わたしを虜にする贈り物の達人
「ジップロックに入った冷凍肉が届いたんだけど心当たりある?」
仕事から帰った私に奥さんが聞いてきました。しかし心当たりはありません。脂身がなく真っ赤で、見たこともない大きな骨つき肉でした。
送り主は、長いつきあいの職場の後輩。子が産まれてすぐのタイミングだったため連絡してみました。
「やっと届きました?こ・じ・か?とれたてなんすよ。写真もこれから送りますね」
出産祝い…KO・JI・KA……?とれたて……?
何言ってるか全然わかんないす。
立て続けに2枚の写真が送られてきました。
1枚目は、見事に締められ天井から吊るされた子鹿。2枚目は、子鹿の生肉(多分後ろ足)を嬉しそうに掲げてドヤ顔の彼の写真でした。
「僕が最初にしとめた記念すべき子鹿を送りましたから、ご家族みなさんでステーキとか鍋にして食べてくださいね。このたびはおめでとうございます!」
聞くところによると趣味で狩猟を始めたようで、記念すべき最初の獲物を冷凍し、送ってくれたそうです。本気のジビエです。
旧石器時代なら夜な夜な踊り明かしていたかもしれませんが、ど迫力の生肉に家族はドン引きでした。
それ以外に普通の出産祝いも少し後に彼からもらったのですが、鹿のインパクトが強すぎて、何をもらったのか全く思い出せません。
奥さんも子どもたちも絶対に食べない。と言うので、興味を示してくれた肉好きの友人に送ることに。ギブの連鎖です。後輩にはもちろん伝えずに。
すぐにクール宅急便で送りましたが、1週間経っても、友人から連絡がありません。おかしいと思い運送会社に問い合わせてみました。
「すみません。先日、配送をお願いしたものが届いていないようなのですが、伝票番号は〇〇〇です」
しばらくして運送会社から折り返し連絡がありました。しかし先ほど電話を受けてくれた担当者ではなく、その営業所の責任者らしき方からでした。
「このたびはご迷惑をおかけし誠に申し訳ございません。お客さまが送られた荷物、お調べしましたところ違うお家に配送してしまった可能性がございまして……今一度送付先のご住所を確認させていただいてよろしいでしょうか」
調べてみると、私が書いた郵便番号に1桁間違いがありました。
それでも、自分宛じゃない得体のしれない生肉を受けとるやつおるか…?しかもジップロックに入った生肉を…。届けた場所は特定はできましたが、もうそれをとやかく言ったところで肉は帰ってきません。
躊躇なく友人にあげたくせに、どこかへ行ってしまったことがやるせない思いでした。
「ちなみにどのようなものが入っていたのでしょうか?」
「お肉です。友人が狩りに行って獲ってくれた子鹿の肉です」
「し、鹿ですか……分かりました。本当に申し訳ございません。また対処方法など、こちらで検討してご連絡差し上げます」
電話口の声に、責任者の絶望が手にとるように伝わります。数日後、また電話がありました。
「鹿肉を市場まで探しに行ったのですが、この時期、大人の鹿しかないようで誠に申し訳ないのですが、牛肉をお送りさせていただけませんでしょうか」
子鹿、探してくれてたんかーい!
なんだか一気に申し訳ない気持ちになりました。
こうして後輩に捕らえられた不運な野生の子鹿は、うまい餌を食って丁寧に育てられたブランド牛に姿を変え、無事、友人に届けられました。
友人はイレギュラーで手にはいった特上牛肉に気をよくして、そのお返しにと、子どもたちが大好きな高級チョコの詰め合わせを送ってくれました。
野生の鹿肉がブランド牛肉に変わり、最終的には高級チョコに。
このすべての顛末を後輩に報告すると…
「せっかく貴重な肉を贈ったのに、わらしべ長者みたいに最終的にチョコに変えるなんてひどい!」
このシカ騒動から6年経ち、我が家にまた子が産まれ、後輩も結婚しパパとなり久しぶりに連絡がありました。
「なんでお子さん産まれたこと教えてくれないんですか?」
「子鹿もういらないから……」
「ひどいじゃないですか。でもまた楽しみにしておいてくださいね。ドキドキしながら待っていてください」
1週間後、後輩から出産祝いが届きました。
子どもたちが大好きな箱ミカン
実家から贈られてきた箱ミカンがちょうどなくなったタイミングで子どもたちは大喜びでした。
「お子さんがみかんに夢中になっているスキに育児がんばってくださいね」
と粋なメッセージも添えて。
鹿肉(牛肉、いやチョコ)といい…箱みかんといい…ちょっと変わった贈りもので、家族をいつも喜ばせてくれる贈り物の達人。私の心を捉えて離さない生粋のハンターです。
この後輩の出産祝いさえあげたかどうか忘れてしまいましたが、このように適当なコミュニケーションで繋がり続けることができる仲間がいることは幸せですね。
6年前、内祝いに贈ったプーチン大統領のカレンダーを今年も彼に贈ろうと思います。
美味しい鹿肉と感謝の手紙も添えて。
6年前に産まれた娘は、私が飲み屋で教えてもらったみかんの剥き方(見出しの写真)をマスターするほど成長しました。
いつもありがとう。
最後までお読みいただきありがとうございました。 いただいたサポートは他のクリエイターさんのサポートと奥さん子どもにあずきバーを買ってあげたいです。