★それぞれが確かめ、求め。③

「クレープ食べたい。買ってきて」
「クレープ?…あ、あそこの?いいよ。何味がいい?」
「一番高いやつ」
「オッケー。俺も食べようかな♪」
 ――二人きりが耐えられない私が、とっさに出た言葉。ワゴン車での移動販売のクレープ屋。あの行列じゃ、少し時間はかかる。行列には若い女子グループや、カップルが並んでいた。そんな中におじさん独りは絶対浮く。一緒に並んでなんかしてやんないから。
 …なのに、なんでご機嫌なんだよ。

 ――あ、私も独りだってことに気づいた。なんでだろ、自分にイラっとした。無意識に前髪をいじる。この時間に意味はあるんだろうか。
 何を考えよう。何を話そう。何を伝えよう。何をすればいい。
 ただひたすらクレープを食べればいい。その為の道具でしょ?
 でも、時間が減ったね

「あぁ、もうむかつく!」
 足元の小さな石ころを蹴る。早く買ってこい!!

「おまたせ~。はい、スペシャルミックスクレープ」
 手渡されたクレープは思った以上に大きく、一瞬色んなことを忘れた。
「大きすぎるでしょ!?」
 思わずツッコミをいれた。
「え、だって一番高いのって…」
 男の方は可愛い小さなクレープ。
「生クリーム多いし、これじゃ太るわ!女心わかってない!」 
 私の言葉に、男はわかりやすいほど落ち込んだ。何よ、謝らないから。
「…うーん。あ、残したら、食べてあげるから大丈夫だよ」
 男が顔を上げて私を見る。にっこりと微笑んだ。目と目が合う。
「い、いただきます」
 私は、すぐに顔を背けて食べ始めた。
「俺もいただきます♪」
 場所はこの間と同じ二つのベンチ。時間は前回より少し早い。気温は少し下がった。男の汗も少ない。
「久々だな~、クレープって。でも、なんでクレープってあんな人気なの?ほとんど生クリームなのに」
 慣れていない手つき、不器用にクレープの包み紙をちぎりながら、男は食べる。
「知らないよ。美味しいからじゃないの?」
 適当に返事をした。私も久々に食べるし。
「でも、太るんでしょ??矛盾してない??」
「知らん!」
 びしっと男の疑問をさえぎった。
 
 咀嚼時間が続く。男の方が先に食べ終わるのは当たり前で。私にはまだ時間がある。でも、それは私だけの考えで、男にとってはこの咀嚼時間も、行列に並んでる時間も、私と違うものなんだろうか。だって、美味しそうに食べるから。急ぐそぶりもない
 なんだか、自分だけが必死に色んなことを考えてるみたいで、むかつく。

「今日は何話そうか?」
「まだ食べてるから」
 私は逃げた。自分でもわかった。そしたら、どうして、何でここにいるんだろう。
「あ、そうだよね。ごめんごめん。食べれる?本当に大きいね」
「食べれる」
 他人の口付けたクレープを食べれるの?って思うとドン引きする。意地でも食べてやる。
「うーん。じゃぁ、ここは俺がリードして、何か話すか」
 男は、うん。っと軽く呟いて、真剣な表情になった。握りこぶしなんか作って。
 私は思わず、

「あはは!なにそれ(笑)!」
 
 笑ってしまった。

「え、だって、こういう時は…」
「デートじゃないし(笑)。それに何話すの?ああ、さっきの表情(笑)!」
「デートじゃないけど、良いところは見せたいじゃん!
 男は恥ずかしそうだった。汗が一気にどんどん出ている。
「私に見せてどうすんのさ。お母さんの時に見せなきゃ…」
 あ。
「なんでもない」
 とっさにさっきの言葉を隠した。
「ん~。由奈さんとは、そんなに話さないからな~」
「え、そうなの?」
 男は何てことなく話を続けた。
何をしたいのか、何を話したいのか、わからなくて。だから俺も、何をすればいいか、何を話せばいいか、わからなくてさ(笑)
「結局、会ってる時間は何してんの?」
「うーん。喫茶店でコーヒー飲んだり?そもそもそんなに会ってないし、あの日からは会ってないからさ」
「連絡はとってないの?」
「とってるけど、「やっぱり連絡先消して、アプリ内で会話しよう」って言ってから、全然連絡くれない…」
 男はため息をつきながら自分の足元を見る。
「多分、俺が由奈さんを嫌いになったって思われたのかも…」
「なんで?」
 やっぱりこの人草食系だな。被害妄想するんだ。
「そりゃ、俺が不倫が旦那にバレたら嫌だからって思ったのかも。いや、バレちゃいけないんだけど、その、俺はそこじゃなくて…」
 男はまたため息をついた。
「いや、ただ単に俺のこと嫌いになったのかな。どうなんだろ。それとも、不倫は良くないって、自分から引いたのかな」
会いたいって言えばいいじゃん
「言えないよっ。その、色々知っちゃったから、誘えないよ。でも、連絡だけは取りたいんだ…」
 男の真剣な目に、私は目を向けた。一生懸命考えてる目。
 ――純粋に確かめてみたい。そう思った。クレープは話しながら食べればいい。

