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ブラッドストーム・イン・ジ・アビス(5)

承前

「やれやれ、死ぬかと思うたわい。」

市長は脱出艇のシートに腰を下ろし、作業服のボタンを緩め、ひとりごちた。

危機管理マニュアルでは、事故発生時市長は市民の避難誘導完了後に脱出せよとある。この船もそのための特別製だ。だが魚人と心中せよとは書かれていない。彼にとってこの行動は未曾有の危機に対する緊急避難であり、市民は自らを生かす尊い犠牲と捉えていた。

船の高速性と最新式の欺瞞装置を市長は信じていた。すでに救出後のストーリーを組み立てる。涙ながらに街の崩壊を語る姿を。再び権力を得る筋道を。

突如がくんと床が傾く。市長はどうにかバランスを取りながら窓を見た。

探照灯の光が巨大な魚の頭を映し出していた。あっ、と市長が叫んだ瞬間、巨大な魚は闇の中から両腕を現し、脱出艇を挟み潰した。

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道々で魚人を斬り伏せながら、勝平は市庁舎に到達した。豪奢な建物は無惨にも破壊されており、あちこちに火の手が上がっている。消火装置や排煙装置が必死の抵抗を見せていたが焼け石に水であった。

エントランスにいたウツボ魚人を叩き斬り、階下を目指す。まだ人がいるやもしれぬ。だが最下層には潜水艇用のプールが広がるのみだ。船が見当たらない。既に逃れた後か、それとも沈められたか。いずれにせよ、手掛かりは途絶えた。

勝平は呻いた。だが両手で頬をぴしゃりと張り、気持ちを切り替えた。引き返して街の安全を確保すべし。だがその時、僅かに、だが確かにこちらへ近付いてくる鳴動を感じた。一瞬の状況判断ののち、勝平はプールへと飛び込んだ。

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「無理無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!!」

削られていくバリケードの裏側で俺は震えていた。最初こそライフルをめちゃくちゃに撃ってハイになっていたが、右隣のやつがテッポウウオの水流で頭を抉られ、左隣のやつがヒトデ手裏剣を張り付けられて窒息死した時点で顔を出すのをやめた。畜生!隔壁はまだ開かないのかよ!

「ロック解除!ロック解除だ!やったぞ!」

遠くからそんな声が聞こえてきた。マジか!ナイスだぞハッキング野郎!さっさとそこの住民どもを避難させやがれ!でないと軍人になりすましてる俺が乗れないだろうが!

希望が見えてきた俺はヤケクソになって物陰からライフルを乱射する。全く当たらない。クソッこれじゃいずれ肉薄されて…!アァ?なんだ?あいつら急に引き返して…?

「ウワァァァァァーッ!!!!!!」
「ギャァァァァァーッ!!!!!!」

つんざくような悲鳴が背後から上がった。何事かと振り返ると、俺も同じ叫び声をあげた。

外を映したモニターに、とてつもなくでかい足が映ってやがった。別のモニタには魚顔!超巨大な魚人が来やがった!カミカゼで撃退した海蛇と比較するのもバカバカしい巨体!

このまま脱出しても死ぬ。
ここにいても死ぬ。
どうする?
畜生、畜生ーッ!


ゴウ!

その時、何かすさまじい勢いのものが俺の足元を通過したように感じた。そして外部モニタによぎる猛烈な水流。水流が魚人の脚をかすめると、僅かだが、血の靄が魚人の脚に生まれ、やがて溶けた。水流は魚人の行く手を阻むように正面に回り込み、静止。

中から1人のサムライが姿を現した。魚人よりも巨大に見える、奴の背中!思わず俺は叫んだ。

「アイツは味方だ!!!!」

俺は狂乱の場に向かって、あらん限りの声で抗った。

「アイツがデカブツを引きつけてる間に、逃げるんだよ!!!!!!! 早く!!!!!!!」

俺の叫びで正気に戻った隊長格が避難誘導を開始した。モニタに目をやると、すでに戦闘が始まっていた。俺はとにかく脱出路を急いだ。

【続く】

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