過去に鍵をかけて未来に踏み出す~映画『シノノメ色の週末』~

「明けない夜はない」
スクリーンいっぱいに映し出された「東雲色の空」を観ながら、この使い古された言葉が、全くの真理だということに改めて気づいた。

「日常」に埋没し、惰性で生きるのは全く悪くない。
誰にとっての人生もそういうものだ、と言われれば、確かにそうなのかもしれない。

夢が叶えられなかった者は、「日常」を生きているうちに、諦めた夢を思い出すこともなくなり、諦観とともに「この人生も悪くないじゃん」と今の人生を受け入れるようになる。
だが、夢を叶えた者とて、同じではないのか。
夢が「日常」となり、それに埋没する日々が続くと、それが叶えたい夢だったことすら忘れてしまい、惰性で続けている気になってしまう。

しかし、夢を叶えた者もそうでない者も、何かの節目でふと思ってしまう。
「この人生で、本当にいいのだろうか?」


映画『シノノメ色の週末』(穐山茉由監督、2021年。以下、本作)の主人公・美玲(桜井玲香)は、高校時代からギャル系ファッション誌の読者モデルとして活動し、現在もモデル業を続けている。と言っても現実は、30歳を目前に今までのような「ギャル・若さ」が売りにならなくなってきて、仕事も減っている。
「この人生で、本当にいいのだろうか?」

そんな時、閉校した母校・私立篠の目女子高校の解体が決まったことを知り、元「放送クラブ」の同級生、まりりん(岡崎紗絵)、アンディ(三戸なつめ)とともに、10年ぶりに母校を訪れた。
卒業した時に埋めた(はずの)タイムカプセルを掘り出すために。
閉鎖された母校に忍び込んだ3人だが、タイムカプセルを埋めた(はずの)場所を思い出せず、週末ごとに「掘り出す」名目で母校に集まるようになった…

美玲は、大学を卒業して数年で仕事が面白い時期に差し掛かっているまりりんや、就職したものの諦めきれない夢を叶える方向に舵を切りつつあるアンディが眩しく見えてしまう。

本作は、夢と現実のはざまで葛藤する美玲が、「(放送クラブ改め)週末クラブ」のメンバーと関わる中で、もう一度夢を取り戻し将来の希望を見出していく物語だ。


約70分の本作はとてもシンプルだ。
美玲という主人公は、誰でもが経験する、節目での「このままでいいのか?」といった不安や迷いを体現するキャラクターとして、観客の共感を全て集める存在であり、それ以外のキャラクターはほぼ「記号」として描かれる。

高校時代は真面目という印象しかなかったのに今は垢抜け、大手広告代理店で逆に美玲を使う側の立場になっているまりりんは「夢を叶える素敵さ」の象徴であり、美鈴(=観客)にとっては「夢を叶えた者への嫉妬・敗北感」を感じる相手であり「失ってしまった過去の自分」でもある。

会社に内緒で高校時代からの夢だった写真家を目指すアンディは、「夢を持ち続けることの大切さ」の象徴。

そして、篠の目女子高校の最後の在校生で、美鈴たちと同様に学校に忍び込んで「週末クラブ」に加わる現役女子高生・杉野あすか(中井友望)は「あの頃の自分」であり「可能性」の象徴(もう一つ、美鈴がまりりんを受け入れる伏線にもなっている)。


私生活や葛藤は、(自分と同じような生活をし、同じような悩みを持つ)共感の対象である美鈴だけが明かされる。
小さなワンルームに住み、カップスープだかラーメンだかを啜る。
若いモデルが艶やかな振袖を着る中、自分はもうその若さではないと宣告される。
まりりんに声を掛けてもらったオーディションで、審査側に立つ彼女と自分の立場が、高校時代と逆転してしまっていることにショックを受ける。

3人の「記号」を動力に、ストーリーは、ラストシーンのカタルシスのためだけに余計なものを一切排除して展開していく。
閉鎖され、門も乗り越えられないように木の板で高くふさがれた学校の裏に鍵の掛かっていない扉を見つける。同じように、教室にも侵入できてしまう。「放送室の開かずのロッカー」の噂をあすかから聞いて、タイムカプセルは埋めたのではなくそのロッカーに隠したことを思い出す…

この「ご都合主義」とも言える展開も、全てラストシーンのための伏線だ。
何故なら、タイムカプセルの在り処である放送室の鍵は開けられないからである。
ここにきて、今まで偶然や他力だった物語を、美鈴が自力で進めなければならなくなる。
何とか手に入れた(これも「ご都合主義」だが)鍵を使って取り戻したタイムカプセルで、まりりんの本心を知った美鈴は「嫉妬・敗北感」の呪縛から解かれる。
呪縛のせいで「もう役に立たない」と気づいていながらも捨てられなかった「若さ」という「こだわり」から解放された美鈴は、大人のモデルとして歩む覚悟を決め、それにより人生が好転してゆく。

ラストシーン。
美鈴自ら手に入れた放送室の鍵が、彼女自身の決意のカギとなることが示唆される。
美鈴はきっと、過去の自分を、鍵のついたタイムカプセルに封印したのだ。
そして、それは二度と開けられることがないのだろう。

鍵の行方と共に、迷いから覚めた晴れ晴れとした中に未来に踏み出す固い決意を漲らせる美鈴の表情(これがまた秀逸!)に、それまで彼女に共感していた全ての観客がカタルシスを感じ、生きる力と勇気を得て劇場を出るのである。


「シノノメ」

本作の「シノノメ」、漢字で書けば「東雲」。
Weblioによると『「夜明けの空が東方から徐々に明るんでゆく頃」を意味する古語・雅語』だそうだ。
本作でも、明け方の「東雲」がスクリーンいっぱいに映し出される。
その「東雲色」の空は、胸を打つほど美しい。
つまり本作は、「明けない夜はない」を、どストレートに表現した映画なのだ。

東雲色(しののめいろ)とは、夜が明け始めるころ太陽で白み始める東の空を思わせる明るい黄赤色のことです。曙色とも呼ばれます。東雲は現在でいう、網戸の網目にあたるものを、篠笹(しのざさ)で作っていたので、「篠の目(しののめ)」といったそうです。東の雲が薄いピンクに染まり、真っ暗な室内に「篠の目」から明かりが差し込んだことから、“東雲色”を「しののめいろ」と呼ぶようになったようです。

出典:「伝統色のいろは」

だから、本作の舞台となる学校名は当て字ではない(むしろ「東雲」が当て字)。


おまけ

まりりん役の岡崎紗絵は2020年公開の映画『mellow』で、あすか役の中井友望は2021年公開の映画『かそけきサンカヨウ』で今泉力哉監督作品に出演している。

今泉監督作品の『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)の最終盤、ドライブを終えて主人公・ふみ(深川麻衣)を家まで送ってきた男・たもつ(山下健二郎(三代目 J Soul Brothers))は、「見せたいものがある」と、ふみの部屋に招かれ、そのまま部屋に泊まる(もちろん何も起こらない)。
ふみが見せたかったのは、「東雲色」になる直前の空。

ふみは言う。

特別な場所じゃないからね。全ての人が見れる。早起きするだけで

そう、だから、悩みを乗り越えるのだって『特別じゃない。全ての人ができる』。ただ乗り越えようとするだけで、何かができるのだ。

(2021年11月6日。@池袋・シネマロサ)



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