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今、孤独で苦しい日々を送っている少年少女たちへ~映画『ブルーを笑えるその日まで』~

あの頃の私と君へ

映画『ブルーを笑えるその日まで』(武田かりん監督、2023年)は、そのメッセージから始まる。でも私はあえて、こう書き加える。

あの頃の私と今を生きているたち

安藤絢子(通称アン。渡邉心結)は学校には馴染めない、ひとりぼっちの中学生。薄暗い立ち入り禁止の階段が唯一の居場所だった。
そんなある日、不思議な商店で魔法の万華鏡を貰う。それを覗くと立入禁止の扉が開きその先の屋上には同じ万華鏡を持った生徒、アイナ(佐田愛菜)がいた。
二人はすぐに仲良くなり夢のような夏休みを送るのだが、屋上には「昔飛び降り自殺した生徒の幽霊が出る」という噂があった。
その幽霊がアイナなのではないかと疑念を抱きながらもお互いにとってかけがえのない存在になっていくのだが・・・

苛められている生徒が、(かつて同じように苛められていた)幽霊に出会うとか、脳内に架空の友人を作り出すといった話は、以前から数多あまた作られている。
でも、それら数多の話とこの映画は決定的に違う。
それは冒頭のメッセージから明らかで、じゃあ、『あの頃の私』とはどういうことなんだろう。

中学1年生のとき、ある日突然、ひとりぼっちになった。きっかけが何だったのか、今でもよくわからないが、きっとそれくらい些細なことだたっだのだと思う。クラスの女の子全員から無視をされて、聞こえるように陰口を言われた。(略)それから中学校の3年間、誰とも話せず閉じ籠った。
それでも16歳になり、通信制の高校に通い出した。新しい環境でやり直そうとしたけれど心の穴は塞がらないまま、いつもどこか寂しくて。(略)17歳の冬、いろんなことに疲れてしまって、自殺した。
でも、結局痛い思いをしただけで死ぬことはできず(略)
私は1番の秘密だったコンプレックスを手放して、あの頃見たかったものを、言って欲しかったことを、物語にしてみようと思った。(略)
「いつかタイムマシーンが発明されたら、大人になった私はきっと、今の私を助けに来てくれる」私は、助けに行く。映画というタイムマシーンに乗って、あの頃の私と君へ、この物語で寄り添いたい。

本作パンフレット所収 武田監督コメント

そう、まさにこの映画は『私は、助けに行く』話だ。
具体的にタイムマシーンは出てこないけれど、映画を観れば、このメッセージの意味が絶対にわかるはず。

さっき、私は『数多の話とこの映画は決定的に違う』と書いたけれど、具体的なことを説明していなかった。
映画は、幽霊や脳内の友人の力を借りて今を乗り越え成長する話ではない
成長して幽霊や脳内の友人が見えなくなるなんて、しょせん都合のいい「物語」に過ぎないし、そんな「物語」のメッセージを真に受けることなんかない。
「現実」として、苛めと対峙する必要なんてない。勝つ必要なんてない。
堂々と逃げたっていいし、負けを認めたっていい。ずっと「ファンタジー」の世界に閉じこもっていたっていい。
でも間違えてはいけない。
「逃げ」も「負け」も「ファンタジーに閉じこもる」ことも、死ぬことを決して意味しない
生きるために「逃げ」「負け」「閉じこもる」のだ。
とにかく生きてほしい。死なないでほしい。
そうすれば、タイムマシーンではないけれど、どんな方法を使っても、助けてくれる人が現れる。
だから、生きていてほしい

この映画は、君たちにそう語りかけている。

上映後のアフタートークで、武田監督は言った。
「この映画を、今を生きる少年少女たちに観てもらいたい」
でも映画館まで行くのはハードルが高すぎる。
お金はもちろんだけど、外に出られないとか、人が大勢いると苦しくなるとか……
今のところタイムマシーン発明はされていないけれど、インターネットがある。
映画はもうすぐインターネットを通して、色々な事情を抱える君たちに寄り添ってくれるだろう。
待っていてほしい。

メモ

映画『ブルーを笑えるその日まで』
2024年1月24日。@UPLINK吉祥寺

本作、確か上映期間が2023年末までだったはずで、私はタイミングが合わず見送らざるを得なかった。
それが異例の延長に次ぐ延長で、そのおかげで観ることができた。
異例の延長に次ぐ延長、つまり、それほど人気があるということで、平日の16時過ぎ上映回にも観客が入っていた。
ただ残念なことに、そこには「今を生きる少年少女たち」の姿はなかった。
だから本文にも書いたとおり、これも異例ではあるが、映画館での上映と並行して配信を準備中なのだそう。だから、待っていてほしい。
もちろん、映画館にも足を運んでほしい。
映画は本稿執筆段階で、2024年1月28日と31日に同映画館で上映されることが発表されている。
また、東京以外の都市でも順次公開されることも発表されている。

アフタートークでも話題になったが、物語の都合上やむを得ないとしても、ユリナ(丸本凛)の立場はとても辛い。
私は当日、お昼に渋谷で芝居を観て、京王井の頭線で吉祥寺に向かった。
ちょうど放課後の時間帯だったのか、車内には多くの高校生グループがいて、それぞれ無邪気に盛り上がっているように見えたが、その中に、もしかしたらユリナのような人がいたかもしれない、ふとそんなことを思い出し、そうじゃなきゃいいなと心の中で祈った。

アフタートークのゲストは俳優の藤田健彦氏で、なんと彼が出演している映画『野球どアホウ未亡人』(小野峻志監督、2023年)が、池袋シネマ・ロサで再上映されているとのこと(2024年1月28日まで)。こんなご時世だからこそ"くだらない"映画が求められているのだと、それ以前に、やっぱり良い映画なのだと、改めて思った。


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