーナーとめぐ、かおりだけが残った。店を閉めようとしたとき、慌てて駆け込んできた男性がいた。かおりのパートナー、純だった。

<本編>

「かおりさん、やっぱりここだったんだ……」

 その顔を見た瞬間、安堵と悲しみが同時に押し寄せた。わたしは今、どんな顔をしているだろう? 鏡を見たらきっと、自分自身が嫌いになるに違いない。そのくらい複雑な気持ちになっている。

 長い沈黙のあとでわたしはようやく覚悟を決め、口を開く。
「……どうしてここだと分かったの?」

「長年の勘ってやつ? そうとしか言いようがない」

「車もないのに、どうやってここまで……?」

「どうって……そりゃあ電車で来たんだよ。ここを紹介したのはおれだしね。かおりさんに送ってもらわなくたって、ちゃんと来られるさ」
 彼は半分笑ったような表情で言った。

 彼は車の運転免許を持っておらず、普段出かけるときは大抵、わたしの運転で出かける。その頭があったのでつい、浅はかな問いをしてしまったと後悔する。行き先も告げず、ケータイの電源すら切っていたのに。純さんの勘の鋭さにはお手上げだ。

「……ごめんね。かおりさんの気持ち、分かってあげられなくて」
 彼は頭を深く下げた。彼が悪いわけじゃないのに。

「いいえ。純さんに無理を言っているのはわたしの方だもの。愛想を尽かされても当然だわ……」

「まさか! おれにはかおりさんが必要だって言うのに!」
 彼は声を荒げ、わたしの手を取った。けれどもわたしはその言葉に懐疑的だ。

「なら、どうして最近、素っ気ないの? 話しかけても上の空だし、仕事も忙しそうだし」

「……忙しくしていないと。トルテが死んでから、どうも気持ちが沈んじゃってダメなんだ。もちろん、トルテの子どもや孫たちはかわいいよ? だけど、トルテはおれたちの心を繋ぐ架け橋だったから。三十年も生きたこと自体、奇跡だったと思うべきなんだろうけど、それでも……。わかるでしょ、かおりさんなら。トルテ以上の猫は……家族はいないってことくらい」

「ええ、もちろん。わたしだってトルテの死を未だ受け容れられていないわ」

 トルテというのは、わたしと純さんが二十歳の頃から育ててきたメス猫で、子どもを持たないわたしたちにとっては我が子のような存在だった。そのトルテが先日、息を引き取った。悲しみより虚無感が大きく、わたし自身も数日の間は何も手につかなかったほどだ。

「でもね……。トルテがいないからこそ寄り添いたい気持ちが強いのよ。なのに純さんの気持ちは他へ向いている。それがとても悲しい……」

「ごめん……。かおりさんとちゃんと向き合えなくて。仕事に打ち込むことでしか気を紛らわせることが出来ないおれを許して」

 再びあやまった彼は、悲しみをたたえた表情でわたしを抱きしめた。

「……トルテに教えられたよ。一緒にいることが当たり前になっていたけど、家族との暮らしは永遠じゃないんだってことを。いつか必ず別れの時が来るってことを。死の直後にはトルテを失った悲しみの感情しか湧いてこなくてうまく表現できなかったけど、たびたび『家出』されてようやく、かおりさんに対する気持ちを言語化できたんだ。やっぱりおれはこの先もかおりさんと一緒にいたいんだってね。だから、勝手にいなくならないで。せめて、いなくなる理由を聞かせて。お願いだ、おれを一人にしないでよ……」

 思いを打ち明けられて目頭が熱くなる。

 三十年も一緒にいるのに、わたしたちは未だにわかり合えないことがある。何度となくすれ違っては寄り添い、また想いをたがえ……。それでも一緒に居続けるのは互いを深く知りすぎたせいなのかもしれない。孤独な身を支え合ってきた間柄だからこそ、相手をひとりぼっちにさせてはいけないという気持ちが強いのも理由の一つだろう。

