いぬのせなか座

みんなの覚え書きを投稿しています。http://inunosenakaza.com
    • 第3回「10日間で作文を上手にスル方法」

      • 33本
      • ¥800

      第3回目の講座は、2019年2月2日(土)に三鷹の上演スペースSCOOLで行われました。講座の要約、上演用テキスト、書き起こされた対話、スライド資料、終了後の感想、上演用テキストの機械翻訳、当日にいただいたメモとその応答が収録されています。ひとくさり読み終えたところで、他に足してほしい文章があれば、ぜひコメントをお願いします。質問や「メモ」を寄せていただくのも歓迎です。

    • 現代短歌のテキストマイニング―𠮷田恭大『光と私語』を題材に

      • 12本

      英語圏では、自然言語処理の技術を実作の助けになるかたちで応用する学術研究が盛んです。日本語圏にも、半世紀以上に渡る、計量文体学や日本語コーパス構築の積み重ねがあります。それらの手法を日本語の現代短歌に試してみようと私たちは考えました。単語の数量や距離関係、感情の流れ、品詞構成などを計量すれば、文献の精読 (close reading)ではなく、テキストの遠読 (distant reading) ができると期待したのです。  計量文体学の測定手法、形態素解析エンジン、日本語コーパスから得られた統計情報、近年登場した自然言語処理ライブラリなどを組み合わせて用いました。ここまで多くの手法を適用し、総合したのは、日本語圏では初めての試みでしょう。

    • 第2回「主観性の蠢きとその宿」

      • 32本
      • ¥800

      三鷹の上演スペースSCOOLで2018年10月13日18時から行われた、いぬのせなか座・連続講義の第2回の記録です。 正式タイトルは第2回「主観性の蠢きとその宿――呪いの多重的配置を起動させる抽象的な装置としての音/身体/写生」です(字数制限でマガジンタイトルに入りませんでした)。 その日は4時間を超えてなお論点を残す長期戦でした。そこで、当日の読み原稿をもとに、大幅な加筆・修正を行ったテクストを、講演記録として公開します。 認知言語学や、時枝誠記・吉本隆明をはじめとする論者らの議論を参照しつつ、視覚詩や俳句・短歌・詩の具体的事例を検討していくことで、言語表現をめぐる思考・技術の新たな体系化を目指します。 ※当日のご感想を含む関連ツイートは、こちらから。 https://togetter.com/li/1278677

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    三野新『クバへ/クバから』(いぬのせなか座叢書4)

