舞台『アルプススタンドのはしの方(高校演劇Ver.関西チーム)』/映画『カーテンコールのはしの方』

「しょうがない」
この言葉は、様々な場面で使われる。
「慰め」「赦し」「諭し」…。「諦め」の場合もあるだろう。
誰しも生きていれば、何度も何度も「しょうがない」と呟かざるを得ない状況に遭遇する。そして、日々を生きていくため、不承不承でも「しょうがない」を受け入れるのである。
「しょうがない」は、再び前を向くための言葉である。

不承不承受け入れているうちは、まだいい。
「諦め」として使うことが癖になると、「しょうがない」という言葉は容易に、行動を起こせない(起こさない)自身への「言い訳」に転じてしまう。
「どうせダメに決まってる。やったって、しょうがない」
「しょうがない」は、自身を甘やかす後ろ向きの言葉になる。

夏の甲子園。
エラーした選手に周りの選手が駆け寄り、「ドンマイ」とばかりにグラブで背中を軽く叩く。マスクを外したキャッチャーが両手を挙げて大声で選手たちを鼓舞する。選手たちもそれに応える。
相手は優勝候補の学校、大量得点差で負けている、誰が見たって逆転する見込みなんてないのに…である。

「どうせダメに決まってる。頑張ったって、しょうがないのに」
テレビを見ながら思う。
どうせダメなのだ。だったら早く負けてしまえば疲れないし、後の試合だって助かるし、それに、これ以上惨めな思いをしなくて済むのに…

そんな風に考えてしまう私の耳に、どこからか、宮下さんの声が聞こえる。
「しょうがない」って言うのやめて


映画『アルプススタンドのはしの方』(城定秀夫監督、2020年。以下、映画版)は、同年のTAMA映画祭「特別賞」を始め数々の映画賞を受賞した名作で、翌年には東京・浅草九劇で舞台「高校演劇Ver.」(以下、本作)が上演された。

何故「高校演劇Ver.」なのかというと、「オリジナルが高校演劇だから」という簡単な理由なのだが、一応、パンフレットから経歴を引用しておく。

2016年 兵庫県立東播磨高等学校演劇部にて初演
2017年 第63回全国高等学校演劇大会にて最優秀賞を受賞
2019年 浅草九劇にてSPOTTEDLIGHT プロデュース公演として舞台化。オリジナル戯曲での上演
2020年 舞台版を基にした同名映画(城定秀夫監督)公開
TAMA映画祭 キャスト・スタッフ一同に向けた「特別賞」受賞
吹奏楽部部員・進藤サチ役の平井珠生さんをゲストに上映

本作は、2019年の舞台版ではなく、東播磨高校演劇部で初演されたオリジナル(作・薮博晶。実は、オリジナルの上演台本は映画版のパンフレットに全文掲載されている)を「関西弁」「標準語」の2チームに分けて、交互に上演するという、趣向を凝らしたものになっている。
「関西チーム」がオリジナルのテイスト(学校名も「東播磨高校」)、「関東チーム」が映画版のテイスト(同「東入間高校」)になっている。

この2チームの稽古風景を中心としたバックステージを追ったのが、映画『カーテンコールのはしの方』(2021年。以下、『カーテンコール』)である。
『カーテンコール』は、各チームの配信特典映像として2人の監督(関西チーム・谷口恒平、関東チーム・今田哲史)によって別々に撮影された素材を半ば無理矢理ひとつに編集したもので、全体としての統一感はない。しかし、だからこそ、それぞれのチームの違いが鮮明になっている。

私が観たのは「関西チーム」だが、本稿では『カーテンコール』を中心に本作を紹介する。
なお、上述したように有名な映画版が存在するので、ストーリーなど内容の紹介はしない。お薦めの作品なので、是非映画版をご覧ください。


両チームの違いは、関西弁/標準語という「言葉」よりも、キャスト/スタッフそのものに鮮明に現れている。

「関東チーム」は、21歳の演出家・若宮ハル(若宮計画)を筆頭に、安田あすは役を三木理紗子、藤野富士夫役を犬飼直紀、田宮ひかる役を橋本乃依、宮下恵役を蒼波純、と平均年齢が20歳を下回っている。
俳優はほとんど演技経験がなく、いわば「アマチュア演劇」に近く、『カーテンコール』を見る限りでは、とてもフレッシュな舞台となっていたようだ。稽古場でも、みんなでラジオ体操をしたり、歌を歌ったり、なごやかな雰囲気だった。

対する「関西チーム」は、「関東チーム」の俳優陣が「アベンジャーズ」と評するキャストで、演出の奥村徹也(劇団献身。2019年の舞台版も演出)を含め、完全に「商業演劇」だ。

安田あすは役の左京ふうかはオリジナルキャストで、あすはは左京への「あて書き」である(だから、私は「関西チーム」を観に行ったのだ)。藤野富士夫役の平井亜門は、映画版でも同役で出演している。田宮ひかる役の藤谷理子も商業演劇で活躍している(宮下恵役の中井友望は初舞台)。

稽古風景も、特に左京への「ダメ出し」も含め、プロのそれである。

と、キャストからわかるとおり、映画版との違いは、「久住智香」がセリフでしか登場しないのと、熱血教師「厚木修平」が存在しないことである(厚木先生は2019年の舞台版で追加された人物。さらに、映画版はその舞台版キャストが、厚木先生を含め、そのままの役で出演し、演出した奥村徹也が脚本を手掛けている)。


両チームの舞台は、ともに実際の高校演劇大会と同様、舞台の設営から始まる(舞台の都合上、イチからではないが)。

私が観た「関西チーム」は、左京ふうかが観客に対し「前説」を行っている後ろで、残りの俳優が黙々と設営していたが、どうやら、「関東チーム」は全員で設営していたようだ(ちなみに、左京の「前説」に台本があったのを『カーテンコール』で知った)。
また、オリジナルが関西だけあって、セリフのやりとり(ホケ/ツッコミ)や「間」は、映画版より良かった(というか、わかりやすかった)。

