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ろおるけえき

  「助けて下さい。お願いします」
 漁師の茂吉の前で、子ダヌキが震えていました。
「これ、差し上げますから」
 子ダヌキが差し出したものは、黄色味がかった甘い香りがするものでした。
 今朝、茂吉はいつものように森に仕掛けた罠を見に行きました。するとこの子ダヌキが掛かって泣いていたのでした。
「これは『ろおるけえき』というものです。町に住む外国のお方からいただきました」
 この『ろおるけえき』はとっても栄養があって元気になれるということを、その持ち主が町の人に話しているのを聞いた時、思い切っておねだりし、それからは時々貰いに行っていると子ダヌキは言って、悲しそうな目で、茂吉を見上げました。外国の人は、『ろおるけえき』が欲しいわけを聞き、いつも優しく分けてくれると、子ダヌキはうつむきながら言いました。茂吉はその『ろおるけえき』をひとくち食べてみました。それは今までに食べたことのないくらい甘くてふっくらしていて、何とも言えない美味しさでした。
「これは美味い。でも、何でそんなに何度も貰いに行くのだい」
 茂吉が聞きました。子ダヌキは少し考えていましたが、
「では私に付いてきて下さい。すべてお話しましょう」
 と言いました。茂吉は、本当のことを知りたいという思いがだんだん大きくなってきていたので、子ダヌキを罠から放してやりました。子ダヌキは何度も茂吉を振り返りつつ、先に立って歩いていきました。
 二十分ほど歩いたでしょうか、子ダヌキは古くて半分倒れかかった家の前に立ちました。
「中をそっとご覧下さい」
 茂吉は子ダヌキに言われたとおり、中をのぞいてみました。中には小さな寝床があり、そこに一人の女の人と、小さな赤子が眠っていました。
「私はその方に大きなご恩があるのです」
 子ダヌキがもっと小さかった頃、今朝のように罠にかかってしまったことがありました。そこをちょうど通りかかったその女の人に助けられたのです。
「かわいそうなタヌキさん、早くお逃げなさい」
 子ダヌキは必死で逃げました。その時はそうすることしかできないくらい小さかったのです。時が大分過ぎた頃、子ダヌキは、一軒の家の前を通りかかりました。なにげなくのぞいた子ダヌキは、かつて自分を助けてくれた女の人が苦しげに寝ているのを見付けたのです。子ダヌキは思い切って家の中に入りました。
「こんにちは、僕、前にあなたに助けて貰ったタヌキです」
 女の人は、ゆっくり振り返り、驚きながら言いました。
「覚えていますとも。無事に逃げることができたのですね。本当に良かった」
 言いながら、女の人は泣きました。その涙のわけを子ダヌキは聞きました。女の人の夫が、一年前に起きた港町での戦で亡くなり、小さな子とともに残されてしまったこと。おさむらいの世の中が終わり、夫もいない今、どうして暮らしていったら良いのかわからず、体の具合も良くなくて、子どものことが心配なこと。子ダヌキは思いました。今こそかつてのご恩を返すことができると。
 その日以来、子ダヌキは『ろおるけえき』を貰っては、女の人のところに運んでいるのです。栄養たっぷりの『ろおるけえき』は、女の人の体を、少しずつ元気にしました。運ぶたびに、女の人は子ダヌキに楽しい話をたくさんしてくれました。茂吉は子ダヌキの話を聞いて、とても心を動かされました。子ダヌキの気持ち、その女の人の優しい心。
 その日以来、茂吉は漁でとってきたさかなや貝を、『ろおるけえき』と一緒に子ダヌキに持たせるようになりました。子ダヌキはその度ごとに何度もお礼を言い、嬉しそうに、女の人のところに運んでいきました。
 数年が過ぎました。女の人はすっかり元気になりました。二人目の子どもも元気に育っています。その子の父親は、茂吉でした。子ダヌキから話を聞いた女の人が、茂吉に会いたいと願い、そしていつのまにかお互いに好意を持つようになったのです。そして、かたわらには子ダヌキがいました。今ではすっかり大人のタヌキになって、仲の良い二人を、嬉しそうに眺めているのでした。