    [いぬのせなか座叢書 第4弾]沖 縄 を 、 い ま 、 東 京 か ら 「 撮 影 」 す る 。http://inunosenakaza.com/to_from_kuba.html 写真を一種の演劇的手法としてとらえ、「現代の恐怖の予感を視覚化する」ことをテーマに多くのパフォーマンスや演劇、展示作品を発表してきた写真家/舞台作家、三野新。 福岡出身・東京在住のかれが、分厚い「沖縄写真」の歴史と、自らの内なる激しい抵抗感にともに曝されながら、「沖縄の風景」を/に向けて、撮影・編集・発表する。--- 被写体/撮影者、当事者/非当事者、太陽/影、植物/人間、身振り/視線、沖縄/九州、展覧会/写真集、個人制作/共同制作…… いくつもの「へ/から」の往復の果てで、〈撮影・演劇行為における素材のひとつ〉となった「私」が浮かび上がらせる、「写真(撮影行為)とは何か」という問いと、思考。そして写真たち。--- 装釘・本文レイアウトは、詩歌集のデザインや、小説の制作などで話題の、いぬのせなか座主宰・山本浩貴+hが担当。かれらにとって初の写真集デザインとなる。 巻末テクストは、三野のこれまでの活動を概観するとともに、今作における方法論を開示する。--- 写真と演劇のはざまで、さまざまな〈中間=浜〉を経巡りながら模索される、より演劇的かつ仮設的な「撮影行為」+「組写真」の方法論。その先には、はたしてどのような物語が、当事者性が、〈私〉が、ありうるのか――--- 新作写真・ドローイング・コラージュ・戯曲はもちろん、これまでの全活動・全写真を振り返り、素材化し、新たな仮設的劇空間を立ち上げる。 三野新、待望の第一写真集。---------------------発行:三野新・いぬのせなか座写真/演劇プロジェクト制作実行委員会発行日:2021年6月30日判型:A4(縦297mm×横210mm) 140ページ造本:コデックス装栞=小冊子:小田原のどか・佐々木敦特製ペーパー:笠井康平装釘・本文レイアウト・解説:山本浩貴+h---------------------[著者]三野新 Arata Mino1987年福岡県生まれ。写真家・舞台作家。ヒッピー部、ニカサン主宰。舞台芸術作品を制作する「写真家」として、「現代の恐怖の予感を視覚化する」ことをテーマに活動。写真展示・パフォーマンス作品の発表や、他アーティスト・雑誌・ファッションブランドとのコラボレーション多数。受賞歴にフェスティバル/トーキョー12′公募プログラム選出、第2回&第4回写真「1WALL」展入賞、TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD ♯04 準グランプリ&ホンマタカシ審査員賞受賞、第19回AAF戯曲賞特別賞受賞など。本書が第一写真集。HP: https://www.aratamino.comTwitter: https://twitter.com/aRanmeno---------------------三野新写真展「クバへ/クバから」https://taa-fdn.org/events/979/三野新・いぬのせなか座 写真/演劇プロジェクト「クバへ/クバから」https://to-from-kuba.com---------------------助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市⽂化芸術活動緊急奨励⾦
    ¥4,950
    いぬのせなか座
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    𠮷田恭大『光と私語』(いぬのせなか座叢書3)