「お母さんのどこがいいの?」
「え!?」
「娘として気になるところでしょ」
 何を驚いてるんだか。いつかは聞かれるって思わなかったのかな。
「…」
 おいおい。まさか言えないのか!?こっちまで気まずくなるんだけど!
「前も言ったよね。俺、子どもがつくれない体だって」
 少し時間を置いて男は話し始めた。
「え、あ、うん。覚えてるよ」
 お母さんはそのこと受け入れてくれたんだっけ。
「このせいで、いい思い出なくてさ」
「そうなの?」
「うん。初めてわかったのは20代の時。結婚してた彼女がいたんだ」
「え!あんた結婚してたの!?」
 聞いてないぞ!
「あ、言ってなかった?そう、バツ1だよ」
「お母さんには言ったの!?」
「多分言ったと思うけど…どうだったかな?」
「ちゃんと言わなきゃダメじゃん!」
「なんで?」
「え?」
 ――なんでって何??
「多分プロフィールに書いてあると思うよ。もうずいぶん更新してないから、後で見てみるね」
 ちょっと、なんでって何?でも、どうしてか聞けなかった…。
「不妊治療って高いんだ。ものすごく。だから、二人で節約して、切り詰めて、頑張ったんだ。でも、途中で彼女が「子どもはいらない」って言いだして…」
 きっと、今、男はその時を思い出している。目が違う。
「不妊治療を諦めたのか、本当に子どもがいらなくなったのか、その答えは聞けないまま別れた。聞くのが怖かったってのもあるけど」
 私には男の気持ちも、彼女の気持ちもわからない。子どもが欲しいって思ったことが無いから?
「ある日、突然別れたいって言われて、俺は何も言えなかった」
「は!?なんで何も言わないの!?」
「だって、俺が子どもをつくれない体だからっ」
 男の口調が強くなる。
「わかんないじゃん!ちゃんと確かめようよ!」
 今更言ってもしょうがないけど。
「そ、そんなの出来ないよ…」
 お母さんは本当にこんな奴のどこがいいんだろう。
「そこからアプリを初めた。最初は不妊のことを隠してた。でも、みんなカミングアウトしたらいなくなった。特に30代になると女性は「妊娠・出産」に真剣だからね。わかってて、隠してた自分も悪いけどさ…」
「別に気にしないよって人はいなかったの?」
「いたけど、でも、「もしかしたら」って思いはあったらしくて。本当の本当にそうなんだって知ったらいなくなった。ちゃんと言ったのに、病院で検査してきてって言われたりさ。で、どんどん自信が無くて。自分はいらないのかなって。俺は不倫だって知らないのに、不倫がバレて旦那に怒られたりさ」
 男はバックからペットボトルを取り出して、ぐびぐびと勢いよく飲み始めた。
「あのさ、前に言ったよね?子持ちの人とも付き合ったことがあるって」
 私はふと疑問を抱いた。
「ん?あぁ、うん。何人かいたかな」
「あんた、モテるの?」
 話を聞いていると、何人もの人と付き合ってきてる気がしてきた。
「え!違うよ。付き合うまでいってない人もいるし…」
 男はものすごく恥ずかしがった。まぁ、見た目はモテそうな、普通などちらかな感じかな?多分。
「だって、色んな女の人知ってるし…、まさか…」
 いや、こんな弱っちいやつがモテるわけない。
「誘われたら断れなくて、今まで女にリードされてたんじゃないの?」
「え!!!」
  男の目が大きく見開いた。図星だ。
「はぁ。ちゃんと自分の意思を持った方がいいよ?じゃないと変な女につかまるよ?」
「そ、そりゃ…」
 自分より年下の、しかも子どもに恋愛のアドバイスをされて複雑そうな表情だった。そうなれば、色んな嫌な思いをしてきたのも納得がいく。それだけ色んな人に会ってれば。
「難しいんだよ。大人になればなるほど。娘ちゃんにはまだわからないよ」
 でた!子ども扱い!むかつく!でも、私にはまだわからないのは本当なんだろうな。付き合ったり、結婚って、いいものだと思うし、幸せな未来があるはずだと思う。だって、お互い好きなんでしょ?好きだから付き合って、結婚するのに、どうして…。
「あるよ、俺にも意思が」
 私が一生懸命確かめていたら、自信のある声がした。
「そうなの?」
「最初の質問に戻るけど、由奈さんの好きなところ」
 あ、話がそれて忘れてた。なんだか改めて「これから発表します!」って言われると緊張する。忘れたままでよかったかも。ドキドキする。
「娘ちゃんに言っていいのかわからないけど、俺、こんな体でも子ども欲しいんだ。可能性は0じゃないんだ。でも、奇跡が起きなきゃダメかもだけど…。そう、思わせてくれたのが由奈さんだった」
「お母さんが?」
「うん。カミングアウトした時、由奈さん言ったんだ。今でも子どもが欲しいですか?って。それは、「今でも俺が自分の体で子どもを作りたいか」ってことだと思ってる。娘ちゃんの存在は、その前から聞いていたから」
「また、ちゃんと確認してないのか」
 男が言いたいことがわからない。
「いや、確認も何も…。えっと…」
「何よ?うじうじ男ね。わかんない」
 男は言うことをためらう。
「えっと、だから頑張ろうって思わせてくれたところが嬉しくてさ。初めてだったし。えっと、その…、そこで由奈さんに決めたんだ。これはちゃんと俺の意思だよ」
 いまいちわからないのが引っかかる。とりあえず、お母さんの言葉で惚れたってわけか。
「でも、やっぱり旦那さんがいることも知って。言わなくても、なんとなくわかったけど…」
 最後の方は何を言ってるのか聞こえなかった。
「そして、この間娘ちゃんと会って、娘ちゃんがどんな子かとか、その、家のこととか知ったかな」
 なんか色々大変だったんだね。って男に対して思えたのはまだ先のことだった。
「普通ビビってるもんなのに、あんた普通なんだもん!ビックリした!」
「や、あの時話したじゃん。最初はビビってたけど、リードしなきゃって思ってさ」
 男は軽く笑った。
「実際は全然リード出来ない男だけどね」
「はは。本当だね。――でも、娘ちゃん」
「ん?」

