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結局何者にもなれなかった、と君は言うけれど


君が芸大を目指し予備校に通っていた頃、私は勉強への意欲を失って夜のバイトに溺れていた。


君が見事芸大に合格し、年月をかけてデザインを勉強し、卒業制作で最大三日の徹夜までしていた頃、私はネットワークビジネスの勧誘に引っかかり親戚に洗剤を売りつけていた。


君が名前の通った企業に就職し、ハードワークな下積み時代を送っていた頃、私は塾講師のバイト先で中学生を相手に本気の喧嘩をしていた。


君が大きいプロジェクトを任せて貰えるようになった頃、私は上司の愛人的ポジションに収まり、大した仕事もせずに会社で給料泥棒をしていた。


君がいろんなことをやりすぎてパンパンになって心を病んだ頃、元々メンヘラの素質があった私と君は出会った。


私たちは奇しくも似たような精神障害になっており、共通の病状で話が合った。
そんな私たちは、支え合って生きていこうと結婚した。


君が病気のためにデザイナーを辞めなければならなかったことは、君にとってどれほど無念だったのかを思うと胸が痛くなる。


「結局俺は何者にもなれなかった」
君はそういうけれど、私には君の人生は充分眩しい。


君がどれだけ人生に真面目に取り組んでいたか。
私がどれだけ自堕落な人生を送っていたか。


結果として何者にもなれなかったとしても、何かに向かって突き進んだ人生と、ただ年月だけをだらだらと過ごしてきた人生とは違いすぎる。


同じように精神疾患でずっと家にいる身だけど、私は君が羨ましくてしかたない。


君の名前をネットで検索すると、君が昔にやった仕事が出てくる。
「会社なんか大っ嫌い」と君は言うけど、ときどき連絡してくる会社の人は単なる社交辞令以上に君のことを心配しているのがわかる。


対する私の人生には、残った実績は何も無い。
人間関係すら残ってない。


君を見ていると、私はせめて残りの人生は後悔の無いよう大切に生きて行きたい、と、そんな気持ちになる。


「それでも人生は続くから」
そんな言葉を、君は最近言うようになった。
私は、君のその言葉が大好きだ。




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