"大人"とは……~映画『LIKE THAT OLD MAN』『サーチライト-遊星散歩-』(MOOSIC LAB 2024特集上映 UPLINK吉祥寺編)

"大人"とは、一体何なのか?
50歳を過ぎた私は、「MOOSIC LAB 2024」のプログラムとして上映された、『LIKE THAT OLD MAN』(こささりょうま監督、2023年)と『サーチライト-遊星散歩-』(平波渡監督、2023年)という、いずれも中井友望とも主演の2本の映画を続けて観ながら考えた。

『LIKE THAT OLD MAN』

田舎の警察官・平太(ボブ鈴木)は家出中の高校生・由仁子(中井友望)を補導しようと追いかける中で携帯を無くしてしまう。由仁子は、困った平太を見かねて一緒に携帯を探すことになるが…。何もないようでかけがえのない大切な時間を映す秀逸なワンナイトストーリー。

あらすじ

19分のショートストーリーは、(自称)家出中の由仁子と、田舎の無人駅で始発まで彼女に付き添う初老の(自称)警察官・平太の会話劇だが、特に何かが起こるわけではない。
しかし、というか、だからこそ、それが「特別な時間」となる。
「ティーンエイジャーの若者」と「初老="大人"」の会話で対比されるのは、「言葉」である。

若者である由仁子は自分の気持ちを言葉にできない。特に不幸でも幸福でもなく、ということは「自分は幸せな方」に入るのだろう、と漠然と思ってはいるが、その「自分は幸せな方」ということに(恐らく)戸惑っている、というか後ろめたい気持ちがある。
その後ろめたさに戸惑っていると言ってもいいかもしれないが、だから、気持ちを持て余して、(恐らく、"なんとなく")夜を徘徊していたのだろう(終電を逃したわけではない)。

対して、"大人"である平太はてらいもなく「幸せ」「やりたいことがある」と言えてしまう。
それは決して、「相手が若者だから」という配慮でないことは確かで、そして、ここまでの人生が平坦ではなく様々な苦労や葛藤、後悔、諦めもあっただろうし、逆に「今が幸せの絶頂だ」と感じたことだってあるのも確かだ(暗がりであまり表情や動作も見えない中で、セリフだけで表現できるボブ鈴木は素敵だ)。
何故「確かだ」と言い切れるかといえば、それは私が50歳を超えているからであり、彼を観て「こんな"大人"になりたい、というか、なれていたらいいな」と思ったからで、映画はそういう物語だ。
それは、有名なクラーク博士の言葉『Boys, be ambitious』にはその続きがあって、博士は『少年よ大志を抱け、この老人(=クラーク)のように』と言ったのだと、平太が語るシーンでも明らかだ。
つまり、「"大人"にな(れ)ることは、"希望"だ」と。

上で、「(自称)家出中」「(自称)警察官」と書いたが、それは決して「物語が"家出中の女子高生を警察官が補導した話"に見えないから」ではない。
本当に起こったことなのか、夢だったのか、どこかで記憶が混乱・混線しているのか、狐に化かされたのか、それは「月夜」だったのか(中島みゆき「悪女」)……
リアルな世界に生きる我々だって「アレは一体何だったのだろう?」と思い返す「夜」を持っているはずで、この物語の二人はきっと、そういう「夜」を過ごしたのではないだろうか。

それは恐らく、タイトルにも表れている。
『(Boys, be ambitious) LIKE THAT OLD MAN
「THAT」って、誰の事だよ……ということに気づいて、「夜」が終わるのだ。


『サーチライト-遊星散歩-』

では、"大人"にな(れ)ることは、本当に"希望"なのか?
私はこの物語を観ていた93分の間、ずっと混乱の中にいた。

病を患った母(安藤聖)との苦しい生活を強いられる女子高生の果歩(中井友望)は、同級生の輝之(山脇辰哉)たちの心配をよそに、禁断の世界に足を踏み入れてしまう。熱狂的なファンを獲得した1人の少女の葛藤と出発の物語。

あらすじ

貧困、ヤングケアラー、共依存、JK散歩、大家族……
今の社会やニュースの言葉を使えば、この物語を理解できるのかもしれないが、"大人"として容易に「理解」した気になってはいけないのではないか。

というか、この物語の作り自体が「理解」を拒んでいるように思える。
それは、若者の苦悩の原因となっている"大人"が無条件に免罪されているように見えたからだが、それがある意味において現在の「リアル=現実」だからでもある。
これまでも、子どもが家族の犠牲になる物語は数多作られてきたが、20世紀までのそれは、戦後という時代や強い家父長制を引きずった「貧困」「暴力」「男尊女卑」として、外部に表出するわかりやすい形で描かれてきた。
しかし21世紀の今、それらは影を潜め、というか、登校前に洗濯機でドアを塞ぎ念入りにロープで固定されて出られなくされた室内という、外部と遮断された内部に籠ってわかりにくくなった