 結局わたしも純さんも、互い以上に理解し合える相手を知らない。だから他に行くところなんてない。わたしにとっては純さんが、純さんにとってはわたしが唯一の家族、そして互いの隣が帰るべき場所なのだ。

 あまりにも長くそばにいたせいで忘れていたけれど、ちょっと距離を取ってみたらまた大事なことを思い出すことが出来た。きっかけをくれたのはやっぱりトルテだ。

「もちろんいるわ。あなたのそばに。でも、今までわたしたちを繋いでくれていたトルテがいなくなっちゃって、このあとどうなるのかな。ちゃんとうまくやっていけるのかな……?」

 不安を口にすると、純さんが何かをひらめいたように「そうだ!」と声を出す。

「旅行しようよ、京都に。おれたちが互いを深く知るきっかけになったあの場所へ」

「京都……」

「うん。原点回帰って言うか、初心を思い出すって言うか。日常に慣れきって忘れがちなことってあるじゃない? そんなときこそ思い出の地に足を向けるのもありなんじゃないかな」

 京都に限らず、わたしたちは旅を通して互いの心の距離を縮めた経緯がある。しかしここ最近はトルテの具合が悪かったこともあって遠出を控えていた。

「そうね。気晴らしという意味でも必要なことかもしれない。……また旅程を考えるわ。ふふ、想像しただけで楽しくなってきた」

「よかった、笑顔が見られて。……最近、全然笑ってなかったから心配してたんだ」

「それは純さんだって同じよ。……ねえ、純さん? この先もずっと家族でいてくれる? そしてわたしを笑顔にしてくれる?」

「笑わせるのは得意じゃないけど……。一緒に笑うことなら出来ると約束するよ。そうだな……。ここは一つ、オーナーたちに漫才でもやってもらう?」

 急に話を振られた理人さんは大げさに否定する。
「ちょっ……! 隼人と漫才が出来るわけないっしょ! っていうか、コンビ組むとしてもめぐっちの方が何百倍もマシだわー」

「めぐっち……?」

 純さんはそばにいためぐさんに視線を移した。

「先週から働き始めた、アルバイトの野上めぐです。実はこのお店のことはかおりさんに紹介してもらったんですよ」

「えっ? かおりさんに?」

わたしは彼女との出会いからここを紹介するに至るまでのこと、そして彼女の境遇を簡単に話した。

「そっか……。めぐさんも愛し合う難しさを痛感してるんだね……。それでおれたちの話が聞きたいって懇願したわけか」

「はい……。何か良い方法はないものでしょうか」

「残念ながら、こればっかりは精神的な話だから……。でも、一つだけ言えるのは、相手を想いやる気持ちも大切だけど、それよりもまず自分の幸せを願っていいんだってこと。めぐさんが本当に望んでいることは何か、胸に手を当ててじっくり聞いてごらん。表面的なことじゃないよ? もっと深奥にあるもの。めぐさんの心の奥底にある想いを探ってごらん」

「心の奥底にある想い……ですか」

 純さんに言われるがまま、めぐさんは両手を胸に当てて目を閉じた。そしてじっくりと思いを巡らせるようにうつむいた。

 長い間そうしていためぐさんだったが、やがて「ああ、そうか」と呟いて目を開けた。

「わたし、どちらも同じくらい愛しているつもりでした。でも、よくよく心に聞いてみたら『好き』の意味がそれぞれに違うのかもしれないって……。今、そのことに気づいてしまいました……。ショックです……」

「その気づきを大切にして。そして腑に落ちるまで何度でも自分に問いただしてみて。すぐには無理かもしれない。でも、ちゃんと納得できるときが訪れる。最適なタイミングで」

「……はい。その言葉を胸に、今夜はもう少し自分と向き合ってみたいと思います」
 めぐさんはそう言ってうなずく。
「純さんって、知的なおじさまって感じで素敵。またお目にかかりたいです」