「――連絡ありがとうね」
 …。返事はしなかったし、男の顔は見なかった。
「でも、面白いね。たった2通しかない連絡でも、こうしてまた会えたんだから」
 その反対に、男からは大量の連絡がきた。
「今日を誘った時、多分今までの女性をデートに誘うよりも緊張したよ」
 何も言えない。お礼なんて言わないから。
今日、何をしようか。何を話そうか。一生懸命考えたよ」
 ――あ。それは私も同じで、思わず、思わず、


「私も」
 ――この時間にどんな意味を見出したいんだろう。
「どうしていいかわからない」
 不思議とこぼれた言葉。
「難しいよね。ホント」
 男からこぼれた言葉。

「クレープの紙捨ててくるからかして」
 男の大きい手が私の目の前に差し出される。片手には自分が食べていたクレープの包み紙。
 それは、そろそろ終わりを告げる合図。それは私が勝手に作ってしまった合図。もし、クレープが無かったら…。本当に不器用なのは私なのかもしれない。会話したのは、たった数十分の時間。でも、それ以上二人がいる意味は、あるのか。
 これ以上何を話す?

「また、いつでも連絡してね」
 さよなら代わりに男が言う。
 ふと、こうして会えるのは当たり前じゃないんだよな、って思った。でも、何を連絡すればいいの。お母さんの本音?そんなの聞ける訳がない。
 目の前の不倫男に何が出来るんだ。私は、何をしたいんだろ。

 今思えば私は、その気持ちに、気づかないように蓋をしていた。だから、今の私にはわからない。そう、今の私にはわからないことが多すぎた。
 早すぎるさよならに何も言えなかった。ホント、私は、何をしたいんだろう。

 
 そして、家に帰って、私はすごいことに気づいた。
 あの男の発言…。恥ずかしがった態度。
 ようは男は今でも子どもが欲しい。しかも自分の体で。それって、相手がいないと出来ないことで。
 それを応援したお母さん。
 それは、二人がそういう関係になる、ってこと、
 なんだけど、


 それよりも、
 私は、

 私は…


「お母さん、子ども欲しいの・・・?」

 そう、思ってしまった。


――続く――



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ねねこ
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