この「外部と遮断された内部」では、かつての「暴力」などとは違う意味で、それ以上の悲惨なー「親="大人"」は悪くない、つまり『病を患った母』を一方的に責めることはできない、というある種「ジレンマの生き地獄」のー状況が起こっている。
それ故に果歩は、『禁断の世界に足を踏み入れ』ざるを得なかったどうしようもないほどの絶望感に満ちた人生を選ぶことになるが、その悲惨さを顧みることなく(或いは知ることなく)、母自身の選択によって母親="大人"が赦されてしまうというのは、(劇映画として)かなり辛い。

そうして母親は勝手に赦されてしまうが、それによって果歩が救済されるわけではなく彼女は結局、輝之に救われる。
この展開(特にラブホのくだり)は20世紀からの青春映画の定型でもあり、その定石から一見ハッピーエンドにも思えるが、しかし、そんな二人ができたことは「おままごと」がやっとだった。

「こんな"大人"になりたくない」と思う一方で、「でも、なりたくてなったわけではない」ということも強く実感する。
私だって、将来どころか、今映画館を出たらどうなるかすらもわからず、だから、この物語の母親を一方的に「こんな"大人"になりたくない」と詰ることはできない。
この物語は遠くない将来の「私の話」かもしれない。
だから、安易に「理解」した気になってはいけないし、作品自体が「理解」を拒んでいるのである。

インターバルなしで2作を続けて観た。
"大人"とは何なのか、帰途につく時も、帰宅してからも、本稿を書きながらも、そしてこれからも、ずっとずっと考えていかなければならないのだろう。

メモ

映画『サーチライト-遊星散歩-』『LIKE THAT OLD MAN』
2024年1月22日。@UPLINK吉祥寺(MOOSIC LAB 2024 UPLINK吉祥寺編、舞台挨拶あり)

平日20時半上映回。舞台挨拶が終わったのが23時前。
こんなに遅くまで映画を楽しめるのは、やはり"大人"の特権である。

『サーチライト』は劇中、地上から空に向かって照らされていて、だから果歩親子や輝之の家庭を見つけてはくれない。
人々はサーチライトが見つけてくれない暗闇を、日々歩いている。
何とも皮肉なタイトルだ。
都会暮らしの人は映画の演出だと思うかもしれないが、このサーチライトは実際にある。
30年以上東京で暮らしている私だが、田舎で子ども時代を過ごしていた頃には何本ものサーチライトが照らされていたように思う。
知らない人には信じられないだろうが、その光は「ラブホテルの空室」を意味しているのである。

2本連続上映の後、両作で主演を務めた中井友望さんをはじめ監督や出演者6人が舞台挨拶に登壇した。
皆さん揃っておっしゃっていたのは「やっぱり映画館で映画を観るのはいいなぁ」ということと「複数作の連続上映は趣味・興味と違う新鮮な作品に出会えていいなぁ」ということで、それは観客を含め全員の気持ちだったと思う。
中井友望さんは両作で、抱えている物が違えど言い表せない(表面に出さない、出してはいけないと思い込んでいる)鬱屈を抱えている少女を繊細に演じているが、挨拶に登壇した彼女は少し天然なところがあるように見えた(時間が遅くて眠かったのかもしれないが)。

今回の上映は「MOOSIC LAB」なる企画のひとつのプログラムだった。
私は「MOOSIC LAB」を知らなかったので調べてみたら、MOOSIC LABのサイトの「BIOGRAPHY」に、こう書かれていた。

2012年から始まった新進気鋭の映画監督とアーティストの掛け合わせによる映画制作企画を具現化する音楽×映画プロジェクトであり、企画段階から映画作家とミュージシャン、映画と音楽との化学反応を意識的に制作、それらをコンペ形式・対バン形式で上映する異色の映画祭である。2024度はスポンサーにJAIHOを迎えての開催となった。

サイトで紹介されていた中に観た映画が何作かあって(ちなみに中井友望さん出演作は『シノノメ色の週末』『カーテンコールのはしの方』)、だから改めて、自分が都度都度観たい作品を観ているだけで、それらを体系立てて(或いは出自や経歴等を)考えることができないのだと思い知った。と同時に、改めて、日本では様々な映画が公開されているのだなぁと感慨深くもなった。

MOOSIC LAB 2024(NEW WAVE,NEW MODE)

MOOSIC LAB 2024(Dm7/MOOSIC EYE)

MOOSIC LAB 2024(PLAYBACK CINEMA 2023/JAIHO CLASSIC CINEMA)

MOOSIC LAB 2021-2022(BLAND NEW MOOSIC! 部門)

MOOSIC LAB 2021-2022(MOOSIC EYE部門)

MOOSIC LAB 2020-2021(COMPETITION部門)

MOOSIC LAB 2020-2021(MOOSIC EYE部門)


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