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日本語を紐解きながら「あっとほーむ」な生き方について考えてみる

「あっとほーむ~幸せに続く道~」第四部をひとまとめにするに当たり、このたび冒頭からすべて読み直しました。第四部は特に「家族とは何か?」「自分らしく生きるとはどういうことか?」「死との向き合い方」など、深いテーマをいろうたなりに追究できたのでは、と思っています。

さて、そんな私は最近、語源や言葉の由来、本来の日本人が大切にしていた生活様式などの学びを深めています。現在の私たちが何気なく使っている言葉や行動には、実は深い意味が込められていたのだと氣付くとき、また意外な意味が含まれていたと知るとき、それらに対する意識は変わります。日本語の奥深さを実感すると共に、多くの日本人にもこの感動を味わって欲しい、という氣持ちも芽生えてきます。

そこで今回は、「あっとほーむ~幸せに続く道~」のテーマに関連したいくつかの言葉を取り上げながら、日本語の温かさや、日本人的な思想を感じて頂ければと思います。


①「暮らし」

「暮らす」から来た言葉。「くら」は「暗くなる」「日が暮れる」の意。「す」は行為を表す言葉から来ており、「日が暮れるまで時を過ごす」→「月日を送る」「生活する」の意味を持つようになったそうです。

日の出と共に起き、日の入りと共に仕事を終えて眠りにつく。昔の人たちがこの繰り返しの中で生きていたことを考えれば「暮らし」という言葉もしっくりきます。しかし今のわたしたちの多くは、「日が暮れるまで」の「日」を感じない生活が出来てしまうのが現状です。本来の「暮らし」を思い出すためには、「日が暮れ」たら家に帰り、ゆっくり休む……。そんな「暮らし」が出来たらきっと心も豊かになるのではないでしょうか。


②「住む」

「暮らす」と似ている言葉に「住む」があります。「暮らす」が時間の流れを表す語であるのに対し、「住む」は「一つの場所に落ち着く」というニュアンスがあります。その語源は意外にも「澄む」だそうで、建物の中で寝起きすると心が安定し、心が澄んだ状態になるところから来ているのだそう。確かに、雨風しのげる家があるというのは有り難いことだし、心許せる家族や友人、パートナーと暮らしていれば心も澄んでくると言うものです。「住む」=「澄む」ならば、一つ屋根の下に住む人たちの関係も良好にしたいところ。私自身、時には機嫌の悪い日、怒っちゃう日もありますが、「澄んだ」心で「住む」ことを心がけたいと思います!


③「魂」

「魂」とは、
1.動物の肉体に宿って心の働きを司ると考えられるもの。古来多く肉体を離れても存在するとした。霊魂。精霊。たま。万葉集「魂はあしたゆふべに賜ふれど吾が胸痛し恋の繁きに。」……(1.の説明、以下略)
2.精神。気力。思慮分別。
3.素質・天分。
などの意味があります。ここでは特に、1.の意味に注目してみていきます。

1.の語例にある歌は「あなたの魂は朝夕に有り難く感じ受け止めているが、現し身のあなたではないので私の心は痛む。ひっきりなしに恋しくて」、と言う意味です。つまり「魂」は、肝心なものでありながら現実に手に触れうるものではない、というふうに歌われています。

次に、作家の柳田邦男氏は「『人生の答』の出し方」の中で「魂」についてこう述べています。

一人の人間の精神的ないのちというものは、死では終わらない。旅立つことによって純化されたその人の永続的ないのち(それは魂と呼ぶにふさわしい)は、家族や友人たちの心の中で生き続けるのだ。しかも、愛する人の生きた証しを心の中に抱擁した人々は、その永遠のいのちの止むことなき語りかけによって、逆にあたたかい生のエネルギーをもらうという不思議が生じる。

『人生の答』の出し方」

また、仏教思想家の金子大栄は「Ⅱ章『魂にふれる』ということ」のなかで、

「魂」というような問題は――あるいは、死後というような問題は、論理性とか事実性のレベルだけでなく、またましてや、いわゆる科学的に実証できるようなレベルで語られるべきことではなく、より具体的なイメージにおいて、また人と人、死者と生者との関係性において語られるべきであろう。

「Ⅱ章『魂にふれる』ということ」

と述べています。

上記(③)の文章に出会ったのはつい今し方のことで、もちろん「あっとほーむ」を書いた後のことですが、私の考える「魂のありか」や「死者と生者との関係性」はあながち間違っていなかった(100%フィクションでもなかった)のかな、と思っているところです。

今の私たちは目に見えるものや数字、科学を重視し、直感や体感、霊的なものを遠ざけようとしてはいないでしょうか。例えば、家族の待つ家に帰ったときのあの、なんとも言えない安心感や、昔撮った写真(特に亡くなった人やペットが写っているもの)を見返したときに感じる懐かしさやよみがえる記憶(様々な感情)は数字どころか、言葉に表すことさえ難しいものです。

私はこの感覚こそが、霊魂に触れたときだと考えます。物にもその人の思い(魂)がこもっていると思っているので、家族と暮らす家に帰って安心できるのはそのためだと思うし、もっと言えば、ご先祖様が日々、見守ってくださるおかげだとも思うのです。

朝から時間に追われる現代人は、時間を忘れて過ごしたり、空を見上げる余裕などもないかもしれません。しかし、そんな時こそふと立ち止まり、自分の身体に意識を向けてみてはいかがでしょうか。照る太陽、満ちる酸素、絶え間なく脈打つ心臓の存在を感じることが出来たとき、私たちは生かされている今に感謝出来るのではないか、と思います。

***

以上、三つの言葉を取り上げてみましたが、結局はいつものいろうた節でまとまってしまいましたね😅それだけ、今私がお伝えしたいことだと言うことでご納得いただければ幸いです。また、これを機にいろうたの物語に興味を持って下さる方がいれば嬉しい限りです。

いろうたの小説はこちら


次回の連載が始まるまで、しばらくはこのような形でいろうたの考えを記事にしていく予定です! 本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました✨

(参考図書:①②「日本の言葉の由来を愛おしむ 高橋こうじ著 ③やまと言葉で<日本を思想する 竹内整一著>)


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