    ※拡張キットとして使える特製ペーパー「雷乃発声/区境を越える」とあわせてのご購入を、ぜひご検討ください。https://inunosenakaza.stores.jp/items/5ca9a82fb9d5f41cafb7a62a[いぬのせなか座叢書第3弾]私語と定型がゆるく織り上げるこの場所の、この出会いの奥行きに向けて。いつか訪れる、百年生きたあとの葬儀のための第一歌集。http://inunosenakaza.com/hikaritoshigo.html装釘・本文レイアウトは、加藤治郎『Confusion』や岩倉文也『傾いた夜空の下で』等におけるデザインが話題の、いぬのせなか座主宰・山本浩貴+hが担当。同封される栞には、荻原裕幸・堂園昌彦が寄稿。平成の終わりに刊行される、真に新たな、一冊。※Twitterでいただいたご感想などはこちらhttps://togetter.com/li/1330940[推薦文(随時追加 到着順)]駅や広場を暦や行事が群衆のように過ぎていく。たくさんの声。"私"すら群衆の声の一つとして稀釈される。そんな都市の中で"あなた"の声も薄まりながら、でも光のように確かに届く。これはきっと愛や永遠と呼ばれるものだ。――千種創一𠮷田くんの歌は、通常注目されるはずの物事の因果から視線を逸らす、あるいは解像度を下げることによって、世界がもともと持っていた美しさを発見している。既存の文脈の残像が残っているからこそ、彼の短歌は無軌道でアヴァンギャルドなものではなく、どこか懐かしいような抒情性を湛えているのだと思う。――堂園昌彦なにかを伝えようという役目を終えて、とうに元の姿を忘れかけながら、さまざまな声と雑じり合うようにして街のあちこちに響いている。あなたにもわたしにも宛てられてはいないけれど、喧騒の中を抜けて不思議と耳に届くささめきのような、かつて誰かの声だった歌。――山階基相当に長い時間とややこしい思考といくつもの審査を経て並べられたに違いない言葉たちは、けれど自信に満ちた顔つきというよりも、どこか素気なく突っ立っているように思える。ひそやかにひとりの人に視線を送りながら、それでいてたくさんの人々に祝福されたがっているようでもある。いま詩歌は人間の生活の中でいかに機能するのか。驚くべき精度で展開されるその探求と実践がまぶしい。おめでとう。私たちはこの歌集を待っていた。――山田亮太死んだ目で「寺山修司が好きなんです」って言う𠮷田くんと初めて会ったのはたしか夏目坂沿いの居酒屋だったように記憶している。その年の秋、大学の構内でゲリラパフォーマンスでもやろうと思い立ち、彼にも出てもらった。顔を白く塗り、軍服を着せて戦場っぽいことをやらせたらなんだか楽しそうにしていた。警備員さんにやんわり注意されたので謝って移動して、最後は文学部のすぐ脇にあった彼の部屋に行ってメイクを落とした。あれから十年くらい経って、でもこの十年くらい経ったなと思うような時間も、歌集の中には偽りなく含まれていた。――カゲヤマ気象台都市の景色を思い出せない。その手がかりを探ってこの詩集をめくるとそこにあるのは言葉によって異化された街だ。そこでは人々が帽子や手を振り、画面には腐葉土の画像が並び、その片隅で誰かが水薬を噛みしめる。ここに一冊の、言葉だけで組み上げられた世界がある。韜晦しているようで誠実、達観しているふりをしながらもおセンチ。一読すれば𠮷田恭大の目で世界を読もうとしてしまうだろう。小説家は読まないほうがいい、かも。――水原涼毎日を水平に横たわって過ごしていた時期に𠮷田君に呼び出され、デリバリーのチキンライスと1冊の本を渡された。やたら余白の多い歌集だった。チキンライスはその場で食べ、歌集は鞄に入れて1ヶ月ほどが過ぎた。例えば感傷は、傷というだけあってやがて癒えるのだろう。しかしあくまでも客観に留める𠮷田君の短歌はそれを許さず、だからこそ失われず、鞄の外で祈りや光みたいに遍在していた。ぽっかり広がる明るい余白のなかで、ずいぶんとのびのびさせてもらいました。――いつか床子発売日:2019年3月31日 第一刷    2019年7月05日 第二刷判型:163mm×111mm 280ページ造本:コデックス装 本文二色刷り プラスチックカバー栞=小冊子:荻原裕幸・堂園昌彦装釘・本文レイアウト:山本浩貴+h[著者]𠮷田恭大(よしだ・やすひろ)1989年鳥取生まれ。歌人、ドラマトゥルク、舞台制作者。塔短歌会所属。早稲田短歌会出身。2017年4月より北赤羽歌会を運営。Twitter: https://twitter.com/nanka_daya
    ¥2,300
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    西野嘉章『村上善男――玄々とした精神の深みに』(残部少数)

    ※小口染め有りのみ、少部数在庫復活しました(2021/05/07)http://inunosenakaza.com/murakamiyoshio.html☆第52回造本装幀コンクール 経済産業大臣賞受賞☆第20回佐藤敬之輔賞受賞(西野嘉章)美術家であり批評家、装釘家、そして詩人・橡木弘としても活躍した村上善男。美術文献学や博物館工学を専門とし、かつ、自著の装釘や、館長を務めるインターメディアテクや東京大学総合研究博物館での画期的展示を数多く手がけてきた実作者としても知られる西野嘉章。鋭い批評眼と観察眼、ポエジー、そしてユーモアに満ちた二人の往復書簡が、西野によって各時期に著された村上論、村上によるテクストと共に、ここに一冊の書物として纏る。作品・書簡図版多数収録。小口染め有り・無しの二種同時刊行。発行所:東京大学総合研究博物館「インターメディアテク」装釘・造本:西野嘉章+山本浩貴印刷所:秋田活版株式会社288頁☆ご注文時に、ページの縁(小口)を黒に染めたものか、あるいは染めていないものか、いずれかご希望の方をご選択ください。
    ¥3,500
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お詫びと今後につきまして/note定期購読マガジン「三野新・いぬのせなか座写真/演劇プロジェクトアーカイヴ」をご購読いただい…

note定期購読マガジン「三野新・いぬのせなか座写真/演劇プロジェクトアーカイヴ」をご購読いただいたみなさま 三野新・いぬのせなか座 写真演劇プロジェクト制作実行委…

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