ところで、『アルプススタンドのはしの方』という作品だが、『カーテンコール』の中で、「関東チーム」の演出を担当した若宮ハルが適切な表現をしている。

タイトルは「はしの方」だけど、芝居は「ど真ん中」にいるんですよ。
だって、「全国」で最優秀賞をとって、「国立劇場」に立ってるんですから(全国大会で最優秀賞・優秀賞をとった作品が「優秀校公演」として東京・国立劇場で上演された)。


その『カーテンコール』は、普段は公開されない稽古風景が見られると同時に、2チームが同時期に上演することによる対比などができて、とても興味深い内容になっているが、それ以上に、「コロナ禍の演劇」の貴重な記録にもなっている。

本作の上演初日(2021年1月7日)は、年末年始による感染者数増加を受けて、東京都で2度目の緊急事態宣言が発出された日である。それ以前から宣言発出の報道がされてはいたが、詳細などが関係者に通達されることはなかった。
『カーテンコール』では、現場において何の情報もなく、不安を抱えたまま上演可否を含めたギリギリの検討が行われるなど、緊迫した様子も収められており、2021年8月現在においてもなお続く、全国の演劇・映画を含むエンターテインメントやライブ芸術関係者の苦労/苦悩を知ることができる。
(幸い、本作は無事千穐楽を迎えることができた)


さらに『カーテンコール』では、我々観客が芝居を楽しむための演出が、どれだけ真剣に行われているかが記録されている。

本作は高校野球を応援に来た在校生の物語だが、肝心の野球シーンは一切描かれない(映画版も同様。グラウンドや選手たちのシーンは一切ない)。試合の経過は、打球音とそれに反応した役者の動作・視線だけで表現される。
ピッチャーやバッターがどこにいて、打球がどこに飛んで、それがどう処理され、どう試合が動いたか(芝居には「タッチアップ」まで出てくるのだ)…

まだ若く、しかも野球に詳しくない女性・若宮ハルが演出する「関東チーム」のゲネプロを観た「関西チーム」の演出家・奥村徹也が、「口を出さないつもりだったが、どうしても言わなければ」と思ったことがある。
それは、「あるプレーに対する役者の反応(動作と視線)が矛盾している」ということだった。許せなかったのは、元々奥村が野球好きだからではない。

「野球を知っている人」も「野球を知らない人」も一緒に楽しめる芝居なのに、今の演技では「野球を知っている人」が楽しめない芝居になってしまう。

このシーンを見て、観劇好きの私はドキッとした。
作り手は、芝居に「嘘」がないよう、役者の動作・視線まで徹底的にこだわって作品を作っている。
我々観客は、そのこだわりをちゃんと受け止めているだろうか?
特に、私を含め「note」や他のブログ、SNSなどでレビューや感想を書いている人は、それに応えるような文章を書けているだろうか?
「理解できる/できない」「面白い/つまらない」や、(自分にとって)わかりやすい役者の演技だけで、安易に「批評」した気になっていないだろうか?
映画を観てから随分時間が経った今でも、このシーンは強烈に記憶に残っている。

さて、『カーテンコール』のラスト、素晴らしい情報が観客に伝えられる。
『2021年春の選抜高校野球大会、東播磨高校、初出場』

Wikipediaによると、東播磨高校は21世紀枠で出場し、大分代表・明豊高校と1回戦を闘い、延長11回 9-10でサヨナラ負けしたとのこと。

東播磨高校の原主将は「(演劇、映画の)『アルプススタンドのはしの方 』が現実になった。もう一度、夏同じようにしたい」とコメントしている。
なお、東播磨高校は公式ホームページのお知らせに「今回の甲子園出場に際しまして、たくさんのご支援とご声援ありがとうございました。 グラウンドの中心からアルプススタンドのはしの方まで、全員の心が一つになりました。」と掲載している。

(Wikipediaより)


メモ

映画『アルプススタンドのはしの方』
2020年8月1日 @渋谷・シネクイント
2020年11月22日 @多摩市・ヴィータホール(TAMA映画祭)

舞台『アルプススタンドのはしの方(高校演劇Ver.関西チーム)』
2021年1月7日 @浅草九劇

映画『カーテンコールのはしの方』
2021年7月31日 @新宿・シネマカリテ(カリテ・シネマコレクション)


この前、WOWOWで放送していた映画版を見たのだが、やっぱり泣けた。
自分でも意外だったのが、「久住智香ぁ、ナイス演奏ぉ」という宮下(中村守里)の叫び声を聞いた久住(黒木ひかり)が宮下の方に振り返ったあと、最高の表情で「逆転するぞぉ!」と絶叫するシーンで号泣してしまったこと(酔っていたとはいえ、50のオヤジが号泣…)。
ちなみに、TAMA映画祭で登壇した城定監督曰く「中年男性のリピーターが多かった」とのこと。私が観た時も、明らかに若者とは言えない(私もだが)男性は多かった。『カーテンコール』も同様で少しビックリした(自分を棚に上げて…)。
確かに、長く社会人を経験し、それなりに立場も上になり、家族もでき、それらのために「しょうがない」って言い聞かせて色々なものを諦めることに慣れきってしまった中年男性が、「いや、本当の俺はそうじゃないはずだ!」と若かりし自分を思い出し、再び奮い立つ……そんな、本当の意味で「元気をもらえる物語」だった。

※冒頭の高校野球の描写は私の創作であり、具体的な試合はもちろん、本作とも全く関係ありません。



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