見出し画像

【毒親連載小説 #13】母とわたし 11

私の家庭内は両親の間で色んなことが
複雑に絡み合い過ぎていて、
その状態のまま何十年も経過している。

時間が長ければ長いほど、
この問題の根っこが果たして
どこにあるのか?

両親の絡まり過ぎた糸を
私たちが必死にほどこうと
すればするほど、
より複雑に絡まる一方で、
問題の本質はどんどんと
深い闇へと葬り去られるようだった。

私の家庭は理不尽なことばかりが
ずっとまかり通っていた。

私の家庭の場合、
夫婦喧嘩という面前DVのみならず、
母からは日常的に身体的虐待も
私は受け続けていた。

この家庭の子供であるということだけで
一切の我慢を強いられ続け、口を塞がれ、
黙殺され続けていた暴力。

私自身、数年前のカウンセリングで
育った家庭での出来事について
何度も向き合ってきたのだが、
それでもなお呼び戻される
「ある場面」がいくつかある。

そのひとつは幼稚園の頃だった。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

それは、ある日の午後、
幼稚園の友達と一緒に、
私の家の部屋にいた時のことだった。

私がしてはいけないことをしたのだろうか?
母の逆鱗に触れたようで、
突然、母は布団叩きを持ち出し、
鬼のような形相でつかつかと
私の前までやってきた。

友達がいるのにも関わらず、
母は怒りを抑えられない様子で
その友達がいる前で
私の服を乱暴に引っ張り、
私をズルズルと2階の踊り場まで
引きずり出した。

そして、持ち出してきた布団叩きで、
いきなり私を激しく殴りつけてきた。

それは、容赦のない怒りだった。

母は私を殴れば殴る程、
今まで溜まり続けた鬱憤が
一気に噴出するかのごとく、
より激昂し、さらに私を激しく殴りつける。

母は自分でも止められないかのように
狂ったように殴り続けていた。

あれは果たして30分ぐらいだったのか、
1時間ぐらいだったのだろうか…?

殴られ続けた時間はまるで、
時が止まっているようだった。

本能的に私は自分を守ろうと、
必死で体育座りのまま
頭を抱えながら縮こまり、
その気が遠くなるような時間を
ただ、黙って耐え続けていた。

いつ、その体罰が終わったのか?
どうやってまた日常生活に戻ったのか…?

私は今の今までそれを
全く思い出すことができない。

この出来事は恐ろしくてずっと言えず、
ほんの数年前、しばらく受け続けていた
カウンセラーに言ったのが初めてだった。

それを他人に初めて口にした時、
私は理由の分からぬ恐怖に完全に支配され、
画面越しでわけも分からずただ泣き続けていた。

このように私は、
この家庭という密室で起こった出来事を
ずっと誰にも言えず、
黙ってそれを自分の心の闇に葬り続けてきた。

いや、あの頃の自分には誰かに言うという
発想がまるでなかった。

そして、母の顔色を伺い、
まるで何事もなかったかのように
振る舞わなければならなかった。

なぜなら私はこんな暴力を
振るわれることがあってもなお、
母とこの生活を続ける必要があったからだ。

(つづく)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?