ブラッドストーム・イン・ジ・アビス(4)
承前
「どぉすこいッ!」
先手を取ったカッペイがイワシ魚人を押し出して行った。恐る恐る外を覗いた俺が見たのは、イワシ魚人の頭部を床に叩きつけて粉砕しているサムライの姿だった。ツミレはもう食べる気になれねぇ。トドメを刺した後立ち上がったカッペイは辺りを見回していた。
「ふむ、まずいな。」
「何がだよ?」
言いながら俺にも状況がわかった。遠くから聞こえる悲鳴と銃声、時々爆発音。ヤバい。
「拙者が通らなかったどこかの港の守りが突破されたのであろうな。」
「ににににげようぜ!もう終わりだ!」
言いながら俺は警備兵の死体を漁る。脱出艇優先パス。あった。ついでにライフルとIDも拝借した。這々の体で逃げてきた兵士のフリ。逃げるにはもうこれしかねぇ。カッパを売り飛ばす相手が生きてるかどうか、もうわからねぇんだ。
「うむ、どこへ逃げる?」
「港まで行くんだよ!あの標識の道順だ!」
「承知した。失礼する。」
「おわぁっ!」
俺は抜刀したカッペイに抱え上げられた。
「舌を噛まぬよう気をつけられよ!」
言うが早いか、俺の尻に猛烈な風圧があたり、景色が奥へ奥へとすっとんでいった。必死で歯をくいしばる俺を抱えたカッペイは狭い路地裏を矢のように駆ける。
時に壁を蹴り渡り、時に何かの肉片や首無し死体を散らかしながら港へと急いだ。労働者や防衛隊の死体も転がっていた。誰の死体なのかは考えないようにした。
——————
「新手かッ!迎撃用意!」
「バカ!撃つな!やめろ!」
俺は必死でアピールし、防衛線の兵士を止めた。市民が殺到している港を守っているやつらだった。
「えぇと…デルタ小隊所属の、アンソニーだ!ほれ!」
俺はIDを見せた。顔写真がないタイプで助かる。
「コイツは俺が…そう!俺が趣味の!催眠術で操ってる…」
「ロブ殿、それはさすがに無理があろう。」
言いながらカッペイは俺を降ろす。
「ここまで来れば何とかなろう。」
「あぁ…た、助かったぜ。アンタはどうすんだ?!」
「上の連中、とやらはどこにいるのだ?」
「そりゃ街の中心の市庁舎ビル…ってオイ、引き返すってのか?!」
「“るるいえ”の手掛かりを見逃すわけにはいかん。」
そりゃ俺のでまかせだっつの!
思わず本音が出かかる。
「バカかよ!アンタがいくら強くたって、何匹いると思ってんだ!それに上の連中だってもうくたばってるかもしれねぇだろ!」
「その時はその時。それに、」
カッペイは俺に背を向けて歩き出した。
「ここはお主の暮らす街であろう。一飯の恩義を返さずに逃げるなど、不埒者のする事よ。」
…何を言ってやがるんだコイツは?
サンドイッチひとつでそこまでやるってのか?
頭おかしいんじゃあねぇのか?
「ロブ殿、重ねて礼を言う!達者でな!」
言うが早いかカッペイは元来た道を戻っていった。魚人の断末魔がいくつか聞こえたが、それも止んだ。
「バカヤローが…なんなんだよアイツ…!」
俺の胸に今まで感じたことのない熱があった。それが何なのか判らず、俺を苛立たせた。クソッ!バカ正直にもほどがあるんだよ!
「おい、アンソニー!アンソニー・カーマイン!」
兵士の1人が叫ぶ。それが俺のことだと気付き、あわてて俺は我に帰った。そうだ、俺はアンソニーとかいうヤツに成りすまして脱出艇に乗るんだ!感傷はその後だ!
「あ、あぁすまねぇ。アイツは俺のニンポーで意のままに…」
「そんな事はどうでもいい!それよりこれ!」
兵士がタブレット型端末を見せてくる。テキストメッセージだ。どうやら隊長からの通信らしい。俺はざっと眺めた。要約するとこうだ。
◆市長は先んじて脱出した
◆市長権限により各港に至る隔壁が閉鎖された
◆市長とその側近はこの街を放棄した
◆我々や市民を囮にするつもりだ
◆現在工作班が隔壁突破を試みているが難航している
◆各員、生存のため奮戦せよ
ファック!!!!!!!!
「アンソニー!あんたもあっちの防衛線に加わってくれ!今は1人でも戦力がほしイギャァー!」
俺にタブレットを見せていた兵士は、飛来した銛に頭を貫かれて即死した。
飛んできた方向を見ると遠方から魚人が銛の第2投目を始めていたが、その背後に現れたカッペイに両断されて死んだ。カッペイはこちらを見ることもなく、消えた。
俺はタブレットを拾い上げ、バリケードの向こう側へ逃げ込んだ。畜生!俺ァ兵士じゃあねえぞ!どうすりゃいいんだよ!