「うん。また遊びに来るよ」

 そう言って彼は再びわたしの手を取った。
「帰ろう、かおりさん。おれたちの居場所へ。トルテの子どもたちが待ってる」

 純さんが助手席に座るのを確認したわたしは、いつものように車を走らせる。

「若いっていいね。昔を思い出しちゃった」
 走り出してすぐ、純さんが話し始めた。運転しながら応答する。

「昔って?」

「付き合いだしてすぐの頃」

「それはずいぶんと前ね。……戻りたい?」

「いいや。なんだかんだ言っても、今が一番いい。おれはかおりさんと二人で穏やかな日々が過ごせれば、それで幸せなんだから。……かおりさんが不満を抱いているのは知ってるつもり。でもね、五十歳には五十歳の暮らし方というものがあるんじゃないかな。残念だけど、おれたちはもう若くない」

「もちろん、自分の年齢は自覚してる。でも……感情で動きたくなるときもあるわ。だってわたしは人間だし、だからこそ自分の気持ちにはいつだって素直でいたいのよ」

 純さんは黙り込んだ。わたしは間違ったことを言っただろうか。しばらくして彼は静かに「そうだよね」と呟く。

「やっぱり、かおりさんはすごいよ。若いときに誓ったことをずっと実践できているんだもの。おれは最近、年齢を言い訳にして何でもかんでも『出来なくなったのは仕方がないこと』って諦めちゃってる。昔は素直に甘えられたのに、今では年甲斐もないことだと思うようになってしまったし、若い頃はまだ頑張れたことも――すり寄るかおりさんに身体を差し出す努力が出来なくなったことも――年のせいにしている。……ああ、これじゃあ家出されて当然だよな。もっとかおりさんを理解してあげられるように頑張らないと!」

 純さんの考え方に触れて、彼は時の波に乗っているのに対し、わたしは流れに逆らってその場に留まり続けようとしているだけのように思えた。

 年相応に変化していくのがいいのか、若い頃の気持ちを忘れずに生きていくのがいいのか……。正解はないのだろうけど、少なくとも一緒に暮らしている彼とは同じ考え方でいないと、この先同じ道を歩んでいくことは難しそうだ。

 考えに耽っていると、わたしの心の中を見抜いたかのように純さんが言う。
「今夜は久しぶりに語り明かそうよ。互いの気持ちをとことんぶつけ合おう。……トルテがいなくても二人で歩めるように。これからも互いに認め合い、成長し続けられるように」

「ええ、そうね。……もしかしたら、あなたを傷つけるような発言をしてしまうかもしれないけれど」

「大丈夫。かおりさんになら、何を言われてもおれはちゃんと受け止められる。その代わり、おれも言うよ。今思っていることのすべてをさらけ出したら、おれたちの絆はきっと深まる。おれはそう信じるよ」

「信じる……」
 さっき隼人さんの言っていた言葉を思い出す。

「そうね。わたしも信じる。……今まで知らなかった純さんを知ることになっても、わたしはあなたのすべてを受け容れると約束するわ。そしてこれからも共に人生を歩んでいくと」

 長く生きていれば考え方が変わるのは自然なこと。時の経過が長年連れ添った二人を別れさせることもあるだろう。けれど、わたしたちは今、それを乗り越えようとしている。互いの考え方の違いや価値観の違いを認め合い、その上でこれからも一緒にいる決断をしようとしている。

 愛とは決断だ、と隼人さんは言った。それが出来る二人が永遠に愛し合えるのだと。その通りだとわたしも思う。

 かつて、同性愛者の彼が女のわたしと生きることを決断してくれたように、わたしもまたそんな彼の努力を理解し、ともに生きると改めて決断できるよう、想いのすべてを伝えよう。

 大丈夫。わたしたちは長い間、心だけで繋がってきたのだ。家族トルテの死も、年齢もきっと乗り越えられる。

「トルテ。これからも、わたしたちのことを見守っていてね?」

 車内に飾ったトルテの写真に語りかける。どこからともなく「にゃー」と鳴く声が聞こえた気がした。


(第七話の続きは、こちら(#8)から読めます)



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