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SS【命のチケット】
その世界は一見すると現世と見分けのつかない景色が広がっていた。
都市部にはビル、郊外には工場が建ち並び、公園もあちらこちらにある。
海に繋がる川も流れ、川には橋も掛かっている。
ここには生きていた時と同じように、私欲のために人を騙したり傷つけたりする人もいる。
太陽は東から昇り西に沈む。
現世そっくりだ。
こちらに無数あるとされる他の層にも太陽は昇った。
それらの世界は太陽が昇るということ以外にも共通点がある。
ほとんどの人がもう一度生まれ変わりたいと願っていることだ。
そう願う人が多すぎて、実際に生まれ変われる人はほんの一部にすぎない。
どの層にも命のチケットと呼ばれるものがあった。
生まれ変わるために必要なそのアイテムは、それぞれの層の役人が誰に配布するかを決めていて、決まれば役所から通知が来る。
亜美はこちらの層に来て五十年経つ。
そろそろチケットが貰えるかもしれない。
役所の人から目安として五十年経てば十人に一人はチケットが届くと聞いていたからだ。
ただ、みんなが大金を積んでも入手したいと願うこのチケットには信じられないようなルールがあった。
受け取った日から一週間以内なら他人に譲ることができるというもの。
生きる試練を恐れる人の中には、ごく少数だがせっかく貰ったチケットを他人に譲る人もいた。肉体を借りて生きている間は、今まで何千年と積み上げてきた経験を一時的に忘れてしまうからだ。無知からのスタートは勇気がいる。
ある日の朝、亜美の家のポストにチケット入りの封筒が届いた。
亜美はどうしても生まれ変わりたかったので、涙を流して喜んだ。
その日の夜は同じボロアパートでルームシェアする友人たちが、ささやかなお別れ会を開いてくれた。
そしてついにその日はやってきた。
友人たちと別れ、役所が開く時間まで公園で時間を潰すことにした亜美。
木のベンチでこの世界での思い出に浸っていた。
眩しい陽射しの中、公園の中央にある大きな噴水の水が、高く噴き上がったあと、風に乗って細かい水しぶきを亜美の頬まで届けている。
突如、噴水は前触れもなく止まり視界が開いた。
噴水の向こう側のベンチの真ん中に、六歳くらいの小さな女の子がちょこんと座っているのが見える。
女の子は下を向いて足を交互にぶらぶら揺らしていた。
肉体を借りて生きているあちらの世界とは違い、こちらでは見ようと思えばなんだって見える。
亜美には女の子がこの層でたった一人で暮らしていることがわかった。
虐待を受けて亡くなりこの層に来た女の子は、こちらの層で仲良くなった男の子と暮らしていた。その子が半年くらい前に命のチケットを手に入れ、先にこの世界を去っていったのだ。
若くしてこちらの層に来た子たちは、大人に比べてチケットを優先的に入手できる。生まれる前や、赤子の時に亡くなった場合は、すぐに生まれ変われることもある。
女の子は仲良しの男の子が居なくなってから、生きていた頃の辛い記憶に悩まされ心を閉ざし、誰とも仲良くなろうとしなかった。
ただただチケットが届くことを願っていた。
大人よりは早く入手できる。それでもあと数年はかかると亜美には予想がついた。
先にチケットを受け取り生まれ変わった男の子の下には、もうすぐ妹が誕生する。
女の子はどうしても自分が妹になりたいと願っていたのだ。
亜美は女の子に話しかけた。
「お隣りいい?」
そう言って女の子が座るベンチの端にちょこんと座った。
女の子は何も言わず、怯えるようにベンチから立ち上がった。
「待って!! 私ね、今から命のチケットを持って役所に行くの!!」
そう言った亜美の言葉にかすかに反応した女の子だったが、逃げるように亜美に背を向けて早足で歩きだした。
「チケット譲ってあげる!! 私はここでも楽しく暮らせるけど、君は違うんだよね?」
女の子は立ち止まって振り返り、驚きの表情を見せた。
亜美は女の子を連れて役所の転生課へやってきた。
窓口で転生担当者にチケットを女の子に譲ることを告げたあと、彼女が例の男の子の妹として生を受けることができないか話し合った。
その結果、男の子の妹として生を受けることは厳しいが、やれるだけのことはやってみるとのことだった。
しばらくして二人は転生室に案内され、亜美は涙を浮かべて喜ぶ女の子を見送った。
担当者が転生作業を終え亜美に近づいてきた。
「では次はあなたの番です」
「え?」
一瞬聞き違いかと思ったが、担当者は黙々と亜美の転生準備を進めている。
しばらくして作業を終えた担当者はこう言った。
「あの子を救うために行動することが、あなたがチケットを入手する条件でした。あなたがあの時、あの子を見捨ててここに来ていたら、チケットが届かない現実に戻されていたでしょう。あなたは自分でチケットを勝ち取ったんです。おめでとうございます」
亜美は女の子のために強く祈った。
「前向きに生きるのよ!! 妹になれるといいね!!」
終
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