ブラッドストーム・イン・ジ・アビス(3)
承前
俺は作業着や工具一式、それから生首を倉庫にしまい、カッペイを自分の部屋まで案内した。正直今の状況でこいつが何も考えず街中に出てみろ。手足の水かきだけで大騒ぎ間違いなしだ。ひとまずここに匿って上の連中を呼んだ方がいい。つうか俺が呼んだってところが重要だ。
部屋に着いた俺はカッペイをその辺のソファに座らせて、上に通信を入れた。やつらも桟橋の監視カメラでおおよその事は把握しているようだった。なるべく早くそちらに向かうから、刺激せずに留めておけ、と。
刺激せず、ねぇ。
通信を切ってリビングに戻る。奴はカタナを抱えて瞑目している。放っておいても危害は加えてこなそうだったが、俺の緊張が持ちそうに無い。
「…いま上の方に話をつけた。しばらく待ってりゃ役人が来る。」
言いながら、俺は冷蔵庫から水を取り出す。
「道すがらも行ったが、上はインテリだ。あんたの知りてぇ事も知ってるんじゃあねぇかな。…水、飲むか?」
「頂こう。」
差し出された水を疑いもせず飲みやがった。こいつの警戒心の基準がわからねぇ。
「…カッペイさんよ。あんた、本当にカッパなのか?」
「…いかにも。」
「俺の知ってるカッパとずいぶん違ぇからよ。クチバシとか甲羅とかあるって話だったぜ。」
「…拙者も童の頃、ヒトは恐ろしい化物だと教わったものよ。」
奴の、俺たちと変わらない口角がわずかに上がったように見えた。
「エッ?…あっ、そ、そうかい。ハ、ハハハハ…。」
気まずい笑いが漏れる。刺激してどうするんだ。俺は話題を変える。
「あー、それにしてもアンタ、なんでこんな辺鄙なところまで来たんだ?観光ならオガサワラやナンカイでいいだろ?」
やや緩んでいた奴の顔が再び険しくなった。
「仇を探しておる。」
「仇…?」
「そやつが“るるいえ”なる所へ向かった、という事しかわからんがな。」
仇討か。いかにもサムライだ。
「時にロブ殿、それは?」
カッペイが視線を向けた先には、サンドイッチがあった。俺のだ。だがここは素直に差し出した方がいいだろう。手渡すと、礼を言って食べはじめた。
「うむ、やはりな。ありがたい。」
「なんだ、ハラ減ってたのか?」
「それもあるが、キュウリがな。」
そういえばピクルスが入っていたか。合点がいった。たしかカッパはキュウリを好んだはずだ。塩漬けでもいいとは知らなかったが。
「感謝する。」
食べ終わるとカッペイは俺に向き直り、深々と頭を下げた。
「お、おう…!いいってことよ…!」
そういえば人に面と向かって感謝されたのはいつぶりだろうか。いや、こいつはヒトじゃねぇが…。
その時、インターホンが鳴った。上のやつの使いか。早かったな。
モニタを見ると若い警備兵が立っている。だが、不意にそいつが横を見たと思った瞬間、男の頭は弾け飛び、イワシの頭を持った魚人が映像に割り込んできた。魚人は俺が見えているかのようにカメラへ目線を向ける。ゾッとするほど虚無的な目だ。
狼狽する俺を尻目に、カッペイは椅子から腰を上げ、玄関に殺気立った目を向けた。そして、ドアが破られる!
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